クロード元王子

 ……あり得ない!

 私は王太子のお嫁さんになるんだから、ここを出せと言っているのに、目の前の兵隊はため息をついて無視ばかり!

 前世で読んだ小説と違って、悪役令嬢もしっかり嫌がらせをしていたのよ!

 なのに被害者の私が牢屋に入れられるなんておかしいじゃない!


「静かにしてはどうかね?」


 誰よ!

 ……って!

 黒髪に切れ長な瞳の格好いい男の人!

 金髪で俺様なスタイリー王子よりこっちの方が好みだわ。


「あの! 私は!」

「スタイリーを誘惑した少女だろ?

 君のお陰で王室は大混乱になりそうだ。

 本当に余計なことをしてくれたものだな」

「え?」

「……知らないのも当然か。

 私は辺境伯家を継ぐためにスタイリーが学園に入ると同時に向こうで、しごかれていたからな」

「もしかして、クロード様ですか?」


 スタイリー王子から辺境に兄がいると聞いていたので、彼がクロードだと思い尋ねる。


「そうだ。

 君がスタイリーを唆した悪女か?」

「悪女?!」


 彼はそれに同意して、私を悪女呼ばわりしてくる。

 何で苛められていた私が悪女なのよ!


「君の前世の世界ではどうか知らないが、この世界で婚約をしている人間を誘惑すれば悪女になる。

 そのくらいは覚えておくと良い」

「婚約はただの約束でしょ!

 それなのに縛り付けるなんて!」

「……約束だぞ?

 言い換えれば契約と言うことでもある。

 商人の娘がそれを軽んじるのか?」

「本人の意志が大事じゃない!」


 勝手に決められた契約に縛られるなんて!


「そうだな。

 スタイリーに振り回されたベストリーチェはそれでも弟を支えようとしてくれた。

 スタイリーにだって解消を願い出ることも出来たのに、このタイミングでやらかした」


 何であの悪役令嬢の肩を持つのよ!


「まるでスタイリー様が悪いみたいに言わないでよ!

 悪いのはあの女でしょ!」

「いや、悪いのは君とスタイリーだ。

 王命に反した以上はその事実は覆らない。

 ……それではな」


 その男はそれ以上私を見ようともしないで奥に進んでいった。

 スタイリー様に会うのが目的だったのだろうけど、嫌な奴。

 あんな男よりスタイリー様の方が格好いいわ!





 ジメジメした牢。

 生まれ育った城の中で唯一来たことのなかった場所へ、まさか罪人扱いで入ることになるなんて思いもしなかった。

 奴が現れたのはそんな時だった。


「久しぶりだな。スタイリー」

「! 兄上……」


 父親の黒髪に黒い瞳を受け継ぐ兄。

 しかし、その黒は文官気質の父とは真逆な拒絶感をもたらす。


「何故、お前はあのような茶番劇を演じた?」

「茶番劇! 私は本当にロレットを愛しているのです!

 それを同じ父と母を持つあなたが否定するのですか!」

「……」


 辺境伯家の次男との婚約を破棄して、宰相をしていた父と恋愛結婚した王女を母に持つあなたが!


「……ふぅ。

 幾つかの行き違いや勘違いがあるようだな。

 このまま僻地へ押し込むのも怖いし、陛下に代わって説明するのも務めか」

「何を!」

「まず、王妃殿下が行ったのは婚約の解消であり、お前の短絡的な行動とは天地の差がある。

 なにより、お二方は愛で結ばれたわけではない」

「……え?」


 兄の想定外の発言に呆気に取られる。


「全く。

 これが次期国王とは本当に危うい状況だったのだな。

 ……当時、他国から多くの難民が雪崩れ込んできていたのは知っているな?

 彼らが最も多く住み着いたのが辺境伯領であり、その影響で支出が増え、資産繰りに困った辺境伯家には、子息を王配として婿入りさせるだけの資金が用意できなかったのだ。

 とは言え、国の守りである辺境伯家の台所事情を公表も出来ないので、王女殿下の我が儘による婚約の解消だったと言う噂を流したと言うのが真相だ」

「……」


 訳がわからない。

 政略による婚約を解消して、別の政略結婚をしたのか?

 汚名を着るのを承知で?

 頭がおかしいんじゃないのか?!


「陛下は婿入りの際にそれまでの貯金を全て失い、それでも足りずに国から借金をしたとも言っていたな。

 王室に入るって言うのはそういうことだ。

 それに王家同様に割りを食っている辺境伯家。

 こちらに気を遣ったから第一王子である私が婿に入ったわけだ。

 何故、お前が王太子だったか分かったか?」


 正統な後継者を婿に出すことで辺境伯家を無下にしていないと周囲へ喧伝したのか。


「……私は既に辺境伯家の人間で、王家を継ぐことはない。

 王家を継ぐのは私の子供になる予定だが……」


 じっと見つめてくる兄に居心地の悪さを感じつつも続きを待つ。


「お前は誰に唆された?」

「え?」

「あんな大事なパーティーでやらかすような性格じゃなかっただろうが。

 じゃあ裏で糸を引いていた奴を疑うのが当然だ。

 だがな?

 誰も得をしないんだ」

「……」

「……陛下や王妃殿下は私の子供が育つまで隠居出来なくなった。

 嫡子を王家に取られる辺境伯家も苦労するし、貴族達もその子が成人するタイミングに合わせて、婚約者候補や側近候補を育てなくてはならない。

 誰もが不要な労力を強いられる状況だろう?」


 兄の具体的な話を聞いて驚き、同時に恐怖する。

 下手をすると国中の貴族から恨まれるかもしれないと言う事実に自分達がやらかしたことの重大さをやっと理解した。


「……お前達は断種させられるが、それは陛下の温情であると心得ておけ。

 我が子に多大な苦労を掛ける心労からは解放されるとな。

 しかし誰の描いた絵だ?」


 再び首を傾げた兄は、こちらへ見向きもせずに出口へ歩き出す。

 結局、彼の目的はいるかもしれない黒幕を探ることだったのだろうと暗い牢屋で項垂れるスタイリーなのだった。

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