第16話 [下の名前で]

 ——“後悔”。

 それは誰しも持ち合わせているものだろう。

 一時のテンションに身を任せて何かをやらかし、後々とぅぅんでもない辱めを受ける。


 え? そんなことをしたのは誰かって?


「うごぉぉおおおおお!!」


 ——私だ。

 私は今両手で顔を隠して床でゴロゴロと転がり叫んでいた。


「だ、大丈夫だよフミちゃん! 可愛かったよ……すごく……。そう、すごく……」

「やめてぇぇぇ! もぅ……やめてくれぇぇぇ!!」


 手の内側の私の顔は茹で蛸よりも赤く、太陽よりも熱くなっている気がした。

 こんな恥ずかしい思いをしたのは人生で二回目だ。


「さっきのフミちゃんも魅力的だからたま〜にやってほしいな〜」

「もう絶対お酒入りのチョコは食べない……」


 なんかもう恥ずかしさとか通り越して虚無感しかなく、虚ろな目で天井を見上げていた。


「ふふ……ふふふ……!」


 真雪ちゃんはぼーっとしながら先ほどのことを思い返しているようで、よだれを垂らしながら笑っていた。


(ワンチャン他の二人にこのことを言ってマウントをとるかもしれない……。そんなことは絶対に阻止する!!)


 私は立ち上がり、一気に真雪ちゃんへと距離を詰めた。


「え、え? え??」


 ずんずんと歩き、真雪ちゃんの背中は壁についていた。

 私はそこで左手で壁ドンをし、先程と同じように唇に右手の人差し指を当てた。


「絶対言うなよ……言ったらお仕置きが待ってるからな……」


 少し顔が熱くなりながらも、私は鋭い視線を送り嫌いそう言った。


「ひゃ……ひゃいぃ……」


 真雪ちゃんは頭から湯気が汽車のように飛び出してその場にぺたんと座り込んだ。


 ふぃ〜、一件落着。

 あれ?さっき慌てて出た言葉だったんだけど真雪ちゃんにとっては脅しじゃなくね?

 ま、いっか。


「っていうかもうこんな時間かぁ。私もう帰るわ。真雪ちゃんは?」

「うへ、うへへぇ〜〜」

「だめだこりゃ。私先帰るからねぇ……」


 私は真雪ちゃんを放って帰ることにした。

 図書室を出て下駄箱に着くと、海宝さんが仁王立ちをしていた。


「あ、海宝さん」

「『あ、海宝さん』じゃありません! なんで最近わたくしに構ってくれないのですか!?」

「あ、あー……」


 そういえば最近はなんやかんやで海宝さんに会ってなかったなぁ。


 海宝さんの赤い瞳は揺れていて、ほっぺたを膨らませながらプルプルと震えていた。


「ごめんて、今度私とどっか遊びにでも行こ? ね?」

「ぷしゅー……。ほっぺたを突かないでください……。あとれだけでわたくしの機嫌が取れるとお思いなのですか?」


 こいつぁちょっと面倒になりそうだ……。

 さて、どう言ったら正解なんだか。


「と、とりあえず帰りながら話そ?」

「……わかりました」


 ふてくされた顔をしながらも、私たちは二人で帰ることにした。


「あのー……。海宝さん?」

「つーん」

「そ、そういえば最近近くに美味しいクレープ屋さんできたんだって〜!」

「むーん」

「『つーん』はわかるが、『むーん』は月だよ」

「それぐらいわかっています!!」


 その後もなんとかして機嫌を取り戻してもらおうとしたど聞く耳持たずと言った具合だ。

 どうやったら機嫌を直してもらえるかと聞いたら、『自分でお考えになってくださいっ!』と言われてしまった。


 やれやれ……可愛い子猫ちゃんだぜベイベー(現実逃避)。


 そんなこんなで歩みを進めていたが、海宝さんとはここでお別れとなった。


「あのー……。まだ機嫌は……」

「つーん……ドラ気候」

「それ寒帯じゃん」


 最後の最後まで機嫌は直してくれないのか……。

 仕方ない、いざという時に備えていたが、を使うことにするか。


「あー……まああれだ、明日には機嫌なおしてくれると嬉しいよ——

「——っ!?」


 私は下の名前で呼びながら頭をなでなでとしてあげた。


 そう、海宝さんもとい雫だけは下の名前で呼んでいなかったのだ。

 理由は特にない。もしかしたらお嬢様オーラに当てられたからなのかもしれない。


 これで機嫌が治らなかったらまあ……できる範囲でなんでもしてあげることにしよう。


「じゃあな、雫」


 私は去り際にもう一度、だが今度は耳元で囁いて足早に去った。


 だってこんなことしたの初めてだったから私だって恥ずかしかったんだもん……。


 私の顔が赤いのは、夕日のせいだけではないのだ。



〜〜



「…………」


 百合園が去ったあと、海宝はフリーズしていた。


「あ、あの……お嬢様大丈夫でしょうか」

「んはぁぁ〜〜!!」

「お、お嬢様!?」


 一人のSPが近づいて声をかけると、へなっと地面に座り込んでしまった。


「あ、あれは反則級です……。あんなの許しちゃいますぅぅ……」


 両頬に手を添えて恍惚とした表情の海宝がそこにはいた。

 お嬢様とは思えないぐらい蕩けた顔をしている。


「み、みみ……」

「ど、どうなさいましたかお嬢様!」

「耳が妊娠しました……」

「な、なんですと——ッ! こ、これは赤飯の確定演出が……」

「赤飯は前食べたから食べたくないです……」

「あ、はい」

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【連載】地味女子の私が女の子の日にイライラしてたらなぜか百合ハーレムが出来上がっていたのだが? 海夏世もみじ(カエデウマ) @Fut1

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