#10 とけあうふたり
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アスコット競馬の最終日、宴の余韻にひたりながら、いつまでも夢を語りあっていたいファハドとマーガレット。いつしかふたりは、唇を重ねていた……。
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華やかなロイヤル・アスコットも、きょうが最終日だ。
この五日間、ファハドの馬たちは良好な成績をあげた。なによりも全頭故障なくレースを終えられたことは大いに祝っていいことだろう。
だから夜がふけても、セレブたちの祭りは終わらない。
彼らにとって、むしろこれからが本番だ。ファハドのゲストハウスは、昼間とはまた別の華やかさに満ちていた。
ファハド主催の気軽な打上げパーティーとはいえ、招待された年配の女性客の多くがベアトップのイブニングドレス姿にゴージャスな宝石やアクセサリーで華やかに装っている。エスコートする男たちはタキシード姿だ。
だが若い男女は、リゾートスタイルとは言わないまでも、かなりカジュアルな服装だ。
肝心のファハドはタキシード姿、光沢のあるプラチナの生地に、インのベストとタイはそれよりやや濃いグレーでそろえている。初日のシークの正装とは印象ががらっと違う。
ファハドの短いスピーチのあと、あちこちでシャンパンによる乾杯が何度も繰り返され、みなそれぞれにパーティーを楽しんでいる。
広いパーティーホールの半分はブッフェスタイルで豪華な食事を味わい、もう半分はゆったりダンスができるスペースとなっている。
いったいこの宴はいつまで続くのか……マーガレットは自分の知らない世界を垣間見て、ただただ圧倒されていた。
緊張と熱狂による昼間の疲れがいっきに襲ってきて、マーガレットはホールの片隅にあるテーブルの席に座ったまま、客たちのはしゃぎぶりをぼんやりと眺めていた。
彼女はパーティードレスなど用意していなかった。けれども前回同様、ファハドがいっさいを準備してくれていた。
グリーンの瞳に合う真紅のストラップドレス、そしてゴールドのハイヒール。
真っ赤なドレスなんて、生まれてはじめてだった。
「きみを壁の花にしたくて、鮮やかなドレスを用意したんじゃない」
声がしたほうを振り返ると、ファハドがすぐそばに立っている。
このひと、疲れを知らないのかしら。マーガレットがそう思うくらい、ファハドは朝からずっとエネルギッシュに動きまわっていた。
「ドレスはうれしいけれど……踊るのは得意じゃないの」
「馬は乗りこなせても、ダンスは苦手なのか」そう言ってマーガレットの手をとる。
「……ではエスコートするとしよう」
マーガレットはダンスエリアにひっぱられていった。
「ちょっと待って!」
「いいや、わたしたちは踊るんだ」
ふわりとファハドに包み込まれてしまった。
男らしく、そしてどこかエキゾチックな香りがする。
マーガレットは、その香りとファハドが発する熱に全身が反応してしまうのを感じた。鼓動がいっきに速くなる。
見あげると、あたたかなまなざしにぶつかった。
ファハドのこんなまなざしを、オフィスで見ることはまずなかった。
心臓が大きくひとつ、鼓動を打った。
ああ、この黒い瞳から目が離せない……。いつのまにかマーガレットはフロアの中心に連れだされ、たくみなリードに身をまかせて優雅に踊っていた。
背中にあてられたファハドの大きなてのひらから熱が全身に伝わっていく……。
だが、マーガレットの夢見るような瞳に魅せられていたのは、ファハドのほうだった。
どうしたことだろう。
あまりにも腕のなかにしっくりくる彼女を二度と離したくないと、全身が叫んでいる。いっそこのまま抱きしめてしまおうか……。
そのとき、ふいに音楽がやみ、ダンスの時間が終わってしまった。
「なんだか夢のようだったわ……」
ダンスのあと、薄いカーテンで仕切られた奥のテーブルに座ったふたりは、離れがたい気持ちでいた。
「それはよかった。週があけたら、またしっかり仕事をしてもらうから」
「ええ、もちろん。シンデレラの魔法もそのうちとけてしまうわね……」そう言って、マーガレットが立ちあがった。
「わたし、もうそろそろ帰らないと」
「なんだ、本当にシンデレラになるつもりか?」
ファハドがひきとめようとして彼女の腕に触れた。ごく自然に。
その手の温かさに、マーガレットは新たな魔法をかけられたように、すっと椅子に腰をおろしてしまっていた。
「ええ、そうね……もう少しだけなら」
「ああ、もう少し、きみの夢の話をきかせてくれないか」
「わたしの夢をきいて、あなた楽しいの?」
「いいから、話してくれ」
「あら、それは命令?」
「命令だったら、言うことをきくのかな?」
「ときと場合によっては」
「じゃあ、これは……」と言うなり、ファハドはふいにマーガレットの唇にキスをした。
まるで、彼女を黙らせようとするかのように。
マーガレットはやわらかな唇を開き、こんどは素直にキスを受け入れていた。
めくるめくひととき。ふたりの熱が高まる。
背中にまわったファハドの手が、ダンスのときとは異なり、まるで我がものだといわんばかりに抱きしめてくる。
やがてお互いの唇が離れると、ふたりは無言で見つめあった。
「いつも強引なのね、あなたは」
マーガレットはやさしい口調で抗議した。
「これからは、きみを黙らせたいときには、こうすることにしよう」
ファハドがほほ笑み返した。
祭りの余韻のせい、それともワインのせい?
頭がぼうっとする。
いいえ、きっとファハドとのキスのせい……。
気がつくと、ファハドの寝室でふたりは夢中でキスを交わしていた。舌と舌がからみあう激しいキスを。
「まだ魔法にかかっているみたい……」
マーガレットが溜息まじりにつぶやく。
「魔法じゃない。それを確かめよう」
ファハドはそう言うと、マーガレットをベッドのそばに立たせる。
「後ろを向いて」
ファハドに言われるがまま、マーガレットは背中を向けた。
ファハドの指先が、あらわになっている肩をそっと撫でていく。
マーガレットは思わず声をあげそうになった。
ファハドがゆっくりとネックレスやイヤリングをはずしていく。かすかに触れる指先に、体が敏感に反応し、とけていく。
「ドレスを脱いで」
乾いた声でファハドがささやく。
マーガレットは言われるままゆっくりとドレスを床に落とした。ファハドがドレッサーの鏡から視線をはずすことなく、マーガレットの下着をはずしてゆく。
一糸まとわぬ姿になった彼女を背後から抱きしめるとすぐに、自分も服を脱いでいった。
すべてを脱ぎ捨てたファハドはマーガレットを振り向かせ、ふたたび唇を重ねると、そのままゆっくりとベッドに倒れこんでいった。
ファハドの指先が、舌が、休むことなくマーガレットの体を探っていく。
どこを触れられても味わわれても、敏感に反応してしまう。
マーガレットは何度も何度も、声が出そうになるのをこらえた。でも、小さな声がもれてしまった。
「大丈夫、誰にも聞こえはしない」
ファハドが耳元でささやいた。
その声に導かれ、マーガレットの声が響く。
もう耐えられない。
じらすようにファハドは彼女の腿をつかみ、両手を膝から尻、そして腰のくびれへとすべらせていく。
ウエストから前にまわって肋骨をなぞり、胸先をかすめたかと思うと、おなかへと戻る。その指が下半身に伸びたとき、マーガレットは深く息を吸った。
すると、彼の指は膝に向かい、触れてほしくてたまらないところをはずして、ありとあらゆるところを動きまわる。
ついにファハドの手がマーガレットの脚のあいだに忍びこんだとき、マーガレットは思わず声をあげていた。
「やめて。いいえ、やめないで……お願い」
マーガレットは夢中でファハドの硬く大きな熱のかたまりを体の中心に受け入れ、わきあがる喜びの、あまりの深さにうめき声をあげていた。
その声にファハドも耐え切れなくなり、マーガレットの腰を抱いて、さらに深く突き入れる。そして彼女のやわらかな中心に、何度も何度も熱く硬い彼自身を突き上げた。
「もう……」
絞りだされたファハドの声が引き金となり、ふたりはほぼ同時にクライマックスに達すると、そのまま倒れこんだ。
全身が甘やかにとけあっていくけだるいひととき。ファハドはマーガレットを抱きしめてその髪に口づけをし、彼女には聞き取れない言葉で、甘くささやきつづけた。
やがてふたりは、深い眠りに落ちていった。
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