第34話「この殺人事件の犯人は私だ。全ての証拠品が物語っているだろう?」
「う……うわぁあぁああぁあああッ!」
間石は目に涙を浮かべ、発狂した。
──死刑を宣告されてしまった。
清澄を突き飛ばして立ち上がり、扉に向かって走った。
ドアノブをガチャガチャと回して、何とか此処から逃げようと必死になっている。
しかし、鍵が掛かっていて開けられない。
──逃亡することは許されないのである。
「そ、そんな……うわぁああああ!」
間石は泣き崩れ、叫んだ。
清澄はそんな哀れな間石を見下ろし、足蹴にした。
「残念だったねぇ。人を陥れようとした罰だよ!」
ショックで呆然としている間石は、清澄に踏まれても何の反応も示さなかった。まるで、魂が抜けてしまったかのようである。
一方で、綾咲は清澄と間石のやり取りを険しい表情で見ていた。
何も清澄の振る舞いに反感を抱いたわけでも、間石を哀れんでいたわけでもない。
──この二人は、本来の目的を忘れているのではないか?
そう内心で苛立っていたのだ。
【偽証罪】の適用が確定したところで、処刑が実行されるのは『話し合いの後』である。──つまり、まだおわっていないのである。
清澄の通報はまだ有効とされている。このままいけばタイムアップになり、清澄も処刑されることになるかもしれないのだ。
そうなれば、再び残された人たちで蹴落としを行わなければならなくなってしまう──。
残りは綾咲と足達とマコで──。
綾咲は足達に視線を送った。
唯一の不安要素は足達の存在であった。
ラスト三人──疎遠になった親友と、現役でお世話になっている教官。マコは果たして、どちらを選ぶのであろうか──。
考えたくなどなかったが、足達の言いようによってはマコの心は動いてしまいそうだ。マコと足達に共闘され、裏切られたくなどない。
ここで落とすなら清澄ではなく、足達だ──。
綾咲は敵意の目を足達へと向けたものである。
「……覗きの件は置いておきましょうよ。それよりも殺人事件の方に焦点を当てて話さないと……」
「アリバイに繋がることなんだから、無視することは出来ないと思うけれどなぁ」
清澄が最もなことを言うが、自分の首を絞めていることには気づいていないようだ。
話を戻そうとする綾咲の意見を、共闘するべき清澄が拒む。このまま犯人が見つからなければどうなるか、間石を陥れた達成感から昇天し、頭が回っていないようである。
綾咲はそんな清澄を無視して、ポケットの中から証拠品──『布切れ』を取り出して見せた。マコから受け継いだ証拠品の一つである。
「これは、殺された被害者が握っていた衣服の繊維よ。……白色ね。……何処かで見覚えはないかしら?」
間石も清澄も、それぞれ自分の世界に入り込んでいて綾咲の話など聞いていない。
唯一、マコの介抱をしていた足達だけは顔を上げて綾咲を見詰めた。
「貴方の衣服にそっくりですね。足達さん……」
綾咲も真っ直ぐに足達に視線を送った。
白色の布──。
誰の衣服にも使われていそうな白い布切れ──。当然、足達の上着のシャツもそれに違わず白色だった。
──しかし、あくまでも同色というだけであろう。繊維は違うであろうし、足達の衣服に解れたところなど見当たらない。
綾咲もそんなことは承知していた。
──だが、この場において重要なのはいかにもっともらしく喋れるかということ──。筋道さえ通っていれば、なんだって真実として押し付けることができるのである。
「ただ白いってだけじゃないのか?」
足達は静かに尋ねた。そこからは何の感情も読み取れなかった。
怒りも悲しみも感じられない。
足達の口調は穏やかであった。
──綾咲は首を横に振るった。
勿論、綾咲もただ白色だから──という安易な理由だけで押し通そうとするつもりはない。足達から反論されることも想定済みだ。
いや、そもそも反論の機会すら与えるつもりはない。
「これは足達さんのものよ。残念だけれど、DNAキットでそういう結果が出ているかは、反論は受け付けられないわ」
綾咲はポケットから新たな証拠品──【書類】を提示した。A4サイズの紙に明朝体で何やら文章が書かれてあった。
DNAキットとやらを使用しての分析結果とのことである。
──【布切れ】の繊維と、乙者の衣服の繊維とが一致していることを証明致します。
そうした一文が、はっきりと書かれてあった。
乙者──それを足達に当て嵌めて、牙を剥いたのである。
──何とも抜け目のない女だろうか。
マコが【布切れ】を拾ったことを知っていた綾咲は、もしもの時に連携できるように【書類】を持ち帰っていたのだ。この二つがあれば合わせ技ができる。
ずっと懐に忍ばせて、使う機会を伺っていたのである。
「なるほど……」
ふむと、足達は頷いた。
「だから私が、犯人である……と?」
足達は反論の用意でもあるのだろうか。相変わらず落ち着いていて、綾咲に攻められても動じた様子はない。
「さて、DNA 検査がそう事実を導き出しているけど……貴方はそれに抗うだけの証拠品をお持ちでしょうか?」
綾咲が問うが、足達は黙ったまま何も反論して来なかった。
──いったい何を考えているのか。
足達の思考が綾咲には読めなかった。
「なぁ、伊吹山君。君はどう思うかね?」
足達に声を掛けられ、清澄はハッと我に返る。
今更ながら、綾咲は本名が伊吹山清澄と言うことを知った。
「は、はい……? 何がですか?」
ここまで、何一つ話を聞いていなかった清澄が尋ねると足達は呆れたような顔になる。
「おいおい。もう少しで、【虚偽通報】として処刑されてしまうんだぞ。少しはしっかりしてくれ」
「虚偽通報……? えっ!? 間石は……?」
既に終わったものと思っていたようで、清澄は扉の前で泣き崩れている間石に視線を送ったものである。
「鈴木君はここで終わりだろう。……しかし、我々についてはまだ終わっていないということだ」
「そ、そんな……じゃあ、僕も殺されちゃうっていうのか……?」
途端に、現実に帰った清澄がガタガタと体を震わせ始めた。
「……それで、伊吹山君はどう思うのだ?」
「な、何がです……?」
「私が、殺人事件の犯人だと思うのかね?」
再度足達に尋ねられ、清澄は頻りに視線を泳がせた。
なんと答えるのが正しいのだろう──頭をフル回転させた。
「え……あ、はい。おそらくは……」
清澄は恐る恐る頷いた。
自分が助かるためには、足達に犠牲になって貰わなければならない。
そう考えたようである──。
「そうか……」
教え子にも手のひらを返され、足達は溜め息を吐いた。
不意に、足達がポケットの中に手を入れたので綾咲は警戒したものである。次は反証に、いったい何を取り出すと言うのか──。
「ここに凶器のナイフがある」
足達がポケットから取り出したのは証拠品【血のついたナイフ】である。透明な袋の中に入れられたその鋭利な刃物には、血らしき赤黒い液体が付着していた。
綾咲は身構えた。
ニセの証拠とはいえ、刃物は本物である。急に切り掛かられたら一溜まりもない。
すると、足達は意外なことを口にし始めた──。
「これについた血は被害者のものだ。……つまり、このナイフは犯行に使われたもので間違いない。そして、このナイフの柄なんだが……そこに指紋が残されていたよ」
検査薬で指紋を採取したのだろう。ナイフの柄には、白色の指紋がいくつか浮かび上がっていた。
それをネタに、自分が犯人ではないとでも言うつもりなのだろうか。
そうはさせない──と、綾咲は口を開こうとした。
「私の指紋がね……」
「……えっ?」
綾咲と清澄は困惑した。
──聞き間違いだろうか。今、足達はその凶器に自分の指紋が付着していると言ったように聞こえた。
何も反論できなくなってしまっていた。
「これは私の指紋だ。私が被害者を刺殺した。そのことに、何か異論はあるかね?」
──自供?
綾咲は目を見開いたものだ。
足達は相変わらずの表情で、別に気を違えたわけでもなさそうだ。あくまでも大真面目にそのことを言ったらしい。
「この殺人事件の犯人は私だ。全ての証拠品が物語っているだろう? 私と被害者とのやり取りはディスクに記録されているし、被害者が握っていた糸くずに……それから、凶器の指紋か。私がナイフで被害者を殺害した。異論はあるか?」
──場が、しぃんと静まり返る。
反論することは出来なかった。
それは足達を助けることになり、同時に自分たちの首を絞めることに繋がる。
ここに来て、綾咲は悟った。
──足達は自分が罪を被り、犠牲になろうとしてくれているのだ。
「うぅ……あ……!」
その真意に気が付いた時、綾咲の目から涙が溢れた。
否定の言葉が口から出掛かったが、それを言葉に表すことは出来なかった。
震える綾咲に向かって、足達は優しげにニコリと笑ったものだ。
清澄もまた、体をブルブルと震わせていた。
そして、口を開いた──。
「足達教官……貴方が、犯人だよ……」
そう言い放った時、ブーッとブザーの音が鳴った。
モニターが点灯し、画面に蛸のお面を被った制服警官の姿が表れ、議論の終わりを告げたのであった。
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