悪役令嬢とその父親

 パーティーから数日後、ベストリーチェは父の執務室へと招かれていた。


「ただいま参りました」

「うむ。

 そこに座りなさい」


 ソファーの向かいへと促されたベストリーチェが、着席する。

 一拍遅れて父である侯爵も腰を下ろして、周りの者達に退室を促す。


「お父様。

 ご期待に添えず申し訳ありません」

「うん?」


 叱られると思って先手を打った娘の行動に首を傾げる侯爵。


「何を謝っている?

 問題となる行動を取ったのかね?」

「いえ、全てはお父様の指示に従ってのものです。

 しかし、王太子妃の地位を逃すことになりまして……」


 侯爵はその言葉で初めて、ロレット嬢への嫌がらせで王太子妃の可能性を失ったことを謝罪していたと気付く。


「そのことか。

 元よりお前を王太子妃へ送り出す気はなかったのだ。

 何も問題ない」

「え?」


 想定外の言葉に今度は娘が呆ける番となる。


「下手に後継者が台頭すれば陛下の引退病が本格化するだろう?

 それは困るからな。

 これで15年は引退出来まい」

「……」

「……うむ。

 陛下の最大の長所は何か分かるかな?」


 想定外の話に固まった娘、それを見た侯爵は周知の事実のようなことを訊く。


「え?

 ……異世界の知識を持つことでは?」

「違うな。

 臆病なことだ。

 どうしょうもなく臆病なあの義弟は、それ故に異世界の知識や技術を提供する時の影響を微に入り細に入り考える。

 だから緩やかに反発の少ない発展を続けられるのだ。

 急激な変革を行えるほどの度胸があれば、この国は混迷を極めていたことだろう。

 実際、ウィルズ商会は大小問わず嫌われていたものだ。

 中堅規模より育たなかったのは周囲の反発を理解出来なかったからだろうな」


 ベストリーチェは父の言葉に納得がいかない。

 自分の知る叔父は名君と名高い王であり、非情な決断も躊躇わない果断の王だと思っているから。


「アイツは国政に関しては決断力のある王だがな。

 それは王室の維持が自分の命に直結していると知っているからさ。

 だからそういう厳しい決断もする。

 だが、新しい物や技術の提供は全然決断できん。

 新しい物を用意する度に侯爵級の貴族を集めて相談するような男だ」

「……」


 立場が変われば見え方も変わる王宮の便利屋をしてきた時代を知る父と、王として君臨している姿しか知らない娘のカルチャーショックがそこにはあった。


「最初はゆっくりと時代を進めることの理由が分からなかった。

 そこで陛下が例えに使ったのが家事仕事だな。

 洗濯や掃除は道具を使って省力化出来る。

 そうすれば、それまで10人雇っていたメイドが半分で済むかもしれん。

 だが、余った5人を受け入れる先はあるのか?

 と、問われた」

「……」


 侯爵家の親子には苦い表情が浮かぶ。


「私を含め、集められた貴族皆が思い付かんかった。

 当たり前だ。

 家事を習い、奉公に出ている人間である以上は、教育を受ける余裕などなかった家の者だからな。

 だが、働き口を失う女性達が家計を支えていたのも事実。

 急激な貧困層の拡大に繋がる可能性がある問題だ。

 安易な技術提供の恐ろしさとはそういうものだと苦笑されたよ」

「……だから、その調整を陛下に?」

「うむ。落ち着くまでは在位してもらう。

 今回の一件で少なくとも15年は延びた。

 問題は王太子妃領の扱いだが……、それはこちらで調整する。

 ご苦労だったな」

「……はい」


 釈然としないながらも、家長である侯爵に頭を下げるベストリーチェ。

 それは全ての黒幕である父を問い詰めるのは無駄だと諦めての物だった。

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