ドーリエ伯爵領1

 地球にはなくてこの世界にあるもの。魔法、瘴気、魔物、そしてスキルだ。

 かつて地球には断絶した身分制度があり、その壁を超えることは不可能だった。21世紀には多少は薄くなっていたものの、やはり超えるには相当な努力や才能が必要だった。


 この世界でも貴族や王族のような身分制度があるが、それでも平民には一攫千金のチャンスがある。

 それがスキルである。

 地球では身分によって職業が固定されていた時代もあったが、この世界ではスキルによって大体の職業が決められる。どれほど努力を積み重ねても、スキルによる能力差は埋められない。

 例えば、【精密模写】や【高速筆記】があれば、地球で言うコピー機レベルの仕事ができる。【裁縫】系のスキルがあれば、貴族御用達の高級服飾店で高い給与が貰える。戦闘系のスキルであれば兵士や冒険者、傭兵になることができる。

 中でも広く重宝されるのが【調教】である。【調教】があれば、伝書鳩を用いた通信網の運用、つまりインフラ技術者になれる。また、馬を運用した物流システム──運送業と、馬車による輸送──交通機関としての仕事もある。

 【調教】は動物に言うことを聞かせるだけでなく、能力を大幅に上げることも可能であり、同じ馬車でも通常のものとは性能が違う。

 しかもこのアルフェクト大陸はアル・トープグラムの指示により、国境を超えて街道が整備されているため、馬車での移動がかなり早い。

 この街道はマト街道と呼ばれ、アル・トープグラムしか知らないことだが、日本の山手線を参考にしている。大陸を大きくぐるっと一周しており、勇者の住む街を繋ぐ、暗黒大陸に近い内回りと、4大国の王都をつなぐ、海に近い外回りがある。

 地球の馬車の一日の移動距離は、大体100kmと言われていたが、この世界では一日約250km、東京ー大阪間が2日で移動できる速さである。

 これは、【調教】によって育てられた馬の能力が高いこと、スキルによる疲労軽減と、体力回復の効果が得られるという利点あってのものだ。


 どういう事になるかというと、トープグラム帝国の帝都レオンハルトからビーツアンナ王国のドーリエ伯爵領まで、わずか1週間で到着できる。

 ちなみに成人男性が徒歩で旅をすると、1ヶ月半から2ヶ月は必要だ。


 ドーリエ伯爵領はビーツアンナ王国北東部、暗黒地帯に近いところにある。ただ、暗黒地帯との間に大きな山脈が存在しているので、魔物の脅威はやや低い。

 マト街道の内回りと外回りを繋ぐ道がドーリエ伯爵領を通っており、4大国以外の小さな国家と面しているため、交通の要所として栄えている。


 『アレルビ』、ドーリエ伯爵の邸宅があるビーツアンナ王国有数の商業都市。1万を超える人口を誇り、そこにたくさんの商人が行きかう大都市である。

 レブライト率いる使節団は、計4台の馬車でアレルビを訪れた。ただ、ドーリエ伯爵と面会をする前に、王国側の代表者と合流せねばならない。

 事前の打ち合わせにより、待ち合わせ場所を決めてある。帝国資本の宿『水の戯れ』アレルビ店だ。

 宿にもランクが存在する。ここは王族や貴族が存在する世界、宿泊する宿のグレードも相応のものが求められる。アレルビには最高ランクの宿がふたつあり、帝国資本の『水の戯れ』とドーリエ伯爵によって建てられた『黄金の邸宅』がある。

 もちろんレブライトは、帝国資本の『水の戯れ』に宿泊する。5階建て、帝国風建築の豪華で綺羅びやかな宿──というよりホテルといったほうがしっくりくる。下の階は平民でも少し頑張れば泊まれるが、上の階に行くほど値段は上がり、一番上ともなれば貴族以上でなければ泊まることはできない。空室になっている日数のほうが多いほどだ。

 ただ、その一番上の階は、帝国の皇子が来るということで今は貸し切りだ。4階から上がる階段には警備の兵が常駐しており、宿の人間であっても身元の明確な人間しか上がることは許されない。

 その階段を上がる一団があった。ビーツアンナ王国の大臣と、数名の側近だ。彼らは3日前にアレルビに到着していた。


「お初にお目にかかります。ビーツアンナ王国第3大臣、ウルスト・ケフネと申します。此度の我らの不始末、殿下の御手を煩わせ、陛下に顔向けもできません」

「よろしく頼む」


 恭しく頭を下げるのが王国側の代表者である。50を超えるその顔には、苦労を重ねたシワが深く刻まれている。王家と勇者の長きにわたる軋轢、さぞ振り回されたであろうと思う。今回の件はビーツアンナ側の不手際だが、この人にはやや同情する。

 その後ろに側近が数名。皇子相手には名乗ることも許されない下っ端だ。そしてもうひとり──。


「そなたがエンティーナか?会うのは初めてだな」

「お初にお目にかかります。今回の件は私の失態。かならず汚名返上させてみせます」

「気にするな。来年からは同窓の仲、今畏まりすぎると、後で困るぞ?」

「そうは参りません」


 まぁ、この状況で気軽に話せといっても無理だろう。エンティーナが来ていることは事前に聞いている。この状況に責任を感じて、無理に同行してきたらしい。

 エンティーナの顔に目を向ける。燃えるような真紅の髪、強い意志を秘めた眼、まぎれもなく真紅の勇者の血を引く者である。元を正せば、前世の妻の子孫だ。レブライトとしては、強い心を持った人物であることが嬉しく思う。

 気が強く責任感のある、彼女によく似ている。

 脇に控えていたネロスが一歩前へ進み出て、ケフネに向かって話しかける。


「詳細は私とケフネ殿で詰めてまいります。皇子とエンティーナ様は今のうちに信仰を深めておくのが良いでしょう」

「しかし……」

「問題ございません。どのみち皇子と貴方様はのですから」


 ネロスの発言に空気が凍る。まだ14とは言っても皇帝の息子だ。発言次第では文字通り首が飛ぶ。


「こういう奴だ。気にするな」


 レブライトが一言添えると、戸惑いつつも空気が和らぐ。

 もちろんネロスも、誰にでも歯に衣着せぬ発言をするわけではない。レブライトが後学のためにと望んでのことだ。皇子だからと神輿に担がれ、そのことに気づかずに裸の王様になるのは御免被りたい。自らの役割を正しく認識するため、ネロスには包み隠さず言葉を出すよう言ってあるのだ。

 前世では皇帝として帝国を率いていたが、ちやほやされ続けると感覚は鈍るものだ。


 それに、今から行われるのは、ドーリエ伯爵への一方的な断罪である。14の少年少女に聞かせたくない話も出てくるだろう。


「ま、大枠で話は理解している。細かいことはおっさん共に任せればいいだろう。隣の部屋を会議室にするよう決めてある。自由に使え」


 挨拶は終わりだ。腑に落ちない表情のエンティーナを残し、役人連中は退室していった。

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