第3話「ミーティア」

 ベルーガはレナがネットオークションで格安で入手した宇宙船だったが、その性能は抜群だった。

 前の持ち主についての情報は得られなかったからこの宇宙船が建造された経緯はよく分からなかったが、大量生産され、一般的に販売されているどんな宇宙船とも違う特別製で、経済性を重視されて作られているブリッグとは加速力が段違いだった。


 加えて、武装もきちんと施されている。

 主兵装は小型の軍艦でも使用されている75ミリ単装中性子ビーム砲で、これを艦の上部と下部に1基ずつ搭載しているほか、ミサイルや機動兵器、宇宙ゴミなどを迎撃するためのレーザー砲を数門装備している。

 デアの説明によると、一部には装甲も施されている様だった。


 尖鋭なシルエットを持つ真っ白なベルーガは猛烈な加速を見せ、逃げていくブリッグとの距離をどんどん詰めていく。


 だが、追いつく直前で、ブリッグを見失ってしまった。

 何故なら、ベルーガから逃げきれないと悟ったブリッグは、小惑星帯の中へ逃げ込んでしまったからだ。


 レナは、無数の小惑星が漂う光景を見て、小さく舌打ちをした。


「ずる賢いわね。奴ら、ここに小惑星帯があるってことも計算ずくで航路を決めていたんだわ。この辺りに慣れているって言っていたけど、本当みたいね」

「どうされますか? ご主人様。このまま小惑星帯の中を捜索いたしますか? 」

「そうね……。いえ、ここは、「ミーティア」で行った方が早いわね。デア、あなたは奴らが出てきたら足止めしてちょうだい」

「了解です、ご主人様! 」


 レナは元気よく答えるデアにベルーガのことを任せると、操縦席を離れて、艦の後部へと向かった。


 ベルーガには、小さな格納庫が左右に1つずつ設置されている。

 小型艇や、人類が戦争などで使う汎用人型の機動兵器、「MF(ミリタリーフレーム)」などを運用するためのものだ。


 そして、ベルーガの左舷側の格納庫に、「ミーティア」という名前を持つMFが格納されている。


 MFは、100年前、人類が太陽系をまだ維持していたころ、ストレンジとの戦いのために開発を進めていた機動兵器だった。

 人型なのは、ストレンジが使用し、人類を苦しめていた強力な機動兵器を人類側が使いやすいように改良する中で定まったもので、宇宙の様々な環境で柔軟に戦い、かつ、搭載量と補給の限られる宇宙船で効果的に運用できるように高い汎用性を持たせる目的で採用されたものだ。


 以来、MFは人類が宇宙空間で使用する機動兵器として運用が続けられており、各地の軍の部隊でも、宙賊でも、賞金稼ぎでも、広く用いているものだ。


 ミーティアはそのMFの中でも最新型、レナの父親が経営しているノービリス・グループが人類連合の軍事組織に納入する「次期主力MF」として開発を行っていた機体だった。


 それは、ベルーガと同じ様に白く塗られた、美しい機体だった。

 総鋼板の直線的なラインが軍用機としての威厳と威圧感を与え、機体の無駄を排し極限までスリム化されたシルエットがシャープな印象を機体に与えている。


 レアはパイロット用の宇宙服に着替えると、ミーティアのコックピットへと乗り込んで操縦席に腰かけると、ベルトを締めて身体をシートに固定しながら機体を起動させ、手早く点検を行った。


 ミーティアは素晴らしい機体だった。

 その運動性と搭載システムは特に優秀で、防御力もよく考えられた装甲配置によって優秀と呼べるものが与えられている。

 賞金稼ぎとして、レナはこの機体に何度も助けられてきている。


 つい先日オーバーホールしたばかりだったから、機体の調子も良かった。

 システムは全て正常な値を示し、それを確認したレナは、コックピットに備えつけられていたパイロット用のヘルメットを、自身の長い髪を器用にまとめながら身に着けた。


 ヘルメットのバイザーを下ろし、スイッチを入れると、バイザーに内蔵されたデイスプレイが起動し、レナの視界いっぱいに機体の頭部カメラを通してみる映像が広がった。

 バイザーデイスプレイに機体の情報を表示させるシステムは、軍用機であるMFのみならず民間機である作業専用のWF(ワーカーフレーム)でも一般的に用いられているもので、機体の頭部カメラからの映像だけでなく、機体の状態やレーダーの情報など、様々な情報をパイロットが容易に視認し、判断できるように洗練されたシステムだ。


「準備OK! デア、船体を安定させて、格納庫のハッチを開いて! 」

「了解です、ご主人様! 」


 全ての作業を終えて操縦桿を握ったレナが支持すると、デアはベルーガの姿勢を固定し、ミーティアが格納されている左舷側のハッチを開放した。


 レナの目の前に、漆黒の世界が広がる。

 遠くで輝く、星々が漂う、広大な海。


「さぁて、鬼ごっこの始まりよ! 」


 レナは不敵に微笑むと、機体を固定していた固定具を解除し、ミーティアを宇宙空間へと解き放った。


 機体のシステムが正常に作動し、ベルーガから切り離された機体を即座に安定させ、同時に、機体のセンサーによる索敵情報がバイザーデイスプレイ上に表示される。

 表示されているのは、ベルーガと、小惑星帯の無数の小惑星だけ。


 ブリッグの姿は捕捉できない。

 おそらくは、小惑星帯の中を逃げ続けているか、レナが諦めてどこかに去っていくのを、じっと息をひそめながら待っているのだろう。


(きっと、まだ、近くにいるはず)


 レナは正面に広がる小惑星帯を眺めながら、緊張で渇いた唇を舐(な)めた。

 相手は改造船とはいえ元が民間用の小型貨物船で、軍用に開発されたミーティアの方が圧倒的に有利なはずだ。

 だが、小惑星帯に隠れ潜んでいる相手の方が恐らく先手を取る。もししくじれば、レナも無事では済まなかった。


「デア。相手の航跡情報と、予想進路の情報をリンクして」

「かしこまりました」


 ベルーガとミーティアのシステムは常に接続が可能で、リンクさせればリアルタイムで情報の共有が可能だった。

 デアがレナの指示に答えるのとほぼ同時にバイザーデイスプレイを通して見える世界に、ブリッグの航跡と、予想進路の候補がいくつか表示される。


「逃がさないわよ、宙賊! 」


 レナはそう言うと、ミーティアを加速させ、小惑星帯の中へと進入していった。

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