#18 愛を自覚した瞬間
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負傷したファハドをいたわるマーガレット。心がなごんだファハドだが、フィリップにハグされる姿を見て思わず目をそらしてしまう。そしてマーガレットは、自分の気持ちをフィリップに伝える。
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「ふたりとも、大丈夫か!」
マーガレットから知らせを受けて、兄のロバートと牧場のスタッフたちが追いついた。そして日本馬を牧場に戻すために手を貸してくれた。
「マーガレット、あの男に見覚えはないか」
ファハドが指さす先、ライトに照らされた男の顔を見て、マーガレットは「あっ!」と声をあげた。
エージェントを騙ったマルコビッチだ!
驚いて振り返る彼女に、ファハドがうなずく。
「どうやら、一連のことはつながっているらしいな」
「でも、マキャフリーはとっくに捕まっているはずなのに……」
「さあ、そのあたりはこれからわかるだろう」
通報を受けてようやく駆けつけた警察が、馬の誘拐犯をパトカーに押しこむ。
取り急ぎの現場検証をおえた警察が撤収していくのを、ファハドとマーガレットたちは無言で見送った。
みなが牧場に戻るころには、夜がすっかり明けていた。
厩舎に残っていたマーガレットの父テルフォードが出迎え、メイクドラマ号が無事に
「おめでとう、ファハド!」
マーガレットがお祝いの言葉をかけた。
ファハドは痛みを忘れて笑みを返すと、一瞬なにかひらめいたのか、大きな声をあげた。
「よし、決めたぞ! 仔馬の名前はマーガレットだ!」
マーガレットは驚いて聞き返した。
「ええっ、どうして?」
「これからわたしたちは、あの日本馬をきっかけに、よりよい……ビジネスパートナーとしての関係を築いていく。その記念にふさわしいだろう?」
いや、本音は違うだろう? あやうく本心を声に出しそうになったが、ファハドはぐっとこらえた。
「あなたがそうしたいなら……」
自分が先に言った「ビジネスパートナー」という言葉が、マーガレットの胸にぐさりとつき刺さった。
そんな彼女の背中をレキシントン号が鼻先でそっとつつく。「もっと素直になれ」とでも言いたげに。
マーガレットはそれには気づかぬふりをして、愛馬の手綱を引いていた。
そこに、話を聞きつけたフィリップが急いでかけつけてきた。
「マーガレット! 大丈夫か!」
いきなりマーガレットの手をとったフィリップは、彼女の服の袖が血でにじんでいたのでぎょっとした。ファハドのけがに布を裂いて手当てしたときに血がついたのだ。
「ああ、これはファハドの手当てをしたときについたのね。わたしは無傷よ」
その言葉を聞くなり、フィリップはマーガレットを思い切り抱きしめた。
「よかった! きみになにかあったら、ぼくは……」
いきなり抱きしめられてマーガレットはあわてた。ファハドに目をやると、氷のような視線にぶつかった。
ふいと向きを変えて、ファハドは彼女の父テルフォードに声をかけた。
「では、さっそく仔馬のところへ」
母馬を驚かせないため、ふたりだけで去っていった。
あとには、フィリップに抱きしめられたままのマーガレットと兄が残った。
「マーガレット、本当に無事でよかった。いったい、なにがあったんだ?」
「もう、落ち着いてよ」
マーガレットはぐいと腕をつっぱり、フィリップを引きはがした。
「あ、ごめん、つい……」
マーガレットは、フィリップと兄にこれまでの経緯をかいつまんで話した。
ただし、詐欺との関連については省いた。まだ、なんの証拠もないからだ。
マーガレットは、フィリップに向きなおった。
「フィリップ、心配してくれてありがとう」ひと呼吸おく。「でも、あなたと牧場をやっていくことはできないわ」
「そんな! いまここで結論を出さなくても……」
フィリップの顔がゆがんだ。
「いいえ、大事な幼なじみだからこそ、きちんと言わないと」
マーガレットはフィリップの目をじっと見た。
「いいかげんなことは言いたくない。あなたを、結婚相手として見ることはできないわ。ごめんなさい!」
「そうか、わかった」
フィリップにもマーガレットの真剣な気持ちが伝わった。
「じゃあ、もとどおりの隣人ということだな。残念だけどしょうがない。これからもよろしく」
差しだされた手をしっかり握りかえすと、フィリップは去って行った。
「これで……よかったのか?」
一部始終を見ていた兄が声をかける。
振り向いたマーガレットはうなずいた。
そう、いいかげんなことはだめ。
今度こそ、きちんと言わなくてはならない。
* * *
今回の逮捕をきっかけにして、ニック・テイラーを含む詐欺集団が根こそぎ逮捕された。
余罪を追ううちに、フィリップの牧場でのカフェイン混入事件まで明らかになった。
それというのも、大金をかけてでも徹底的に暴き立てるかまえをファハドがとったからだった。
法外な罰金と長期の留置をとるか、罪を認めることで刑の軽減と補償を問われないかを差しだされれば、どんな人間でも口が軽くなるということだ。
事件の全容が解明された夜、ファハドは長老と衛星回線で話をしていた。
「……そういったわけで、思いがけずカフェイン混入の件まで解決しました」
「そうか。それはよかった」
すっかり体調を回復したサシャークが言う。
「やはり、思いがけない隙というものがあるということが、今回よくわかりました」
謙虚にファハドが言うと、長老は少し驚いた。
「おまえにも、ようやくわかってもらえたか」
「ええ。仕事だけでなく、ひととは真剣に向きあっていかなければならないということも」
そう、まわりくどい方法でマーガレットを手に入れようとしてきた結果、あんなことになっていたとは!
ファハドは、フィリップに抱きしめられたマーガレットを見た瞬間、どれほど自分にとって、彼女が大切かをさとったのだ。
これまでが恋だったとすれば、愛を自覚した。
彼女をあきらめることなど決してできない。
むしろ、どんな手を使ってでも、そう、誘惑してでも手中におさめたい。
「これからは全力で取り組むつもりです。なにごとにおいても」
まるでそこにいない彼女に聞かせるかのように、固い決意をこめて宣言するファハド。
長老は目を細めた。
「よい心がけだ。しっかり頼んだぞ」
翌日、ファハドはマーガレットに電話をいれた。
「来月になるが、ナディールに行く」
ついにそのときが来てしまった! マーガレットの顔色がさっと曇った。
ファハドが婚礼の準備に入るのだと思うと、息苦しさに胸が詰まった。
「そう、出発はいつ? あなたの不在中、連絡はメールでとりあうことになるのね」
あくまで平然をよそおい確認する。
「いや、今回は、きみも一緒に来てもらいたいと考えている」
「え! わたしも?」
予想だにしない言葉に、思わずうわずった声になってしまった。
「そうだ。都合が悪いのか?」
「いいえ……でも、一緒に行くのはどうかと思うけど……」マーガレットは思い切って言ってみた。「それに、あなたは帰国したら、いろいろ忙しいはずよ」
「ああ、それを先に言っておくべきだった。わが祖国ナディールも競走馬の育成に力を入れていることは知っているな」
「ええ、アラブ種がメインだったわね」
「そうだ。欧米の競馬界では圧倒的にサラブレッド種が主流だが、アラブ種もかなりのレベルの馬が育っている。ことにナディールの競走馬育成施設は一見に値すると思う。イングランドとこんなに違うのかと驚くはずだ。きみには現地を見てもらい、エージェントとしてわが国の可能性を見てもらいたい」
それに、ぜひふたりきりで過ごす時間を持ちたい……誰にも邪魔されずに、ゆっくりと……ファハドは心のなかで、そう付け足していた。
「そういうことなら……そうね、いろいろ視察できたらいいかもしれないわ」
「よし、決まった! スケジュールについては任せておいてくれ」
「ええ、お願いするわ」
「じゃ、くわしいことはまたあらためて」
電話を切ったあとで、結局ファハドの婚礼がいつなのか聞けなかったことに気づいた。
けれども、マーガレットはもう迷わないと心に決めた。
この旅できっと、ファハドとはこの先も仕事以外の関係はありえないということが、はっきりする。
つらい旅になるかもしれない。
だけど、どこかで踏ん切りをつけなくてはいけないのだ……その機会になるはず。
でも、本当にそれでいいの……?
心がささやく声に、またしても聞こえないふりをするしかないマーガレットだった。
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