第10話 懐かしい感覚

「エディング殿下、レイチェル様。夕食のご用意が出来ました」


私の部屋に戻ってエディングと話そうとすると扉の外から男性の声が聞こえてくる。聞いた事がある声の主はおそらくガリオンだろう。


「レイと二人で向かう」


私が答えるよりも早く返事をするエディング。

どうして私と二人で居ようとするのだ。戸惑っていると「畏まりました」と扉の前から去って行くガリオン。出来れば二人きりは避けたかったのだけどエディングの決定を覆せるわけもなく諦める事にする。

軽く身なりを整えてから部屋を後にしてダイニングルームに向かう。

広い皇城だ。なるべく早く部屋の位置を覚えないと。


「落ち着きがないな」


きょろきょろと皇城内を眺めながら歩いていると睨まれてしまう。慌てて「申し訳ございません」と深く頭を下げる。

このままでは落ち着きのない女認定される。個人的にはそれでも良いのだけど皇子妃として相応しくないと思われたら最悪だ。


「怒っていないから頭を上げてくれ」


顔を上げると申し訳なさそうな表情を見せるエディングと目が合う。

こちらが失礼な事をしたのにどうして彼が申し訳なさそうにするのか分からない。ただ不興を買ったわけじゃなさそうで安心はする。


「どうかしたのか聞きたいだけだ」

「あの、早く部屋の配置を覚えたくて…」


今やるなって話ですよね。

怒られるかもしれないと思いつつエディングを見ると胸の前で腕を組んでいた。にこりと微笑む彼が怖くて全身から冷や汗が流れ出る。


「それなら私が案内しよう」

「え?」

「レイは城に来たばかりだ。配慮が足りなくてすまない」


それで申し訳なさそうな顔になっていたのね。

別に気にしなくて良いのに。

それにしても皇子に皇城内を案内してもらうって良いのだろうか。


「あの、案内は他の方でも…」

「レイは私の妃だ。他の者に任せるわけがないだろ」


いや、皇子なんだから他の人に任せなさいよ。

ただ彼の好意を無碍にするわけにはいかない。それに皇族じゃないと入れない場所もあるだろう。

申し訳ないが任せるしかない。小さな声で「分かりました。お願いします」と返事をすると満足気な表情を向けられた。

この人、変わっているわ。


「ちゃんと案内してやるからもうきょろきょろするな」

「すみません」

「謝らなくて良い」


優しく頭を撫でられる。

あれ、この感覚どこかで…。

懐かしく感じる手に胸の奥からじんわりと温かさが満ちていく。原因不明なそれは全身を火照らせる。


「レイ?どうかしたのか?」

「い、いえ…。なんでもありません」


今のなんだったのかしら。

よく分からないがエディングに頭を撫でられるのは嫌な気分にならなかった。むしろもっと撫でて欲しいと思った。碌に知らない人にそう感じている事に違和感を覚える。


「ああ、そうだ。言い忘れていたが今日は私の両親と兄妹も一緒に食事をする。緊張しなくて良いからな」


にこりと笑うエディング。衝撃の事実に違和感が吹き飛ばされる。

家族と一緒に食事って聞いていないのだけど。

エディングの両親と兄妹という事は全員が皇族だ。第一皇女殿下を除く全員と挨拶をした事があるけど食事を共にするのは初めて。胃が痛くなってきた。


「嫌か?」

「出来る事なら逃げたいです」


言ってから口を塞いだ。今のは失礼過ぎる。エディングの顔を見ると怒って…いないようだ。

むしろ楽しそうに笑ってる。何故嬉しそうなのか。


「そっちが素か?」

「申し訳ありません」


素を出すつもりはなかったのに。

動揺して取り繕う事を忘れてしまうとは。今まではこんな事なかったのに。


「いや、良い。私の前では取り繕うな」

「え?」

「行くぞ」


上機嫌に廊下を進むエディングに続いて歩く。

取り繕うなって無理でしょ。

素を出したら不敬の連続だ。取り繕わないわけがない。

それにしても会ってから笑顔ばかりを見ている気がする。やっぱり冷酷な人という噂は嘘なのだろう。

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