第11話

 気づけば俺と篠塚さんは教室から遠く離れた場所にある第二音楽室にいた。篠塚さんに手を引っ張られるままここに連れてこられた。俺たち以外には誰もおらず、なおかつ防音で静寂に包まれている。


「えっと……あの……ね」


 篠塚さんは俺の目の前に立ち、もじもじしている。


「えっと、篠塚、さん?」

「あ、あのね、私ね……!」


 状況に戸惑いながら尋ねると篠塚さんは意を決したように口を開いた。


 そして。


「そうだよ……。私が、その子……笹窯ボコ。笹窯ボコは、わたしだよ……」


 そう言った。


 謎の仙台の妖精VTuberは、仙台のごく普通の高校に通う高校一年生の女の子、篠塚れもんだった。


「やっぱりそうだったんだね」


 篠塚さんは何も言わずに首肯した。静寂が第二音楽室を再び包み込む。


 ややあって、篠塚さんは柔らかそうな口をゆっくりと開いて、話し始めた。


「わたしね、人前じゃ全然喋れない自分を変えたくて、VTuberになったんだ……。でも、現実じゃまだまだこんな感じ……だから、もうそろそろ辞めようかなって、思ってる……」


 それから篠塚さんは深呼吸した後、また口を開いた。


「こんにちは! 笹窯ボコです!」


 篠塚さんはシャボン玉みたいな声で笹窯ボコと挨拶をした。昨日まで聞いていた笹窯ボコの声が、目の前で聞こえた。普段のぼそぼそ声と全然違うから気づかなかった。これじゃ声で特定はできなかったな。


「やっぱり、変、だよね……バーチャルでは明るい妖精なのに、現実じゃこんなんじゃ……」

「変じゃない。篠塚さんは自分なりのやり方で頑張っているじゃないか。だったらそれでいいじゃないか。それを貫けばいいじゃないか」


 こんなのは綺麗ごとで、ありきたりの言葉なのだろう。でも、本心から浮かんだ言葉だった。だったら素直にそれを言うのがいいと思った。


「ありがとう」


 篠塚さんは、薄く微笑みながら、笹窯ボコの声と混ざり合った声でそう言ってくれた。


 それから俺たちは、ホームルーム開始のチャイムが鳴るまで二人きりで雑談をした。


 それはとても、心地よい時間だった。

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