第12話「まさかこうも上手くいくなんてね。」

「いやぁー、なるほどねぇ……」

【器物損壊】の部屋から佐野や制服警官たちが出ていくのを見送ると眼鏡の男は呑気な声を漏らしものである。

「ちょっと試したかったからやってみたんだけれど……いやぁ、まさかこうも上手くいくなんてね。俺のやり方は間違っていないらしい」

 うんうんと、眼鏡の男は一人で納得して頷いている。


「どういうことだ?」

 足達が不審そうに眼鏡の男へと目を向け、首を傾げた。

 足達もここまで黙って成り行きを見守っていたが、流石に誰の目にも眼鏡の男が適当なことを言っているのは明らかである。

 返答次第では責め立てるつもりのような──足達はそんな険しい表情になっていた。

「まぁまぁ、そう怒らないで下さいよ。これも、ここから出るためなんですから……」

「ここからでるため、だと……?」

 眼鏡の男の言葉に足達が首を傾げると、さらに「そうですよ」と眼鏡の男が言葉を被せてきた。

「足達教官は意識を失っていたから知らないでしょうけど、あの後、あの偽警官たちからレクチャーがあったんです」

「レクチャー?」

 足達はさらに首を傾げたのであった──。



 ~~~~~



 ボコスカ殴られて足達が意識を失った後、再び扉が開いて制服警官たちが部屋の中に入って来た。

 蛇のお面、熊のお面──そして、猿のお面の三人である。

 三人が横一列に並んで立つと、部屋の中はざわついたものである。足達が暴行を受けたのを見た後なのだから、彼らに恐怖心が芽生えていた。

『ここから出たいですか? ……ならば、出してあげましょう』

──が、猿のお面がそんなことを言い出したので一同は目を丸くしたものである。

『ただし、ここから出られるのは善良な市民一名のみです。それ以外の罪深き者たちは退場してもらいます』

「出られるのは一名のみだって……?」

 猿のお面の言葉に、一同は愕然としてしまう。

『いえ、善良な市民一名のみです』

 それが大事なことであるのか、猿のお面が誰かの呟きを訂正する。

『罪深き者たちの罪をどんどん立件していって下さい。残った最後の一名が……罪を犯していない善良な市民ということなのでしょう』

 猿のお面の言わんとしていることは、誰にも分からなかった。

『さぁ、罪深き者の罪を明るみにするための捜査を、頑張って下さい』

──ただ、猿のお面たちは言いたいことだけ言うと敬礼をして、扉を開け放ったまま外へと出て行ったのだった。

 残された面々は、顔を見合わせた。


 開け放たれた扉──。

 それは、罠なのか。


 恐る恐る、佐野が扉から顔を出して外の様子を伺った。

「誰も居ない。……どうやら、出ていいらしいな……」

 佐野に安全を確認させ、それが大丈夫だと分かった途端、一同は部屋を後にした。

 暴行を受けた足達とそれを介抱するマコを部屋に残し、一同は探索を始めたのであった。



 ~~~~~



「罪深き者たちの罪……」

 足達は頷きながら、眼鏡の男の口にした言葉を繰り返していた。

 自分が気を失っている間のことは、まだマコにも聞けていなかった。落ち着いた時間がなく何となく聞きそびれていたが、結構重要な出来事があったらしい。

「足達教官が偽警官に電話した時に奴らは『残り検挙目標は二件』って言ってましたよね。ここにある部屋数も二つ。二と二……。二つの事件に二つの犯人……それを作れば、ここから出られるんじゃないかと思ったんですよ」

 眼鏡の男が人差し指を立てながら思い付いたことを楽しげに喋る。

 足達はそんな眼鏡の男に冷ややかな視線を送る。

「……それで、その考えを確かめるために、まさか佐野君を犯人に仕立て上げたとでも言うわけではないな?」

 足達が責めるように眼鏡の男を睨むが、ヘラヘラと彼はニヤけて手を振るった。

「いやいや、誰が見たって穴ボコだらけの推理じゃないですか。まさかこんなに上手くいくだなんて思いもしなかったですよ。佐野には申し訳無いことをしましたがね」

 眼鏡の男からは反省の色は伺えなかった。ほんの冗談のつもりでやったのかもしれないが、佐野からすれば濡れ衣を着せられて酷いとばっちりである。

 マコはふざけた態度の眼鏡の男に唖然としてしまう。

「……酷いわ。佐野君、連れて行かれちゃったじゃない……」

「まぁ、大丈夫だろうさ。佐野もすぐに冤罪でしたと解放されるだろう」と、眼鏡の男が半笑いで楽観的なことを口にする。

「そう簡単に解放してくれればいいがな……」

 横から短髪のツンツン頭の男が不穏なことを口にした。──マコの同期生の間石だ。

 確かに、此処にマコたちを閉じ込めた犯人グループの連中が、わざわざ連れ出した佐野を簡単に解放してくれるなどとは到底思えない。無傷で帰ってこれたら運の良い方である。


 間石君の一言で、みんなの冷たい視線が眼鏡の男へ集まる。眼鏡の男は全員から非難されて罰が悪そうな顔になる。

「いや、だって……どっちにしろ、ここから出るには誰かが犠牲にならなきゃいけないわけで……」

 立場が危うくなった眼鏡の男は、口の中でそうモゴモゴと呟いた。

 そんな眼鏡の男の言葉を、黒髪ロングヘアーの女の子が手で制した。

──その女の子の顔を見たマコの顔がパアッと明るくなる。

「だからって、友人を売ったって言いたいの? ……なんの冗談のつもりだったか知らないけど、せいぜい貴方が突き出した彼が無事に帰ってくるように祈っていることね」

 女の子が咎めるような蔑んだ目で、眼鏡の男を睨んだ。


「綾咲ちゃん!」

 急にマコに手を取られ、綾咲は驚いたような顔になる。

「え……? あ……」

 綾咲はマコの顔を見詰めた。

「綾咲ちゃんでしょ? 私だよ。城田マコ!」

「えっ、マコ……!?」

 綾咲はそれでようやく合点がいったようである。


「どういうことだ? 二人は、知り合いなのかな?」

「あ、はいっ! すみません!」

 つい話の腰を折ってしまいマコは慌てたものだ。足達に尋ねられ、ペコペコと頭を下げた。

「はい。私達、幼馴染みなんですよ。でも、私は警察学校に入校してしまったし、綾咲ちゃんも引っ越してしまったので、疎遠になっていたんです……」

「知り合いだったか。なるほどなぁ……」

 足達は顎に手を当てながら、フムフムと頷いた。

「まさか、こんな再会になるとはね。マコ、貴方、警察官になったのね」

「うん。まだ、警察学校生だけれどね〜」

 こんな状況ではあったが、マコと綾咲は再会を喜ぶように手を取り合ったものである。

 まさか、警察学校の同期生ばかりの中に綾咲が紛れていたとは、マコも思わなかった。疎遠になってから久しく会っていなかったので綾咲もマコのことには気付いていなかったようである。別々の道を歩んだ二人がまさかこんな場所で再会することになるとは──。不運ではあったが、仲の良い綾咲が側に居てくれることになってマコにとっては相当の励みになった。


「……なぁ。そういうのは、他でやってくれよ」

 間石から呆れたような目を向けられてしまう。

「今は、このクズ野郎を問い詰める方が先決だろう?」

 ギロリと間石が眼鏡の男を睨み付けると、眼鏡の男は肩をビクつかせたものである。

「そうね。ごめんなさい」

 綾咲も場の空気を読み、ペコリと頭を下げた。


「……じゃあ、話を戻すとするけど……。佐野から出て来たあの『陶器の破片』……あれをどうやって佐野のポケットに入れたんだ?」

 間石が素朴な疑問を口にすると、眼鏡の男は態度を一変させ馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「はぁ? 何? お前、あんな簡単なことに気づかなかったの?」

 人差し指で眼鏡をクイッと引き上げ、眼鏡の男は言葉を続けた。

「俺がただ手の中に忍ばせておいた破片を、みんなに見せただけさ。佐野が持っていたっていうことにしただけで、単なるデタラメさ」

「なんだぁ、そうなんだ……」

 マコも騙されていたらしく、佐野がやっていないと分かってホッとしている。

「じゃあ、佐野がイラついていたっていうのも嘘かよ」

「全部が全部、嘘ってわけでもないさ。このボイスレコーダーの録音だって、佐野君が本当に口にしたものを撮っただけだし」

 そう言いながら眼鏡の男がボイスレコーダーを掲げる。

「ああ、そうだ。お前、それをどこで手に入れたんだよ?」

 間石が疑問を口にする。

「何処って……拾ったんだよ。【殺人現場】ってところで……」

「なに? でも、あそこには偽警官が居ただろう?」

「別に拾ったけど、何も言われなかったさ。だから活用させてもらったまでさ」

 眼鏡の男が肩を竦める。


──ガチャッ!


 そんな議論をしていると扉が開いて、鶏のお面の制服警官が再び部屋の中に入って来た。後ろに猿や蛙のお面も居る。──しかし、そこに連れて行かれた佐野の姿はなかった。

 場の空気が一気に張り詰める。


『刑の執行の準備が整ったので、モニター室に移動したまえ』

 鶏のお面がみんなに向かってそう案内をする。

「刑の執行……どういうこと?」

 間石が尋ね返してみるが、鶏のお面からの説明はなかった。ゼンマイの切れた人形のようにその場に静止し、返答はない。

 間石は不服そうに口を尖らせたが、それ以上に質問をしても無駄だということだろう。

「いいから行けってことかな?」

「何が起こるか分からないが……従って行くしかないだろう……」

 足達も間石の言葉に頷いたものである。

 偽警官たちはそれ以上、何をする気もないらしい。ただ部屋からみんなが出て行くのを黙って待っている。

「行くしかないようね……」

 綾咲がマコに視線を向ける。

 目が合うが、マコは不安で震えたものである。そんな震える手を、綾咲が握ってくれた。

「大丈夫よ。私がいるから」

「綾咲ちゃん……あ、ありがとう……」

 そんな二人の姿を見て、足達はホッコリとした表情になる。

「……そうだな。何が待っているか分からない……みんな、気を抜かずに行くとしよう……」

 足達が先立ち、部屋を出て行った。

 みんなもその背中を追うように『モニター室』へと部屋を移動した。

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