王太子と悪役令嬢

「ベストリーチェ!

 私は貴様との婚約を破棄し、その悪行を弾劾する!」


 第二王子ながら、王太子の地位を与えられているスタイリーは見目の良い美少年だ。

 凡人顔の俺としては羨ましい限り。

 兄である第一王子クロードも美男子と呼ばれる整った顔立ちだし、つくづく長年磨き続けた王家の血と言うのはとんでもない。

 そんなスタイリーがビシッ! と宣言している姿はとても絵になる。

 ……絵画のタイトルは"浮気者の逆ギレ"だろうけど。

 右腕に婚約者でもない少女を侍らせていて、何が弾劾だ。

 我が王妃も恥ずかしさで顔を隠しているではないか……。


「殿下。

 仮にも王命にて定められた婚約でございますのよ?」


 糾弾されている少女が遠慮がちに問う。

 彼女も王家に負けず劣らずの血統を誇る侯爵家の出身だけにかなりの美少女だ。

 何故、スタイリーは並みよりちょっと上程度の少女に鞍替えしようとしているのか不思議でしょうがない。


「それでもだ!

 貴様のような悪女との婚約自体が父王の失策である!」


 バキッ!!


 隣で硬い物が折れた音がする。

 やんわりと嗜めるベストリーチェの言葉をはっきりと否定する馬鹿息子スタイリー

 そのあまりの行動に王妃の中で羞恥より怒りが勝ったらしい。

 彼女の手元には折れた扇が屍を晒す。

 ……あれって、護身用に金属の芯が入ってる奴だぞ。


「あの! バカは!」

「まあ、少し落ち着こう?

 ベストリーチェ嬢の行動を知りたいからね?」


 激怒している奥さんをなだめつつ、周囲の様子を伺う。

 特にベストリーチェ嬢の父親であるクワンスリー侯爵に注意を向ければ、能面のような笑顔。

 ……マジ切れしている時の顔だ。

 それでも口を開かないのは、俺を信じてくれているのだと思う。

 俺が王配になるにあたって、後見となってくれたのが先代のクワンスリー侯爵であり、彼とは義理の兄弟として親しくしているので、俺への信用までは傷付いていないと思うのだが、ここで阿呆な真似をすればそれも一気に失うだろうことは明白。

 それでも今はスタイリーを止められないのだ。


「はて?

 私の悪行とは?」

「惚けるな!

 このロレットのドレスを踏んで転倒させたり、集団での無視や悪質な噂を流す行為!

 挙げ句に従者を使って階段から突き落とす蛮行だ!

 知らないとは言わせないぞ!

 ……モルト!」

「生徒の証言がここに。

 証拠としては十分かと思います!」


 激昂して話す内容は影から報告のあった物と合致するし、ザービス伯爵家の次男坊が集めた証拠もそれ以上がないことを示しているのだろう。

 ……目新しいものはないし、彼女が王妃と言うのは確かに難しいかもしれないな。

 さて、このままでは義理の姪がスタイリーの取り巻きに害されかねんので、動くとするか。


「衛兵。

 場を乱す不届き者達を捕らえてください」


 俺は近くの兵士に指示を出して、主役の元にゆっくりと向かう。

 王妃も後ろから付いてくるが、黙ってみていてくれよ?


「ハハハッ!

 さあ覚悟を……オブゥゥ!」

「「「王子!?」」」


 俺の声を聞いて高笑いを始めたスタイリーに、王妃様の鉄拳が決まり、取り巻き達の驚愕の悲鳴が上がる。

 ……ヤっちまったか。


「気持ちは分かりますよ?

 しかし、私刑なんかしたらこの子と同列になりますので、少し抑えて欲しかったのですが?」

「フン!」


 国の法による裁きよりも前に強烈なお仕置きで、目を回すスタイリー。

 ……しょうがないか。


 バシャッ!


 近くのワインを顔に掛けて無理やり起こす。


「何を!

 ……父上?」


 兵士に抑えられたまま顔を上げて、口撃しようとしてワインを掛けたのが俺だと知って驚く。


「やあ!

 君から見たら失策を犯した駄目な父親"だった"男の登場だね?」

「それは……」

「うん。

 君にも言い分はあるだろうけどね?

 ただ、その足りない頭でも、王命には逆らえない程度の分別が欲しかったかな?」

「しかし私は王太子で!

 ギュフッ!」


 俺の言葉に反論しようとして、奥さんに頭を踏みつけられるスタイリー。


「王太子であるから我慢の必要がないと言いたかったのかな?

 それとも王太子である前に1人の男だと言いたかったのかい?

 まあどっちでも良いけどね?

 ベストリーチェ嬢との婚約は国王からの命令だったんだよ?

 父親のお願いじゃないんだ。

 何でこんな大切な式典でやらかすのか、不思議でしょうがないよ?」

「しかし陛下!

 ベストリーチェ嬢はこのロレット・ウィルに度重なる危害を加えております!」

「うん。

 そうだね」


 取り巻きで参謀役のモルト・ザービス伯爵令息が訴える内容にあっさりと頷く。


「これらの情報は無関係の第三者から集めた公正な物なのですよ!」


 どうやら俺の態度から、証拠が偽物だと思われたと判断したのだろう。

 より必死に訴えるが、


「知ってるよ。

 王家より遣わされた監視役からの情報とも合致する。

 内容が酷いので彼女を王太子妃に出来ないかもって、最近は思っていたんだ」

「ならば何故!」


 証拠が正しく、故に、王太子妃には相応しくないと言う証言に更に声を荒げるモルト少年。


「うん。

 王太子妃にするには可愛いイタズラばかりだろう?

 次期王妃としては公衆の面前でドレスを引き裂くくらいの苛烈さが欲しいものだが、彼女は優し過ぎる」

「え?」


 埋めがたい価値観の差に呆気に取られた顔のモルトを置いて続ける。


「そもそも王太子に他の令嬢が近付くのを許す時点であり得ない。

 彼女には王家から影となる者が数名遣わせてあったんだよ?

 新興商人の娘1人くらいは警告に使えば良いのに、と思うだろう?

 ナディアはどう思う?」


 暗に殺して晒すくらいやってみせろと言いつつ、王妃にも問う。


「それもあるわね。

 けれどそれ以前の話。

 この娘に例えスタイリーを誘惑しても王太子の正妻はないってはっきりと言わなかったことが問題よ?

 自分から矢面に立つ気概がないのなら、王籍に入ろうなんて無謀だわ」

「それでね?

 ベストリーチェには王太子との婚約は解消。

 謝罪として王太子妃用に用意されていた商業都市メイムルをその死後まで預ける予定だったんだけど……」

「ここは王家の有責で婚約を破棄にするしかないでしょうね。

 スタイリーの領地から幾つかの街を追加で出さないと」


 王妃が嘆く。

 王太子であったスタイリーの領地はそれなりに税収の良い良質な土地が多いのだ。

 それをクワンスリー家に一時預ける分には問題ないが、ベストリーチェ嬢と紐付けられているので、彼女が嫁いだらその嫁ぎ先が口を出すかもしれない。

 技術や資金を奪い取られて搾りかすになった土地を返されても困るのだ。


「そうだね。

 ……どうしたものか」

「父上!

 あのような嫌がらせをする女に土地を渡さずとも!」

「まだ分かっていないのかい?

 彼女が嫌がらせをした女なら、君は王命に背いた反逆者なんだよ?」

「そもそもそのような嫌がらせから身を守るために、側近を近くに控えさせるのが常識でしょ?

 それが出来ないのに上位の貴族に近付くことこそ愚かでしかないわ」


 俺からスタイリーへの糾弾に続いて、王妃は横で震える少女に令嬢としての心構えをとく。

 貴族なら守られる側になってはならない。

 民を守るのが仕事なのだ。

 家では令嬢として可愛がられる立場でも一歩外に出れば、自らの身の守りに自分で責任を取るのが常識なのだ。

 他家の人間であるスタイリーに泣きつく時点で論外でしかない。

 商人の娘には酷だが、貴族の身内になるなら貴族のルールに従うのが必然。


「さて、反逆者スタイリーとその妻ロレット。

 君達には王家からスタイリーが次期国王になるために施された教育費が請求される。

 反逆者だからと言って処刑すれば大損だろう?

 だから処刑はしないし、仮にも元王族を市井に出して王家の血を流出されても困るからね?

 男爵位をあげるから、夫婦で国から騙し取ったお金を返済しておくれ」


 この手の連中は下手に余裕を与えるとろくなことをしないだろうが、王太子教育に掛かった費用の返済で貧窮状態にしておけば問題ないだろう。


「私は王太子妃になる気なんてありませんでした。

 実家で静かに暮らしますので!」

「実家?

 何を言っているんだい?

 ウィルズ商会は王国に接収されて、君が横領した費用の補填に当てられる。

 既に兵士が向かっているはずだけどね?」

「横領なんてしていません!

 スタイリー様達からの贈り物は受け取っていませんもの!」

「確かに物は貰っていないようだけどね?

 学校の帰りによく寄り道に誘っただろう?

 それによって教育時間が減ったのだから、その分を後で補習する必要が出てくるのは当然だろう?」

「え?」

「一流の講師を招いての教育だからね。

 急な予定変更で彼らの時間を浪費させた以上は、その請求が原因となった君に行くのが当然だろう?

 スタイリー達にも言っていたんだけど、結局は理解出来なかったようだけどね?

 それに加えて王太子の教育時間を奪うと言うことはね。

 次代の国政を損なう犯罪でもあるわけだから、慰謝料が発生するんだけど、この世界の住人には慰謝料の概念はまだないから、横領の罰金と言う形を取らせて貰っているのもある」


 札を切る。

 新興商人の娘が国立の教育学部に入学できる時点でおかしかったので、この娘が前世の記憶を持つ転生者の可能性は疑われていた。


「慰謝料? この世界?

 ……あなた!」

「やはりね。

 まあ、今更に気にする必要もないことかな?

 さて、君達にはこのまま鉄格子付きの別荘で寛ぎの時間をプレゼントしよう」

「我々は退出しますわ。

 主賓が場を離れることをご了承くださいな」


 兵士によって地下牢へ連れられていく2人を見送り、俺と奥さんは場から退出することにする。

 ホスト役の俺達が途中で抜けた以上は、後日改めて応対が必要になるだろうがしょうがない。

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