第33話「ヘソの横に……ほら? ホクロがあるのが見えるか?」

「僕を犯人に仕立て上げようって魂胆だろうけど、僕にはアリバイがあるんだから無理さ」

「アリバイ……?」

 当然否定するだろうとは思っていたが、よう切り替えしてくるとは思わなかったものである。綾咲は首を傾げた。

「アリバイって……どんな?」

「その時間……殺人事件が起こったその時間、僕は……」

 清澄はモゴモゴと口篭って何やら言い難そうだ。

 頭の中で改めて言って良いものかどうか吟味しているようで──問題ないことを確かめてから口を開いた。

「僕は覗きをしていたんだ。それが、僕には殺人事件は不可能っていう証拠さ!」

 なるほど──綾咲は唇を噛んだものである。

 確かに、まだ覗きの犯人は明らかになっていない。自由時間に起こったその覗き犯が清澄であると主張するなら、それは立派なアリバイになる──。それを切り崩すには犯行時刻が誤りであったと訂正するか、あるいは覗きの犯人を他に作るしかない。

 ──しかし、いずれにせよ清澄がはじめに設定したルールにより、一度決定したことは覆すことは難しいし、偽証罪とされるリスクが高まるばかりである。

 綾咲は身動きが取れなくなってしまい、唇を噛んだ。

 あと一歩で追い詰められそうだったのに──。


「もういいよ、それ……」

 ところが、間石は面倒そうな顔を見せる。

 新たな清澄の主張にうんざりしていた。

「僕は、君たちの裸体を盗み見た卑劣な覗き犯さ! 殺人なんて、できるわけがないだろう!」

 敢えて清澄はヒール役に撤することでこの場を乗り切るつもりなのだろう。開き直り、悪びれる様子もなく自身が覗きの犯人であることを豪語した。


「お前……本当は、覗きなんてしていないだろう?」

 間石の口調は穏やかだった。

 一瞬、清澄は言葉を詰まらせた。

「いいや、いやいや! 何を言っているんだ! 僕だよ! 僕が覗きをしたんだよ!」

 尚も清澄は繰り返し訴えた。

 そんな清澄に、間石はフゥと息を吐いて呆れたものである。

 ──その溜め息の意味は何だろう。どうやら、間石には策があるようである。

「お前は覗きなんてしていないさ。していないんだ……」

 まるで諭すかのような静かな口調で間石は言った。

 そして、間石はポケットからとある証拠品を取り出した。

 ──眼鏡の男の遺留品──カメラである。

 警官に連れ去られる眼鏡の男が落としていったものを、間石は人知れず回収していたらしい。

 カメラの電源を入れ、操作をしながら間石は言った。

「眼鏡か撮った写真……これを見てみろよ」

 ディスプレイをみんなに見せる。

「これは……」

 それを見た足達や綾咲は絶句してしまう。


 それは──覗き犯に追われて廊下を走るマコと綾咲の裸体の写真であった。追い掛けて来る覗き犯や驚きの顔をする足達はおろか、マコの乳房までしっかりと捉えられていた。

 まだこんな写真が存在していたなんて──消せと命じたはずの写真が、未だに消されずに存在していた。

 覗き犯に追われるマコたちを激写した眼鏡の男の遺作がみんなに公開され、綾咲は顔を顰めたものである。


 ただしかし、間石も女性陣に配慮などするつもりはないらしい。

 そもそもとある意図を持って、この写真を公開したのである。

 ──間石はしっかりと写っている覗き犯のヘソ周りを指差した。

「この覗き犯のヘソの横に……ほら? ホクロがあるのが見えるか?」

 嫌悪感と羞恥心で見たくなどなかった綾咲だが、間石にディスプレイを近付けられたので渋々見るしかなかった。解析度が低く、そこまでハッキリとした画像ではなかったが──確かに覗き犯のヘソの横には黒い点のようなものが見えた。

「ほら、俺にも……」

 徐ろに間石は服の裾をたくし上げて、腹を出して見せた。

 間石の腹──ヘソ横にもホクロのような黒い点がある。


 次いで間石は、清澄を指差した。

「……んで? 覗きの犯人だっていうお前はどうなの? 当然、それはあるだろう?」


 清澄は態度を変えず、フンと鼻を鳴らした。

「その写真の犯人の腹に写っているのは、本当にホクロなのかな?」

「そうだろうさ、画面を見てみろよ。でなければ、黒い点の説明がつかないだろう?」

「なるほどなぁ」と、清澄は画面を見ながら頷いてみせた。

「覗きの犯人にはホクロがある。……そして、間石にも同じ様にホクロがある。だから、間石が真の覗き犯であると。……間違いないか?」

「ああ、そうだよ! 犯人の腹にはホクロがあるはずだから、お前の腹を見せてみろよ!」

 間石が唾を飛ばしながらさらに吠えた。

「生憎だが、僕には君と違って露出の趣味はないんでねぇ……」

 清澄は渋って、なかなかその腹を見せようとはしない。

 見せようとしないのではなく、もしかしたら見せられないのかもしれない。恐らく、清澄の腹にはホクロはないのだろう──。

 しかし、不可解なのは清澄が自身の腹にホクロがあると主張しないことである。ハッタリであろうとも言ってしまえば見せなければなんとでも言えるはずである。

 それなのに、清澄はあくまでも駄々を捏ねるばかりだ。これでは事態は進展せず、タイムアップになってしまう──。


「見せろよ!」

「やだね」

「見せろって!」

「やだって。それに、お前は嘘をついている……」

 ぼそりと清澄が呟いたかと思えば、ヌッと手が間石に向かって伸びた。

「あっ、お前。何をする!?」

 咄嗟のことで、間石の反応が遅れてしまう。

 手からカメラを引っ手繰られ、おまけに突き飛ばされて尻餅をついてしまう。──まさか、実力行使に出て来るとは──。


 清澄は尻餅をついた間石の上にのしかかると、乱暴に上着の裾を捲り上げた。ホクロのあるでっぷりとした腹が露わになる。

「お、おい! やめろっ!」

 間石は必死に叫んで抵抗しようとした。

 そんな間石の腹から清澄は──ホクロを剥ぎ取ったのである。

 しかも、何もそれは血肉を抉ったわけではない。清澄が触るとそれは簡単に取れてしまった。

 手についたそのホクロのような黒い点を、清澄は近くに持って来てジーッと見詰めた。

「黒色のシールか……ふん。こんなもので、みんなを騙せるわけがないじゃないか!」

 清澄はシールを丸めると、指でピンッと飛ばして放った。


 さらに清澄は、間石の手から奪ったカメラを操作する。写真を切り替えるが、どの写真にも黒い点は残ったままの状態になっていた。

 清澄が試しに指で擦ってみるが、それは落ちなかった。

「なるほどね……。こちらはマジックで描いたのか。くだらない小細工をしてくれる……」

 清澄に種がバレて間石は愕然としてしまう。

 小細工が──間石の悪巧みが全て清澄に明るみにされてしまった──。


 眼鏡の男のカメラを手に入れ、何とか武器に出来ないかと考えた清澄は──カメラや自分の腹に細工を施していた。

 これなら、パッと見でバレるわけはない。きっと上手くいく。

 そう思ってドキドキしながらずっとチャンスを伺っていたのに──。切り札となると思ったのに──。


 清澄には、それは通じなかった。


『【偽証罪】が適用されます。会後に、刑は執行させて頂きます』

 スピーカーから流れてきた警察の言葉に間石の顔は青褪めたのだった。

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