第13話 キス

結局、夕食の味は緊張のせいでよく分からなかった。


「レイ、私はやる事があるからここで失礼する」

「分かりました」


私室まで戻るとエディングは自分の執務室に入って行った。ようやく一人になれた事で安心と疲れが同時に襲ってくる。

ベッドに寝転び眠ってしまいたい。

もちろん結婚式前日の花嫁にそれが許されるわけもなくこの後は身体を磨かれる予定だ。

部屋の扉を叩かれると外から聞こえてくるのは侍女ウィノラの声だった。

入室を許可すると勢いよく扉が開かれる。


「レイチェル様!お待たせしました!」


別に待っていないけどね。

ただ慣れた人を見ると安心感が凄まじい。ぱたぱたと駆け寄ってくるウィノラは「何も問題ありませんでしたか?変な事はされていませんか?」と尋ねてくる。

この騒がしさが落ち着く日は来るとは思わなかったわ。


「問題もないし、変な事もされていないわ」


私の答えに安心したのか笑顔を見せるウィノラ。逆に「ウィノラとイーゴンはなにをしていたの?」と尋ねる。


「城内の案内を受けていました。かなり広いですよ」

「王国の城より大きいものね」

「ええ、これからまた案内ですよ」


嫌そうな表情を浮かべたウィノラの言葉に「そうなの?」と首を傾げる。

皇城に着いてからもう数時間は経っているのに。まだまだ案内は終わらないらしい。

広い場所なので仕方ないと思うけど。


「どうしてここに来たの?」

「少しだけレイチェル様の様子を見たいとお願いしたらようやく解放してくれました、あの悪魔」

「悪魔?」

「ガリオン様の事ですよ」


拗ねた様子で答えるウィノラ。おそらくガリオンになにかされたのだろう。

彼はあのエディングの側近をしているのだ。いい性格をしていも不思議じゃない。

そう思っていると外からウィノラを呼ぶ声が聞こえてくる。


「呼ばれてるわよ」

「分かっていますよ…」


とぼとぼと部屋を後にするウィノラを見送るとソファの背中にもたれ掛かる。


「レイ、明日の式の確認を……疲れているのか?」


寝室から姿を現したのは一枚の紙を持つエディングだった。ソファでぐったりしてる私を見つけての言葉だったのだろう。


「少しだけ疲れました」


これくらいの本音は許されるだろう。

居住まいを正しながら言うとエディングは「そうか」と目を細めて喜ぶ。

私の隣に座った彼は私の頭を自分の肩にくっ付かせてきた。疲れで抵抗する気力のない私はされるがまま。

ふんわりと苦味のある男性らしい匂いが漂う。


「少しだけ眠ったら良い」

「ですが…」

「ぼんやりした状態で話を聞かれたら困る。寝ろ」


乱暴な言い方なのに頭を撫でてくる手は優しくて気遣いを感じられる。

どこか懐かしい感覚に安堵を感じた私はあっさりと夢の世界へと誘われた。



次に目を覚ますとエディングの顔が近くにあった。

やけに近いし、唇に柔らかくて温かいものが当たってる。呼吸が上手く出来ない。

なに、これ…。

寝起きでぼんやりする頭で考えてみるが分からない。

そうこうしているうちにエディングの顔が離れていった。

あれ?もしかして今キスしていた?

キスをされていたと分かり一瞬に眠気が吹き飛ぶ。


「起こしたか。すまない」

「い、いえ…」


起こされたのは別に良い。

それよりもキスした事を謝って欲しいところだ。


「あの、なんで…き、キスを…」

「君の愛らしい寝顔を見ていたら我慢出来なかった」


愛らしい寝顔ってなによ。

エディングは照れ臭そうに笑うが全くもって納得出来ない。

じっと見つめていると「怒ったか?」としょんぼりと尋ねられる。どうして私が罪悪感を抱かないといけないのだろうか。


「いえ、怒っておりません」


怒っていない。ただ不思議に思っただけ。

勝手なキスだったけど何故か嫌な気分にはならなかった。

私の答えにエディングは安心したように息を吐く。

そこでようやく彼に膝枕をされてる事に気がついた。起き上がり隣に座り直すと残念そうな表情を見せられる。


「疲れているなら横になっていても良いぞ」

「少し寝たら楽になりました。あの、お膝をお借りしまって申し訳ありません…」

「レイだけ特別だ」


妻になるから特別に許してくれたのね。

嬉しそうに笑うエディングが頰を撫でてくる。ひんやりと冷たい手が気持ち良い。


「嫌がらないのか?」

「冷たくて気持ちが良いので……」


言ってから自分の失言に気がつく。

いい歳して、なに甘えちゃっているのよ。

慌てて訂正しようとするがエディングに抱き締められてしまい言葉を発せなかった。

どうして抱き締められているのだろうか。


「レイは可愛いな」

「か、可愛くありませんよ…」


可愛いという言葉は十代の若い女の子達を指して言うのだ。私のような性格の悪い行き遅れ二十代には相応しくない。

ただ言われたら嬉しい言葉なのは確かだ。

頰が熱くなる。真っ赤になった顔を隠そうと彼の肩にぴったりと額をくっ付けた。


「甘えているのか?」

「違います」

「残念だ」


楽しそうに笑いながら私の頭を撫でてくるエディング。吹き飛んでいたはずの眠気が戻ってきそうになるので頭を振って払う。

今から明日執り行われる婚儀の確認をするのだ。彼から離れると「おしまいか?」と揶揄うように聞かれるので頷く。


「明日の確認をしましょう」

 

私が言うとエディングは残念そうに頷いた。

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