ちょろ王子

(ローディスが、ちょろすぎる。)


「僕はいつもマリベルの味方だよ?」

そういってほほ笑むローディスに、マリベルは頭を抱えた。


学園に入学して、わずか一か月。

一か月でどうしてここまで懐かれてしまったのか。

ろくに会話も交わしてないし、接点も薬学クラブくらいでしかないというのに。


(…もしかしてただの善人フェチ?)


前の時間軸でも、確かに出会ったときから好感は高かった。

でも今回は異常だ。


「…ローディス様、ですからそういう発言が誤解を招くと、」

「だから、誤解なんて何もないってば。」

ローディスはそうほほ笑むと、静かにマリベルの手を取った。


「僕は、君が好きだよ。」

「はぁ?」


イケメン王子からの告白は、マリベルにとっては死刑宣告のようなもので。

顔を引きつらせ、正直なままの声を出す。


「ふふ、そんなに驚かないでよ。」

硬直するマリベルの手の甲に、静かにローディスの唇が当たる。


「君が好きだよ、愛してるんだ。」


その青色の瞳が、まっすぐにマリベルを映す。

切なそうなその美しい顔に、思わず見ほれてしまった自分を叱咤しながら、マリベルは小さく抗議の声を上げた。


「…嘘、ですよね?まだ出会って一か月ですよ…?」

アピールしまくった前の時間軸でも、愛の言葉をささやかれるまでに二年の時を有した。

何が起こっているのだとパニックにならざるを得ない。


「時間は関係ないよ。一目見たときから…君のことが頭から離れないんだ。」

「で、でも、私は男爵家で、」

「身分なんてどうでもいい。」

「それに、ローディス様には婚約者が、」

「なら婚約は解消する。」

「辞めてください!!」


それこそ死亡ルートというもの。

青狼にかまれて死ぬ自分の姿がとっさに頭に浮かぶ。


「どうして?」

「わ、わたしは、」


以前『いえばよかった』と思ったセリフと真逆の言葉。

ローディスの美しい顔を見ると、その言葉がのど元で止まる。


思い出してしまうのだ。自分を抱きかかえ、涙していたローディスの顔を。


(それでも、いわなきゃ)

死なないために。


「私は、ローディス様を愛していません。だから、そのように言われても迷惑です!」

「そう…」


明らかに傷ついた、と訴える瞳に、マリベルの心がズキズキと痛んだ。


「でも、僕が君を好きな気持ちには変わりがないから。それだけは忘れないでね。」

切ない声色とともに、ゆっくりと手が離される。

「…シャルル様と、仲良くされてください。」


もうとても、向かい合ってなどいられなくて。

マリベルは温室へと走った。




温室では何食わぬ顔で、ラキオスが薬草に水をかけていた。

「ちょっと!」

いつもと変わらぬひょうひょうとしたその姿は、マリベルのすさんだ心を刺激する。

「なんで助けてくれなかったのよ!」

「…え?助け、必要だった?」

相変わらずぽけーっとラキオスは言ってのける。


「必要だったでしょうよ、どう見ても!仮にも昔は私の事好きだって言ってくれてたのにね。」

「今でも好きだよ。」


さらり、とラキオスは言った。

本当に、実にさらり、と。

こちらを見ることもなく、薬草に水をかけながら、さらり、と。


「いや、好きだったら助けるでしょ、普通。」

なにいってるんだか、とマリベルは答える。

「俺が助けに入ったら邪魔かなぁと思って。」

「…邪魔なわけないでしょ。」

「俺が助けに入っても、どうせシャルルは俺の言う事なんて聞かないし。王子に助けてもらったほうがいいかなって。」


年は同じだが、ラキオスは一応シャルルの『兄』ということで養子に入っている。

しかし、あのシャルルのことだ。

平民出身のラキオスの事をよく思っていないことは、なんとなく想像もつく。


「ローディス様に助けてもらいたくないから言ってるのよ。」

「え?助けてもらいたくないの?」

「ローディス様に助けてもらったら…話がこじれるでしょう。」

「あー…でも、俺はてっきり、君の狙いはそれかと思ってたんだけど。前みたいに、王子と婚約するのが野望だったんじゃないの?」

「冗談じゃないわ、そんなの前みたいに殺されて終わりじゃない。」


とても自然な流れで、不自然な会話を交わしたことに、しばらくして気が付いた。


「ん?あれ?」

「え?ん?」


(前みたいって…)


マリベルとラキオスはお互いに?マークを浮かべながら、向かい合った。



「何々?何の話―?」

空気も読まず割り込んできたのはケニック。

「「あ、ケニック様(先輩)邪魔しないでもらえますか?」」


2人そろって邪険にされて、ぷぅっと膨れる。

「はいはい、お二人は仲がいいことでー!いいもんねー、俺たちも二人で仲良く研究するもんねー、フレアちゃん!」

「あ、は、はい。」

ケニックに腕を回され、巻き込まれたフレアが体を小さくして頷く。


「せぇーーーっかく開花病の新情報、親父から伝言受けてたのになぁー!」

ケニックの言葉に、マリベルはすぐに反応した。

「新情報って何ですか!?」

マリベルの反応は、ケニックを満足させるものだったらしい。

にやり、と笑うと本を出した。


「やっぱり、マリベルの仮設で間違いなさそうだよ。開花病は、北から来てる。」

その書籍は、異国北国の古い本だった。

「500年前ごろに、北国でおこった流行り病。症状から見て、開花病で間違いないね。」


『開花病』

以前、マリベルの母親の命を奪った病気で、もうすぐ父親の命を奪うことになる病気。

突然に、体のどこかに痣が浮かび上がり、それがどんどん大きくなっていく。

その間、胃や腸などの消化器官が機能しなくなっていく。

まるで花が咲いたように、痣が大きく広がったころに死ぬ。


特効薬がないどころか、原因も不明の奇病である。


「王国で開花病患者が発見されたのは、ここ20年でわずか20人弱。ここ10年ではたったの5人。スラム街の子供や、花街の娼婦。貴族家の使用人や…男爵夫人、など、接点もなければ共通点もない人間ばかりだ。」


それがこの病の不思議なところだ。

感染症でもなければ、生活環境にも共通点がない。


いくら研究しても、原因がわからないのだ。


「でも、この本によると、北国では500年前に、ある地域の人々が体に花のような痣を浮かべてバタバタと倒れた、と記述がある。開花病とみて間違いない。」

「北国…」


北国、ゴルガラ帝国は、争いごとの好きな王が納める国。

今でこそ休戦状態だが、好きあらばフィルドール王国にも攻め入ってくる。

情報管理に厳しく、国境には見張りと有刺鉄線が惹かれている。

ほぼほぼ『鎖国』状態の、なんとも不気味な国である。


「どうにかして、情報を手に入れれないかしら…」

父の病気の発症まで、もう1年を切っている。

マリベルは、焦っていた。


「行く?ゴルガラ帝国。」

いつの間にか現れた、ローディスが、本を覗き込みながらにっこり微笑んだ。


「え?」

「いや、そんな簡単に…」

「行きたいんでしょ?マリベル。」

そりゃあそうだ。行って少しでもヒントをつかみたい。


「行きたい、ですけど…」

「じゃあ行こうよ。ちょうどね、招待状がきてたんだ。ゴルガラ帝国の王子のお披露目会、だってさ。」


この時ばかりはローディスが、救世主に見えた。


「父はね、『何が起こるかわかるから行かなくていい』って言ってたんだけど。マリベルが行きたいなら、連れて行くよ。」

「…いいんですか?」


相手は好戦的な、得体も知れない国である。

王位継承権を持つローディスが危険を冒してまでいく必要は確かにないように見える。


「もちろん。マリベルが望むなら、僕は何でもするよ。」

「…ありがとうございます。」


結局、ローディスの好意を利用しているという事実に後ろめたさを感じながらも、それでも父を助けるためならば、なんでもしてやるんだ、とマリベルは思っていた。





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