第12話 結婚相手の両親

三兄妹と一緒に待っていると扉が大きく開いた。

入って来るのは皇帝陛下と皇妃陛下。

兄妹達とは比べものにならないくらいの威圧感を持つ二人を前に全身が緊張に包まれた。

不敬が無いように立ち上がり深く礼をする。


「レイチェル嬢、そんなに固くせずとも良い」


威厳に満ちた声が低く響いた。

皇帝陛下の名はカーティス・ディーツ・シュテルクス卜だ。艶やかな黒髪と鋭い翠眼を持つ美丈夫。五十歳という年齢にそぐわない若々しい容姿はエディングによく似ている。滲み出ている雰囲気は皇帝に相応しい威厳があるものだ。


「そうよ。明日には家族になるのだから」


ふふ、と柔らかく笑う声は鈴を転がすような美しいものだ。

皇妃陛下の名はローザモンド・リッサ・シュテルクス卜。透き通る銀色の髪と垂れ目がちな群青の瞳を持つ美人。陛下同様に若々しい容姿はティベルデを大人にさせたような感じだ。そして優しそうな風貌でありながら皇妃らしい貫禄を身に纏う。


「レイチェル嬢、顔を上げてくれ」



陛下の言葉に顔を上げる。

威厳たっぷりの表情はどこに行ったのか満面の笑みを浮かべる皇帝夫妻。

夜会では決して見る事が出来ない笑顔だろう。少なくとも私は見た事がない。


「レイチェル嬢、久しぶりだな。よく来てくれた」

「お久しぶりでございます」

「レイチェルちゃん、固いわ。私の事はお義母様って呼んでちょうだい!」


既視感のある台詞だ。

皇妃様をお義母様呼びにすると想像するだけで心臓がバクバクと煩くなる。

このままいったら口から心臓が飛び出るだろう。

そう思うのに逃してくれないのがここの皇族だ。期待に満ちた笑顔で「ほら、呼んでみて」とお願いされてしまう。国母たる人物に言われて拒否出来るわけがない。もう腹を括るしかないのだろう。


「お、お義母様…」


生きた心地がしないわ。早く部屋に逃げ帰りたい。

そう思っていると皇妃様は嬉しそうな笑顔で「嬉しいわ!」と言ってくる。喜んでもらえたなら身を削った甲斐があるというものだ。

後は食事をするだけだと思っていると今度は皇帝陛下からとんでもない事を言われる。


「レイチェル嬢、余の事はお義父様と呼んで欲しい」


絶対に無理。それだけは死んでも無理だわ。

いくら許可してもらえたとしても呼べる気がしない。

自分が天下の皇帝陛下だって事を考えて欲しいものだ。

心への負担が酷くて胃が痛くなってくる。

これから食事をするのに。


「父上、レイを困らせないでください」


座って良いと声をかけてくれたのはエディングだった。

本当に良いだろうかと思うが腕を引かれて強制的に席に着く。陛下が怒っていないから確認すると残念そうな表情を浮かべていた。


「ローザは呼んでもらったのに…」

「あなた、エディの気持ちも考えてあげてください」

「分かっておる」


夫婦の会話の意味はよく分からないが歴史ある大帝国の皇帝陛下をお義父様呼び出来る人がいたら見てみたいものだ。

それにしてもエディングの時から思っていた事だけどシュテルクス卜帝国の皇族は気さく過ぎる。

ズキズキと痛むお腹を撫でているとエディングに心配そうな視線を向けられる。


「大丈夫か?」

「胃が痛いです…」


ぽろりと溢れ出た本音を聞いた瞬間エディングの表情が険しいものになった。

え?なにか不味い事でも言った?

ガタリと立ち上がったエディングに驚く。


「レイが胃を痛めている。すぐに胃薬を持ってこい!」


わざわざ大声で言うような事じゃないのに!

エディングの発言に周囲が騒がしくなる。

部屋の隅で待機していた使用人達は慌てた様子で部屋を飛び出し、ティベルデは泣きそうな顔で「レイお義姉様、大丈夫ですか?」と聞いてくる。

皇帝夫妻も「毒か?」「すぐに毒見させましょう」と話し合っているけど水すら口にしていない。

唯一楽しそうに笑っているのは皇太子ゲアートだ。

あの人、絶対にこの状況を楽しんでいるわ。

助けて欲しいという視線を向ける。


「エディ、落ち着きなよ。レイチェル嬢が困っているだろう」


愉快な笑みを浮かべたまま机に肘を突くゲアートをエディングが睨み付ける。

瞳を鋭くさせながら「レイが痛がっているのに落ち着けるか!」と叫ぶエディングの優しさは嬉しいけど今はゲアートを支持したいところだ。


「エディ、レイチェル嬢を見てみなよ」


申し訳なさに耐えているとエディングからの視線を感じる。俯いているせいで痛みを我慢していると勘違いさせたのか「大丈夫か?すぐに薬を持って来させるからな」と言われる。胃薬を貰えるのは嬉しいけど騒ぎにして欲しくなかった。

穏便に済ませてよ。


「あの、エディ…。私は大丈夫ですから夕食にしませんか?」

「しかし」

「緊張のせいで胃が痛いだけです…」


小声で伝えるとエディングは険しい表情を緩めた。心配そうに「そうなのか?」と聞かれるので頷く。


「もう大騒ぎにするのはやめてください…」


緊張で胃が痛むという理由で夕食を遅らせるのは良くない。お願いするように言うとエディングは申し訳なさそうに「すまない…」と謝られる。

ひそひそと会話していたせいかゲアート以外が不安そうな表情をこちらに向けていた。

どうにかしてくれという視線をエディングを向ける。


「もう大丈夫みたいです。食事にしましょう」

「すぐに医者に見せた方が良いんじゃない?」


皇妃様の声に全員が神妙な表情で頷く。

ゲアートだけは笑っているけど。分かっているなら貴方も助けてくださいよ。


「あの、お義母様。私は平気ですから…」

「本当に?無理していない?」

「は、はい。大丈夫です」


にっこりと微笑みかけると場の空気が和む。

そのうち胃に穴が開くかもしれないわ。


「そうか。なら食事にするとしよう」


安心した表情を見せた陛下の一言でようやく食事が始まった。

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