ただの聖者アピール

 マリベルが孤児院に通うようになったのは、母親が死んですぐの6歳のころ。

 目的はもちろん、『聖者マリー』のような善人であることを、周りにアピールするためである。

 そのアピールのために選んだ孤児院は、王都のど真ん中にある、新設されたばかりの孤児院だった。


 この孤児院のいいところは、まず入り口が王都の広場のすぐ近くであるということ。

 マリベルがボランティアで孤児院の入り口を通る姿を、沢山の人に見せることができるのだ。

 子供たちが遊んだり、マリベルが作業をしたりする中庭が、高い塀で覆われていることも魅力だった。

 門をくぐりさえすれば、マリベルが何をしていようが、周りに見られる心配がないのだ。


 そして、この孤児院の悪いところは…山ほどある。


 「マリベルお姉ちゃん!なんでずっと来てくれなかったの!」

 「もう来てくれないのかと思ったよぉお」

 2歳~5歳前後の子供たちが、久しぶりに訊ねたマリベルを囲う。

 「ごめんなさいね、少し体調をわるくしていて…って」

 

子供たちに囲まれて、わずか3秒。

 マリベルの笑顔は一瞬で曇った。


 「くっさいんだけど、貴方たち!お風呂入ってないの!?洗濯は!?なにその汚れた服、何日その服着てるの!!」




 悪いところその① 圧倒的人手不足。

 いや、人手不足というか『働く人手』が不足している。


 孤児院には教会から派遣されたシスターたちが何人かいるのだが、彼女たちは祈るばかりで子供の面倒を見ることは一切なかった。

 食べ物は与えるし、虐待もしない。

 そのかわり、これといった世話もしない。

 それ故に、気が付けば子供たちはどんどんと汚れていく。教育らしい教育も受けていないので、自由わんぱくで礼儀作法どころか常識もない。


 「だってぇ、洗濯ってどうすればいいかわかんないしー。」

 「前に教えたでしょう、ゴメロス!」

 「お湯の沸かし方もわかんないしー。」

 「あぁ、確かにそれはそうだけど…メアリーは?メアリーはいないの?」

 にぎやかな声にさそわれて、ふらふら、と一人の少女が幼子を抱えてやってきた。

 「マリベル様…来てくださったのですね…」

 「メ、メアリー…どうしたの…大変そうね…。」

 

 マリベルと同い年のメアリーは、目の下にたっぷりとクマを抱え、髪の毛もぼさぼさでやつれ切っていた。


 「アニーが、最近泣き止まなくて…この1週間ほとんど眠れてないの…」




 悪いところその② 子供たちが幼すぎる。

 新設された孤児院に集まったのは、0歳~5歳前後の子供。

 一番年上の子ですら、マリベルと同じ8歳。


 シスターたちが面倒を見てくれない以上、少しでも年上の子供が、幼い子の面倒を見なければならないのだが、そもそも全体的に年が低いので、なかなかに難しい状態だ。


 「ラキオスは何をしているの?」

 「ラキオスは…なんか1週間くらい前から書斎に閉じこもっていて、一歩も外に出てこないの。ご飯も食べてないかも…。」


 最年長8歳は、このメアリーとラキオスの二人。

 あとはまだ5歳以下である。


 「人って1週間ご飯なしで生きられるものなのかしら…」

 いやその前に、目の前のメアリーは1週間ほぼ睡眠なしでよく生きていられるものだ。


 「と、とにかく!まずはゴメロス!マーシュ!洗濯物を全部持ってきて!」

 「えぇー、面倒臭い!」

 「うるさい!さっさとしなさい!ジャスミンとユアラはお風呂洗いね!」


 まずは5歳児に指示を飛ばして、メアリーの腕から、1歳のアニーを引き取る。

 「メアリーは少しでもいいから、私がいるうちに寝て!」

 「…でも、悪いわ…」

 「悪くない!メアリーが倒れるほうが迷惑なんだから!さっさと寝る!」


 そうこう言っているうちに、ゴメロスとマーシュが両手いっぱいに洗濯物を持ってきた。

 「…うそでしょ…」

 到底一人では洗いきれないと思う洗濯物の多さに、マリベルは顔を引きつらせる。

 そんなマリベルに二人の男児は思いっきり洗濯物を投げつけると、

 「まだまだあるよ!取ってくるね!」

 と走っていった。


 「…くっさ…。」

 洗濯物の山の中で、マリベルは大きくため息をついた。






 孤児院の書斎にはたくさんの本が並んでいる。

 寄付として寄せられたものなので、ジャンルはバラバラ。子供が読むとは思えないほどの小難しい本が多いので、孤児院たちの子供にはあまり利用されていない。

 そんな書斎を、好んで使うのは、ラキオス、ただ一人だった。


 誰に習ったわけでもないが、ラキオスは字が読めた。

 誰も何も教えてくれない環境で、本だけがラキオスに情報を与えてくれた。

 一度書斎に入れば、時間を忘れ夢中になって、本に向き合った。


 しかし、まさか1週間も時がたっているとは気が付かなかった。

 キャッキャ、と庭のほうがやけに騒がしくて、ラキオスは久しぶりに本から目を離した。


 (…誰か、来てるのかな…?)

 一度我に帰れば、自分がものすごく空腹であるということに気が付く。

 睡眠はちょこちょことはとっていたが、食事は全くとっていなかった。


 (なんか、食べるものあるっけ…)

 久しぶりに書斎から出て、台所へ向かう。

 奥で話をしているシスターたちに気づかれないように、こっそりと忍び足で、パンを取った。


 「今日は子供たちがうるさいわね。」

 「ほら、例の男爵令嬢がきてるのよ。」

 シスターたちの言葉に、忍び足で戻ろうとするラキオスの足が止まる。


 「あぁ、久しぶりじゃない。1週間も来ないから、もう飽きたのかと思ってたわ。」

 「慈善活動してますアピールなんて、本当下品だと思っていたけれど、来てくれるとなんだかんだ助かるわね。最近子供たちの臭さで、孤児院ごと異臭がしてましたでしょう?」

 「本当、本当。私たちは神に仕える立場で、子供の面倒を見るべき人間ではないのだから、ああいう使いやすい男爵令嬢に沢山働いてもらわないとね。」

 「祈りに忙しい私たちと違ってどうせ暇なんでしょうからね。」

 「本当よね。しかし貴族といえども男爵家はかわいそうね。こんなことしていい人アピールでもしなければ、ろくな嫁ぎ先もないんでしょう?」

 「よく貴族落ちした令嬢がシスターになることがあるけれど、あぁいう逃げシスターはみっともないもの。私たちのように、生まれながら純粋に神に仕えているものと一緒にしないでほしいわよね。」

 「本当よねー。」


 神に仕える、ということがそんなに偉いことなのだろうか。

 ラキオスにはどうも彼女たちの言葉の意味が理解できない。


 (俺に常識がないから、理解できないのかな…?)


 目の前で困っている子供たちのことよりも、神に祈ることのほうがそんなに大切なのだろうか?

 そして、子供たちのために声を張り上げている彼女は、シスターたちが言うように、本当に『かわいそう』な存在なのだろうか?


 ラキオスにはどうしても、理解ができなかった。



 

 

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