第32話「証拠には証拠を……」
ディスクの中に被害者と犯人とのやり取りが写っている──という話であるが、間石はそれを見せる気がないらしい。
相変わらずその件で、間石と清澄は言い合っていた。
「見る見ないの話はどうでも良いんじゃないかしら。大事なのは、間石君の持っている映像によって、被害者と犯人が知り合いである……という事実が判明したことじゃないかしらね」
綾咲はどうやら間石の肩を持つことにしたらしい。急に横から口を挟んで来たかと思えば、清澄に食って掛かる。
清澄からすれば面白くない話で、表情を曇らせた。
「君……どういうつもりだ?」
敵側に回った綾咲を、清澄はムスッとした表情で睨んだ。
綾咲は肩を竦めて戯けてみせた。何故、間石を選んだのか──その疑問には答えるつもりはないらしい。
現状──議論を優位に進めているのは間石である。
ディスクなる証拠品を提示して、上手く清澄からの攻撃を躱している。その余裕そうな姿から、他にも何か策を秘めていることは目に見えて明らかである。
そうなると当然に清澄も黙っていない。
新たな証拠なり証言なりを掲げて反論するだろう。
議論が泥沼化して長引くこととなる。──すると、時間制限下では通報者である清澄君が不利な立場にあるということだ。
どちらかに付くとすれば優位な方──今後の未来のある間石の側に、綾咲は付いたのであった。
ここで間石と共闘して上手く動けば恩を売ることにもなる。今後の展開も楽になることであろう。
もしこの先があるとすれば、次は三人で協力して足達を落とし、マコと間石を落とす。そして最後は──。
後々のプランも綾咲の頭の中に浮かんでの行動であった。
清澄に睨まれた綾咲はせせら笑った。
「私ね、清澄君と被害者との間柄を関連付ける証拠を持っているの」
「……君、何を言ってるわけ……?」
信じられないといったように清澄が顔を顰めた。
──ここで綾咲は、勝負を決めに来たらしい。
間石はわけが分からず「えっ?」と一瞬呆けたが、何かを思い立ったようで指を軽快にパチンと鳴らした。
「そっか! やたらと無実の俺を犯人に仕立てあげようとしてくると思ったが……そういうことか! お前が殺人犯だったからなんだな!」
間石も綾咲に便乗して、清澄に罪を擦り付けるように動き出す。ビシリと清澄に指を差して言い放った。
「ばっ、何を……!」
驚く清澄を無視して、間石はヘコヘコと綾咲に向かって頭を下げ始める。
「いやぁー、自己弁明することばかりに躍起になっていて気が付かなかったよ。気付かせてくれてありがとう、綾咲さん。清澄が犯人だったんだね。いやぁ、気が付かなかったよぉ」
白々しく間石が言った。
綾咲が味方についた後押しから、さらに攻めの手を緩めない。
「お前、ふざけるなよ! どういうことだよ!?」
清澄の怒りの矛先は綾咲へと向いた。
威圧するように清澄は怒鳴り散らしたが、綾咲は動じない。
次いで、間石も綾咲に視線を向けた。別に助けてやろうというつもりではないらしい。
それよりも自分が優位に動くために、綾咲に証拠品を求めた。
「……それで、綾咲ちゃん。清澄と被害者を結び付ける証拠ってのは?」
喚き散らす清澄のことなど眼中にないようだ。
「……チッ!」
清澄は舌打ちをすると黙ってしまう。
──意外にも冷静なようだ。
脅して綾咲を引かせようと思ったが、効果がないと分かって演技をやめたらしい。疲れるだけである。
それよりも綾咲が何を取り出してくるか──それに注目して身構えた。
綾咲はポケットの中に手を入れると、携帯電話を取り出した。
マコから奪った【殺人現場】から持ってきた証拠品の一つである。
「これ、被害者の携帯電話なんだけど……此処に清澄君と被害者さんの通話記録やメッセージのやり取りが残されていたわ」
──勿論、これも綾咲の口から出任せである。
「へー、どれどれ……」
興味を抱いた間石は、綾咲の手から携帯電話を取った。画面が真っ暗なので電源を入れようとスイッチを押すが──。
──変わらず画面は真っ暗なままであった。
充電が切れているのか──あるいは、壊れているのか。いずれにせよ、使えない。
「そんなものが、そんざいしているわけがないだろう!?」
「いーや。確かに清澄と被害者とのやり取りだ! ……へ~。こんなことまで言い合っていたのか!」
黒い画面を見ながら、間石はクスクスと笑った。
どうやら瞬時に綾咲の意図をくんで話を合わせてくれているらしい。
清澄には画面を見られないように隠している。
「ふざけるなっ! 見せてみろっ!」
携帯電話をひったくろうとする清澄の手を避け、間石は携帯電話を床に落とす。
「おいおい。壊れたらどうするんだよ……」
清澄に文句を言いながら拾い上げる。そして、画面を見ながら間石は首を傾げた。
「あれれ~? つかないなぁ~。今ので壊れちゃったかなぁ? 残念だなぁ。これじゃあ、中身の確認はできないねー。まぁ、お前のせいなんだから、文句はないだろう?」
間石が小馬鹿にしたような態度を取ると、清澄の顔は真っ赤に染まった。
「出任せだ! 最初から壊れていたんだろう! 第一、やり取りなんて……そんなものが、あるわけがないっ!」
「証拠には証拠を……だぞ~」
怒り狂う清澄に、間石が最もらしく言った。
「被害者と関係がないっていうのなら、それを示す証拠でも出してみたらどうなんだよ。さっきから文句ばっかりで、何も貢献してないじゃないか」
──当然、清澄にそんな証拠があるはずもない。
やっていないことを証明するというのは難しいことである。しかも、この場においてはそれを成し遂げることは不可能に近い。
清澄は膝を付き、床を思い切り叩いた。湧き上がってくる怒りが抑えきれないようだ。
「終わりだな……」
フフッと間石は清澄を見下して笑ったものだ。
「終わり……?」
ふと、清澄の震えていた肩が止まる。
「いや……残念だけど、まだ終わりじゃないさ……」
顔を上げた清澄の目は、まだ死んでいなかった。この期に及んで、何かしらの策を思いついたらしい。
──怪しくニタリと笑ったのであった。
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