第11話「冤罪だぞ、こらぁっ!」

「ひぃっ……!」

【器物損壊】の部屋を訪れたマコは、中に居た人物たちを見て小さく悲鳴を上げた。

 パシャリとフラッシュを焚きながら床に散乱した破片をカメラで撮るのはお面を被った男たちであった。鑑識係員を思わせる青っぽい服装で、手袋を嵌めた手であちこち触って調査しているようである。

 眼鏡の男が呼び付けたことで、彼らはここにやって来たのだろう。

 そんな彼らの指揮を取っているのは鶏のお面を被った制服警官であるようだった。部屋に入って来たマコたちに気が付いた鶏のお面が、顔を向けてきた。

『こちらが現場ですね。それで……これはどうして壊されたのですか?』

 鶏のお面が眼鏡の男に顔を向ける。

「勿論、俺には見当がついていますよ。誰が壊したかもね」

 眼鏡の男の自信満々の声に、みんなからの視線が集まる。

『ほぅ……それはいったい……?』

 眼鏡の男は指でクイッと眼鏡を引き上げると、怪しく口の端を歪めた。

 そして──丸刈りの男──佐野をビシリと指差したのであった。

「彼だよ。……佐野君がやったんだ」


「……はぁ?」

 不意打ちに指を差された佐野が状況を把握するまでには少し時間を要した。意味が分からず、思考が停止してしまった佐野は口をあんぐりと開けて固まった。


「何を……言ってんだ? 俺達が来た時には、もう、既にそれは壊れていただろうが……」

 この【器物損壊】という部屋は、予めマコたちを閉じ込めている人物たちによって作られていたものに過ぎない。佐野がそれをしたわけでもなく、初めからそれは割れていて、床に破片が散乱していたのである。

 眼鏡の男が言う『佐野がやった』というのは濡れ衣も良いところである。


 佐野がそれをしていないということは誰の目にも明らかであった。それでも、眼鏡の男にどんな意図があるのか分からないが、彼も譲る気はないらしい。

 容疑を否認する佐野に向かって眼鏡の男は、人差し指を立てて「チッチッ……」と舌を鳴らしながら指を振るった。

「君はさぁー、こんな監禁状態に置かれてしまって、相当にムシャクシャしていたんだろう。だから、そのストレスが爆発して部屋にあった物に、当たってしまったんじゃないのかぁ?」

「はぁ?」

 尚も犯人呼ばわりを続ける眼鏡の男に、佐野は相当に苛立っている様子であった。

「俺は何もしちゃいねーよ! 元々、部屋がこうなっていたんだろ!」

──それでも繰り返し、佐野は事実のみを訴えた。

 端から答えは決まっている。元々用意されていたシチュエーション──それが真実でありそれ以外にはありえない。


 ところが、眼鏡の男は頑としてそれに納得しなかった。まるで佐野が嘘つきであるかのように、呆れたようにハァと溜め息を吐いてみせる。

「そろそろ罪を認めて貰えると思ったんだがなぁ……。あくまで白を切るつもりでいるのなら、仕方がない……」

「いや、だから何を言ってるんだよ! 白を切るも何もねーだろ……!」

 食って掛かろうとする佐野に向かって、眼鏡の男は手を出した。

 その手には──小型の機械が握られていた。

「なぁに、それ……?」

 突如として眼鏡の男が取り出した小型の機械に驚いて、マコも思わず声を上げてしまった。なんせ持ち物は全て奪われてしまっているはずである──。

「ボイスレコーダーだよ」

 眼鏡の男が単的に答える。

「『証拠品』として、拾っておいたのさ。何かに役立つんじゃないかと思ってね」


──『証拠品』?


 目を瞬いている一同を前に、眼鏡の男は息を吐く。

「まぁ、これについては良いじゃないか。そんなことより、これに録音した音声を聞いてくれよ」

 眼鏡の男は話を戻すと、掲げたボイスレコーダーを操作してスイッチを押した。音声が流れ始める。


『ストレス発散代わりに俺のことを殴らないでくれよ』

『する訳ねーだろ。お前を殴るくらいなら、ここら辺にある物でも壊すわ』

『そうかい。ハハッ!』


──カチッと、眼鏡の男はボタンを押してボイスレコーダーを止める。

 そこから流れてきたのは、眼鏡の男と佐野との会話の一部であるようであった。

 勝手に隠し撮りされていた佐野は、当然それを快く思っていないようだ。険しい表情で眼鏡の男を睨んでいる。

「それがなんだって言うんだよ!」

「だから……ムシャクシャして、君は部屋にあった陶器……壺かな? それが目に入って割っちゃったんだ。……違うか?」

「違うわい! 馬鹿馬鹿しい!」

 佐野が一蹴する。

「その発言は行ける範囲を回った後のものじゃねーか! いわば、俺がそこに行ったのは二度目よ? 一度目に……最初に、この部屋に来た時にもう陶器は割れていて、破片は飛び散っていたんだよ。この発言の後に俺が割ったっていうのなら時系列が可笑しくなるじゃねぇか!」

 佐野がもっともな反論をする。『初めから割られていた』ものを、どうやって佐野が『この後に割った』というのだろうか。


「ならば……!」

 眼鏡の男が佐野の言葉に被せるように大きな声を上げた。

「最初からあの陶器は割れていた……それを証明する証拠を出してもらおうか」

「んだとっ!? 証拠もなにもねーだろ! あれは初めから用意されて割れていたんだから!」

 スッと眼鏡の男は佐野に向かって手を伸ばし、彼の言葉を制した。

「『初めから割れていた』というのなら、それを君が提示するのが筋ってものだろう?」


「う〜ん。でもぉ……」

 横からこれまでの話を聞いていたマコだが、ついつい横から口を挟んでしまう。

「確かに、あれは割れていたよ」

「なぁ? そうだよな!?」

 不意な助け舟に、佐野は瞳を輝かせた。


「あのねぇ、城田さん……。君がこの【器物損壊】の部屋に来たのはいつなんだい?」

「えっと……足達教官が目を覚ました後、だねぇ〜」

 ハァと、眼鏡の男が頭を抱えて溜め息を吐く。

「そりゃあ、結構後の話だろう? だから、その前に佐野君がこの発言をして、割ったんだよ」

「お、おい! 捏造するんじゃねぇよ!」

「……捏造ぉ!?」

 眼鏡の男は目を見開いて佐野を見詰めた。

「だから、だったらその証拠を出してみろって! ……あぁ、因みにこの部屋に一番最初に入ったのは俺だと思うのだが、その時に陶器は割れていなかったよ」

 さらに眼鏡の男は、自分が優位に運ぶような適当なことを口にしていた。

「ふざけんじゃねぇぞ!」

──頭に血がのぼった佐野は、罵詈雑言を口にするばかりであった。

 誰の目にも、眼鏡の男が適当なことを言っているのは明らかである。

 それなのに眼鏡の男は何故だか自信満々にそんな強弁をたれ続けた。


『この器物損壊の犯人は、「佐野」さんということで検挙して宜しいですか?』

 今まで黙っていた制服警官が口を開いたかと思えば、そんなことを言い出した。

「いやいやいやいや! 違うって!」

──犯人呼ばわりされたままでは、制服警官に何をされるか分かったものではない。足達がボコスカ制服警官たちに殴られたことを思い出し、佐野の頬に汗が伝ったものである。


「……もう、いい加減にしてくれよ。往生際が悪いなぁ。ウンザリだよ、まったく……」

 溜め息まじりに眼鏡の男は呆れたような顔をしたものである。

「はぁー、あのなぁ……!」

 佐野の苛立ちもピークに達しているようであった。舌打ちをし、頭を掻き毟る。眼鏡の男からああ言えばこう言うで、濡れ衣ばかり着せられてしまう。

「いい加減にしやがれ! 第一、俺がやったっていう証拠がねーだろうが!」

──そんなもの、あるはずがない。

 そう思った佐野は、突っぱねるように言い放った。


「君がやったっていう証拠ならあるよ」


 ところが意外な返答──。

 眼鏡の男が人差し指でクイッと眼鏡を上げる。彼の眼鏡が怪しく光っているように見えた。


 ズカズカと、眼鏡の男は佐野へと近寄っていった。

 佐野は暴力でも振るわれるのではないかと身構えたものである。

 しかし、眼鏡の男の狙いは別にあったようである。サッと、何かを握った手を佐野の上着のポケットの中に入れる。


「これを見給えよ」

 ニヤリと笑い、眼鏡の男は佐野のポケットから手を抜いて掲げた。

──陶器の破片が眼鏡の男の手にあった。

「え? な、何だよ、そりゃあ……どうしてそんなものが入っているんだよ……」

 死角で、佐野にはポケットの中からそれが出て来たように見えたようだ。身に覚えがなく頻りに首を傾げていた。


「聞いたかい? 今、彼は『どうしてそんなものが入っているんだ』って言った……。つまり、これは佐野君が意図的にポケットの中に入れたものではないということだ。……なら、そんなものがいつ佐野君のポケットの中に入ったのか……答えは簡単だろう?」

 場は完全に眼鏡の男のペースに飲まれていた。それが詭弁であるのに、何故だかみんなにはそれが真実であるかのように聞こえてきてしまう。

「佐野君が陶器を割ったから、その破片が飛んだのさ。それがたまたまポケットの中に入った……それをやった本人が気付かなかっただけ、なんだよ……」

 眼鏡の男が勝ち誇ったかのように笑う。


 佐野の堪忍袋の緒が──切れた。

「いい加減にしろ! そのうるせぇ口を黙らしてやる!」

 眼鏡の男に飛び掛り、乱暴に胸倉を掴んだ。

 佐野が拳を握って殴ろうとするが、眼鏡の男の表情はどことなく涼しげであった。


──ギュッ!

 鶏のお面をした制服警官が、佐野の振り被った手を掴む。

──眼鏡の男には、まるでそうなることが分かっていたようである。制服警官からの助け舟に笑みを浮かべた。

『どうやら【器物損壊】の容疑者が君であることに反証できないようですね……』

「いやいや、コイツが言っていることはデタラメだって、誰の目にも明らかじゃねぇか! あんただって聞いていたら分かるだろ!」

 佐野が唾を飛ばして怒鳴るが、制服警官は肩を竦めた。

『……ならば、君が「やっていない証拠」を出してください』

「そんなもの、なくたってわかるだろうが! 全部こいつのでっち上げで、俺は何もやっちゃいない! 嘘をついているのは、こいつなんだから!」

 佐野がそう訴え続けるが、制服警官は事務的に繰り返した。

『ならば、彼が「嘘をついているという証拠」を出してください』

「あるわけねーだろう! そいつが適当ぶっこいてるだけだ!」

 佐野が言い放つ。あくまでも、それが正しいことである。

 同じことばかり──同じ訴えを──当然の言葉を繰り返す。

 しかし──。


「はぁ……?」

 制服警官は佐野の腕をグイッと引っ張った。

 そして、佐野が反応するよりも先に──。

──ガチャッ!

 佐野は腕に金色に煌めく手錠を嵌められてしまう。

 佐野は愚かその場に居た誰しもが困惑し、目を瞬いたものである。

──ただ一人、眼鏡の男だけは思惑通りといったように笑みを浮かべていた。

「ふざけんなよ! お、おい。何だよこれ……」

 ガチャガチャと乱暴に手錠を外そうとするが、丈夫な鎖を引き千切ることはできない。見た目は安っぽく金色に塗られてはいるが、どうやら手錠自体はしっかりとしたものであるらしい。


 ウー! ウーッ!

 壁に設置されているスピーカーから、パトカーのサイレンのような音が鳴る。聴こえてきた。

──それを合図にゾロゾロと部屋の中に他の制服警官たちが駆け込んできた。狐のお面や鹿のお面──様々なお面をつけた制服警官たちが鶏のお面に向かって敬礼をする。

『ご苦労様であります!』

 そしてすぐ様、鶏のお面が必死に押さえ付けている佐野の体をみんなで掴んだ。

『【器物損壊】の容疑者を確保致しました。これより、連行致します』

「ふざけるなっ! 離せ!」

 喚き散らして暴れる佐野であったが、複数人の制服警官に押されてはどうすることも出来なかった。

『大人しく歩け!』

 制服警官に強引に引き摺られるようにして、佐野は廊下へと連れ出されて行った。


『冤罪だぞ、こらぁっ!』


 廊下から佐野の雄叫びが響いてきたが、しばらくするとそれも聞こえなくなってしまった──。

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