第17話「お……お風呂……?」

 施設内を探索するといっても、行ける場所は限られていた。

 割り当てられた五つの宿泊部屋と初めのロビー、モニター室。それから、『器物損壊の間』と『殺人現場の間』くらいのものである。

──カチャカチャ……。

 器物損壊の間の扉を開けようとノブを捻った綾咲は首を傾げた。

 鍵が掛かっているようで、扉を引いても開かない。殺人現場の間にしても同様だ。扉は開かなかった。

「閉店かな?」

「まさか。そんなことはないと思うけど……」

 マコと綾咲は顔を見合わせて首を傾げた。


──ギィィイッ!


 不意な物音に、二人は肩を強張らせた。

 廊下の先──行き止まりの壁になっていた部分が、突如としてひとりでに開いた。どうやら、隠し扉になっていたようである。

「あ、あいた……?」

 まるでタイミングを見計らったかのように開いたこの隠し扉に、綾咲は警戒を強めたものである。対して、マコは呑気に興味を抱いたようである。

「忍者屋敷みたいで面白いねー。もしかしたら、何か秘密があるかもしれないよ……」

 そう呟くと勇ましく、ズケズケと扉へと近付いて行った。

「あ、危ないわよ……」

 警戒心のないマコを止めようとするが、そんな綾咲の制止をひらりと躱してしまう。扉に張り付き──そして、ゆっくりと扉の中を覗き込んだ。


「え〜っ!?」

 マコの驚いた声に、綾咲は体をビクつかせた。その驚きには、どういった意味があるのだろうか。

──死体の山でも積まれているのか?

──この施設に関する手掛かりでも見付けたか?

──あるいは、脱出に繋がる、何か有用なものでもあったのだろうか。

 頭の中に数々のイメージが浮かんだ。

 しかし、そのどれでもないようだった。

 マコは手招きをして、綾咲に中を見るように促した。その表情からは、とても悪意があるようには見えない。


 綾咲も覚悟を決めて、マコの側へ向かった。そして、扉の中に視線を向けた──。


「お……お風呂……?」

 廊下の奥にある扉の中を覗き込んだ綾咲は思わず声を上げてしまった。先に中を確認したマコが驚いた理由もよく分かった。

 扉の先は更衣室になっていて、さらにその奥の開いた引き戸の向こう側に浴場が見えた。まるで、銭湯のような造りである。

 各部屋に風呂場やシャワー室がなかったのは、ここに浴場が用意されていたからであろう。


「ねぇ、中も見てみない?」

 マコに促されて、綾咲も頷いた。


 更衣室の床には簀子が敷き詰められていて水捌けを良くしていた。衣服を入れる棚や鏡台、扇風機やドライヤーなんぞも用意されている。

 さらに奥に行くと──大きな浴場にサウナや水風呂まである。

 シャワーと蛇口は五、六人分設置されており、複数人が使えるようになっていた。


「はぁ~」

 マコは呆気にとられながら浴場の中をキョロキョロと見回したものだ。

 綾咲は恐恐、湯船に手を入れて熱さを確かめている。湯気が漂う、その水の温度は──。

「沸いているわね。……ちょうど良いくらいに……」

 それが、綾咲の結論であった。


「……でも、どうしてお風呂が?」

 マコが疑問を口にすると、綾咲も首を傾げた。

「部屋にバスルームがないから、ここでゆったりと過ごせっていう気遣いじゃないかしら」

「なるほどね……」

 犯人側の、どんな気遣いなのだろうか。

 これから生命を奪おうとする相手に対して、ご丁寧に風呂まで沸かしてくれているとは──。

「どうする……?」

 綾咲が意見を求めるようにマコに視線を送る。

 もしかしたらマコたちへの奉仕ではなく、純粋に犯人たちが自分たちのために沸かしていたところに迷い込んでしまった可能性もある。秘密の扉の奥にここがあったので、その可能性も無きにしも非ずであろう。

──しかし、そうであったとしてもマコたちがここに入った時点で、犯人たちがすっ飛んできそうなものである。施設内は常に監視されているのだから──。

 そうでないのは、ここがマコたちのために用意されたものであからと思えなくもない。

「う~ん……」と、マコは頭を捻って考え込んだ。

「折角だから……入ってみるとしましょうよ!」

 こんな状況下にありつつもマコはあくまでも楽観的な思考をしていた。

──お風呂に浸かってゆっくりと体を休めたい……。

 それが、マコの本心であった。


 そんなマコの返答に、綾咲は呆れたように息を吐いた。

「……わかったわ。じゃあ、私も付き合うとするわね」

──しかし、最終的には折れて、マコの意見に賛同してくれたのだった。

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