第16話「味方だからね! 守ってあげるわ!」

 自由時間が与えられて、マコがベッドで寝転んでいると──。

──トントン、トン!

 部屋の扉が誰かにノックされた。

「はい……?」

 マコは警戒しながら扉に視線を向けた。急な訪問者に一気に緊張は高まったようだ。


『入っても良いかしら?』

──ところが、扉越しに聞えて来たのは綾咲の声であった。

「え、うん。綾咲ちゃん……!?」

 マコはベッドから飛び上がり、扉に急いで駆け寄った。

 覗き穴を覗くと──確かに廊下に居たのは腕組みをした綾咲だった。

──ガチャリと鍵を開けて扉を開けてやると、それまで無愛想であった綾咲の表情が穏やかになる。

「あら、ごめんなさい。寝てたかしら……」

 申し訳なさそうな顔になる綾咲の言葉を、マコは手を振って否定した。

「うーうん。寝てないよ。こんな状況だし、何だか眠れなかったの。……それより、どうしたの?」

「久し振りだから……ちょっと話せないかなって、思って……」

 そう言えば、こんな状況に陥ってしまっていたので久し振りに再会した綾咲ともゆっくりと会話が出来ていなかった。

「うん! 私も話したいって思ってたから、良いよ。どうぞ」

 マコが扉を開けてやると、「ごめんなさいね」と頭を下げながら綾咲が部屋の中に入って来る。

 綾咲がソファーに座り、マコは対面するようにベッドに腰掛けた。

 マコは綾咲と久し振りにこうして顔を合わせて、何だか変な気持ちであった。昔からの幼馴染で、よく一緒に過ごしていた。

 万能で優秀な綾咲は常に人々の中心に居て、無個性で群衆に紛れるばかりのマコにとっては輝かしい存在に見えていた。

──いわば、二人は陰と陽のような対極の存在であったろう。

 それでもお互いにバランスの取れた関係で、それぞれの欠点を補うかのように支え合っていた。綾咲が転校することになった時にはマコも大いに悲しんだが、それでも連絡を取り合おうと約束した。

──結果として、それぞれの生活が──人生があり、物理的にも距離があることから疎遠になってしまっていた。


 そんな綾咲が、今は目の前に居る。不思議な感覚であった。


「綾咲ちゃんは、今、何をしているの?」

「引っ越して卒業してから、親戚のお店でウェイターをしているわ」

「へぇー。そうなんだぁ〜」

 マコはニコニコしながら綾咲の話を聞いた。こんな状況でありながら綾咲との再会が嬉しかったのである。

 綾咲も同様の意見を持ってくれていたようだ。わざわざ貴重な時間を割いて、マコの部屋を訪れてくれたくらいであるのだから。

──だが、それには別の思惑もあるようであった。

「ねぇ、マコ……。あなた達、知り合いよねぇ? だから、みんなのことを教えてもらいたいんだけれど……」

 トントン拍子に話が進んでいたが、部外者である綾咲には誰の情報も分からないままである。

「あ、うん。そうだよね……」

 マコもそのことに気が付いて、申し訳なく思ったものだ。もっと早くに気が付いて、色々と補完して上げた方が綾咲には分かりやすかっただろう。

「私、間石君、清澄君、眼鏡君……それから佐野君は、警察学校の同期生なの。私と間石君は足達組で、足達教官の下で日々、色々と教わっているのよ」

「間石君、ね……」

 綾咲は時折会話に参加してきた間石の顔を思い浮かべながら頷いた。

「そうよね、自己紹介をしていなかったから、知りたいわよね」

「うん。それもそうなのだけれど……」

 綾咲は顎に手を当てながら考えたものだ。

「なんで、私達はここに連れて来られたのか不思議なのよね。警察学校の関係者ばかりだし」

「うーん。でも、かと言って、綾咲ちゃんは警察学校とは無関係じゃない」

「そうなのよねー。だから、よく分からないのよね」

 頭を悩ませるが、当然考えたところで答えを導き出せるわけもなかった。


「ねー、マコ……」

 改まった顔になり、綾咲が真剣な顔をして言ってきた。

「気を付けてね、マコ……。私はいつまでも貴方の味方で居るから、何か辛いことがあったら教えて頂戴ね」

「私だって綾咲ちゃんの味方だからね! 守ってあげるわ!」

 マコは、力瘤を作って見せるかのように腕を曲げた。

「警察学校で鍛えているから。昔とは違うのよ」

──こんな状況であるのだから、お互いに気を遣い合うのは大事なことであろう。綾咲もマコも、お互いの言葉で励まされたものだ。


「……良かったら、中を少し歩いてみない?」

「え……?」

 唐突に、綾咲がそう提案してきた。

「足達さんだっけ? あの人は休めっていったけど、あんな凄惨な映像を見せられて落ち着いてなんていられないもの。ここから出る方法を……少しでもみんなの役に立てるような情報を、今のうちに探してみない?」

「それは……うん。そうかもね……」

 結局のところ此処が何なのか、自分たちがどうしてこんなところに連れて来られたのか──何も分かってはいないしマコたちを此処に閉じ込めた相手からも、何も知らされてはいない。

 得体の知れないことというのに人間は不安を覚えるものなので、マコとしても少しは情報を仕入れておきたいところであった。

「そうだね! みんなのために、お役に立ちたいもの」

 マコが頷くと、綾咲は嬉しそうに微笑んだ。

「本当!? マコなら怖がって断りそうだと思ったんだけど……」

「だから、昔までとは違うんだって!」

──マコと綾咲は、顔を見合わせて笑った。

 綾咲のそんな無邪気な表情を、マコは久し振りに見た気がした。


 なんとかここから脱出してやる──!


 マコは改めてそう思い、綾咲と共に自室を出て行ったのであった。

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