第10話「はい、こちらは警察、百十番。現場はどちらですか?」

 マコたちがモニターのある部屋の隅っこに座っていると、部屋を出て行った面々がゾロゾロと戻って来た。

 最後に部屋の中に入って来た眼鏡の男が、みんなの注目を集めるかのように手をパンパンと手を叩く。

「なぁ、みんな。どうだろう……? もう一度、無線機で外部と連絡を取ってみようよ」

「ええっ、やだよ! さっきの見ただろー。俺らも殺されちまうよ」

「そんなことしたって、どうせ助かりっこないよ……」

 眼鏡の男の提案に、みんなは気が引けているようで消極的だ。

「だったら、俺が掛けよう。それなら、『虚偽通報だ』ってイチャモンをつけられてもボコられるのは電話を掛けた俺だけだから文句はないだろう?」

「おいおい、大丈夫かよ……」

 佐野から心配の声が上がるが、眼鏡の男を止めようとする者は誰もいなかった。


 眼鏡の男は呆れたように息を吐く。

「大丈夫も何も、俺はずっとこんなところに居るつもりはないんだよ。誘拐犯の言う通りにしないで交渉してさっさと此処から出ちまえば良いのさ」

「確かに、そうかもしれないけど……」

 眼鏡の男の言葉に、佐野は口ごもってしまう。


「言う通り……? どういうことだ?」

 イマイチ足達には、二人の会話についていけない部分もあった。隣に居るマコにコッソリと尋ねる。

「はい。足達教官が意識を失っている間に、あの警官達が戻ってきて言った言葉があるんです。『この中から解放されるのはただ一人』だけだって……」

「なんだと……?」

 足達の表情が険しくなる。

 そんな足達に、眼鏡の男はスッと手を差し出した。

「足達教官が無線機をお持ちでしたよね? 俺に、貸してはもらえませんか?」

「ううむ……しかし……」

 危険な目にあった足達は、眼鏡の男が同じ様に危ない目に合ってしまわないかと躊躇したものだ。

「教官……まさか、自分だけ助かろうっていうつもりじゃないですよねぇ?」

 眼鏡の男がねちっこく言った。

──上手い言い回しだった。一人しか助かることが出来ないというこの状況で、出し渋る足達はみんなから疑うような目を向けられてしまう。


 当然、足達にそんなつもりはない。特に拒否する理由もないので、足達は素直に無線機を眼鏡の男に手渡した。

「ありがとう御座います」

 眼鏡の男はニコリと笑うと、無線機に目を向けた。無線機のボタンを操作し、通話を始めた。

──ピリュッ、ピュルル〜!

 初めはただの雑音しか聞こえなかったが、やがて周波数が合ったかのようにスピーカーからクリアーな音声が流れてくる。

『はい、こちらは警察、百十番。現場はどちらですか?』

 その声が聞こえてきた瞬間、一同の体は強張った。何か危害を加えられるかもしれない──そんな恐怖心で体が震えたものである。

 ところが眼鏡の男は表情一つ変えずに警察を名乗る相手と通話を始めた。

「【器物損壊】と書かれた部屋ですね」

『分かりました。直ちに急行致します!』

──プツッ! ツーッ、ツーッ!

 眼鏡の男が答えると、それで一方的に通話は切られてしまう。無線機なので電話とは違うのだが、それっきりスピーカーから音が聞こえて来ることはなかった。

 眼鏡の男は無線機から顔を上げ、一同を見渡した。

「さぁ……【器物損壊】の部屋だ。行こう」

「器物損壊……? えっと、これは、いったい……」

 困惑して尋ねようとするみんなを、眼鏡の男は手で制する。

「まぁ、行ってもらえば分かると思うよ。こんなところで説明してもしょうがないから、さっさと移動しよう」

 眼鏡の男に促され、わけも分からぬままマコたちは再び【器物損壊】と書かれた部屋へと赴くこととなった。

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