#20 愛している、心から!

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再び愛を熱く交わすふたり。それぞれの誤解が解けていく。ふたりは今度こそお互いを信じあい、決して離れないことをナディールの砂漠に昇る朝日に向かって誓う。


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 ふたりを乗せたマレンゴ号は、やがて小さな作りのコテージについた。

「ここはプライベートな場所だ」

 ファハドがひらりと馬からおりると、マーガレットを抱きおろした。

 そして、そのまま抱きしめる。

「マーガレット、ずっとこうしたかった」

 見上げた瞳が合った瞬間、マーガレットは再び魔法にかかってしまった。

 しびれた体に男らしく引き締まった唇が重なる。ああ……なにも考えられない。

 そっと重ねた唇だったが、ファハドはこらえきれずマーガレットをうながし、そのままキスを深めていった。

 吐息とともに舌がからまる。ためらいを押しつぶすように激しく口づけていくと、マーガレットの体から力が抜け、立っていられなくなった。

 ファハドは彼女をそっと膝からかかえて抱き上げ、コテージに入ると、床に広げられたラグとクッションにマーガレットを横たえる。

「マーガレット……きみが欲しい」

 ファハドの唇が彼女の唇から頬、耳、そして首すじから胸もとへとたどっていく。いつのまにか彼女の服は肩から落ち、美しい乳房があらわになっていた。

「ファハド、だめ」

 抵抗しようとする手に、力がまるで入らない。あまりにも愛情たっぷりの愛撫に溺れていく。

「いいや、だめだ。きみは、わたしのものだから」

 しっかりと組み敷かれ、動くことなどできない。ついに、マーガレットもあらがう気持ちがなくなってしまった。

 それを見てとったファハドは、貪欲に惜しみなく彼女を味わっていく。胸もとから腹、脇から背中、お尻。そして仰向けにさせると、体の中心へと……。

 ファハドの唇が芯をとらえた瞬間、走った快感の強さに、マーガレットは身をそらせ、思わず逃れようとした。

 その手をファハドはしっかりとらえ、そのまま中心を責め立てた。

「だめ……」

 耐えきれず、マーガレットは絶頂を迎えてしまった。がくがくと震える体をファハドが抱きしめ、脚のあいだにしっかりと入り込んだ。

「もう、だれにも渡さない」

 そう言うなり、熱く固いファハドがきつくなっているマーガレットの中へぐいと分け入ってきた。ぐいぐいと押し開かれていく。

「ああ、ファハド」

「マーガレット、まだだ」

 そう言うと、さらに奥深く貫き、ついにすっかり埋めてしまった。

 体の中心に熱いファハドがいる。

 やがてゆっくり動きはじめたファハドは、マーガレットの快感を引きだし、先ほどよりももっと高みへと連れていく。

「もう、もう……」

 これ以上耐えられない。

 その瞬間、ファハドも動きを強引に速め、そしてふたりは同時に頂点に達していた。熱いものが放たれる。

「愛しいひと、わたしのものだ」

 ファハドはマーガレットを強く抱きしめていた。


 いつの間にかファハドの腕のなかでまどろんでいた。

 ふと目が覚めると、ファハドが優しくマーガレットの髪に、頬に、口づけていた。

 恋人のキス。

 マーガレットの胸が痛んだ。

「すまない、きみに恋人がいるとわかっていたが、我慢できなかった」

 マーガレットは、はっとする。

「いいえ、いないわ、恋人なんて」

「だがあのとき……」

 マーガレットは、ファハドが自分とフィリップとの関係を勘違いしていることに気づいた。

 だから、フィリップから結婚を申し込まれたこと、まだ返事をしていなかったせいで、あの事態になったこと、そしてはっきりすべきだと思ってきっぱり断ったことを話した。

「それでは、わたしは安心していいのだな」

 ファハドはうれしそうにさらに口づける。

「そうだ、この週末には挙式がある。きみもぜひ出席してもらいたい」

「まあ、誰のかしら?」

「カサンドラだ」

 その瞬間、マーガレットは上掛けのシーツをまとって、身を引いた。

「あなたはこの週末に結婚するのに、わたしを連れてきたのね。そしてわたしは、またしてもあなたの誘いに乗ってしまった!」

 マーガレットの頬に涙があふれる。

「いったい、なんのことだ?」

 あっけにとられたファハドが言う。

「だって、カサンドラの挙式だなんて……」

「ああ、カサンドラは結婚する。そのことと、わたしたちと、なんの関係があるんだ?」

 マーガレットは絶望的な目を向けた。

「たしかにわたしは、あなたにとって、ただの戯れかもしれない」

「戯れなものか、なぜそんなことを言う? いま、ここで、お互いの気持ちを確かめあったばかりじゃないか」

「わたしは、妻のいるひととつきあうことはできないわ」

「妻? わたしは独身だ」

「でも、カサンドラと……」

 ファハドは、はっとした。

「どうしてそんな考えが生まれたんだ?」

「あなたの結婚相手だと、教えられたわ」

「カサンドラが、言ったのか?」

 まったく、カサンドラの言いそうなことだ。

「婚約式をするって、あなたからメールも受け取っているわ」

 ファハドが驚いた。

「そんなもの送っていない! いつのことだ!」

「あの日……あなたが帰国してしまった、その翌日のことよ。おまけに、タブロイド紙にもあなたの婚約がスクープされていた。だから、わたし……」

「だからきみは、会社を辞めたのか」

‘隙などない’と言っていた自分の周囲が、こんなにも隙だらけだったとは……いまさらながらあきれるばかりだ。

「カサンドラから結婚相手だと聞かされていたのに、わたしはあなたに魅かれてしまい、一夜をともにしてしまった。でも、許されないことだとわかっていた。だからあのメールは、あなたが、けじめをつけるために送ったのだと思ったの」

 ファハドはやりきれない思いでため息をついた。

 本当に、自分はなにもわかっていなかった。

「マーガレット、そんなわたしだと思いながらも心を許してくれたのか」

「だってわたし……あなたを……」

「愛しいひと、もうそれ以上言わないでくれ。いいや、わたしに言わせてくれ」

 手をのばし、マーガレットを引き寄せ抱きしめる。

「きみを愛している。心から」

「わたしだって愛している、いえ、愛してしまったのよ。自分の気持ちに気づいたときには、もうどうしようもなかったわ……」

「カサンドラの話などしたくはないのだが、事情を説明しよう」

 ファハドはそう言って、兄のときから続くカサンドラとのことを話した。

 いろいろあったのちに、彼女はようやく隣国の王子との挙式が決まり、いまは大満足で嫁いで行くということを。

「もう一度言うよ。マーガレット、愛している。なにものにも代えがたいきみのすべてを、心から」

 ファハドも民族服を頭から羽織ると、ひざまずいた。

「きみなしの人生は考えられない。どうか、結婚してくれないか」

 そう言うと、マーガレットの手をとった。

 いままさにコテージの外では、雄大な砂漠の向こうに日が昇ろうとしている。

「ファハド、本当に? 本当なの?」

「ああ、二度とわたしたちの間に隙など入れたくない。一刻でも離ればなれになりたくないくらいだ」

「隙って?」

「しみじみわかった。わたしは傲慢だったよ。自分さえしっかりしていれば、なにごともうまくいくと信じていた。だが、そうではない」

「わたしもよ。自分のことばかり考えていて、あなたを失うところだった。もう二度とこんな目にはあいたくないわ」

 ふたりは顔を見合わせて笑った。

「では?」

「もちろん、イエスよ。愛しているわ、ファハド」

「マーガレット、それでは誓いの口づけと、そしてもう一度、心置きなく愛しあおう」

 マーガレットの顔が、輝く朝日に負けないくらい赤く染まった。

 そして、ファハドの腕のなかへとマーガレットは溶けこんでいった。


― 了 ―

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黒い瞳のシーク ― The Sheik’s Dark Eyes ― スイートミモザブックス @Sweetmimosabooks_1

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