第49話 不連絡と到着 

「リオンさん、それでどうでした? お仲間とは連絡つきましたか?」

 ラ・メール・プラールの店内に戻ってきた理音は、表情を全く変えずに、首を左右に何度も振っていた。

「リオン君、もしかしたら、友達のスマフォのバッテリー切れとかかもしれないよ」

「いや、先生、ツレの二人共に、電話を掛けてみたのです。そのどちらからも『電波の届かない位置』っていう、あの機械音は流れなくって、電話が繋がった時のコール音それ自体はしているので、電話そのものは通じているはずなのですよ」

「じゃあ、スマフォを何処かで落としたとか。いや、それこそ、二人共って考え難いか……」

 そう言いながら、哲人は首を捻ってみせたのであった。


「メールを返したり、電話に出られないような止むに止まれぬ事情があったのかもしれませんよ。それが解消したら、メールなり、電話なり、レスがありますって、きっと」

「まあ、ここでヤキモキしてみても、相手からのリアクションがなければ、こっちからは動きようがないし、とりま、連絡があったら、すぐに気が付くように、スマホのマナーモードを解除しておくことにします。

 ボリュームは可能な限り下げておきますが、突然、音が鳴って、びっくりさせてしまったら、堪忍してくださいね」

「事情が事情だから無問題(モウマンタイ)っすよ、リオンさん」

「リオン君、心配かもしれないけれど、訳が分かったら、笑っちゃうような理由でした。チャンチャンって話かもしれないよ」


 理音は、突然、両の掌で両頬を大きく一度叩いた。

「ひゃっ! び、びっくりしたあああぁぁぁ〜〜〜。いきなり、どうしたんすか?」

「モードを切り替えたんだよ、サンダー。

 連絡があったら即動く。それまでは、この世界遺産の観光を楽しむ事にするよ。

 せっかく、御二方と知り合って、こうしてモンサンミシェルに来ている分けですし、この偶然を楽しまなきゃ。もったいない」

「そうっすよ、リオンさん。それも、フランスを専門にしている、大学講師のムッシュのアテンドっすよ。こんなガイド、お金を積んでも、簡単には見つかんないっすよ」

「ハハハ、サンダー、ヨイショし過ぎだって。

 ちなみに、英語とスペルは同じなんだけれど、フランス語では案内者は〈ギード(guide)〉って言うんだよ」

「ムッシュ、モン・サン=ミシェルのギード、よろしくっす」

「先生、よろしくお願いします」

「それじゃ、二人とも、そろそろ出発しようか」


 午後一時——

 かくして、哲人は、雷太と理音を引き連れて、ラ・メール・プラールを後にしたのであった。


 そして、同時刻——

 薄黄色のイタリア車が、モン・サン=ミシェルから三キロメートルほど離れている駐車場に入った。

 フィアット・500F、〈チンクェチェント〉から出た、二人のイタリア人は、一人を車内に残し、モン・サン=ミシェル行きのシャトルバスに乗った。


 関係者以外の車の島への乗り入りは禁じられているので、島までは、歩くかバスを使うしかない。

 駐車場と島間のシャトルバスは二種類あって、一つが、所要時間十五分の〈マランゴット〉という、五十人乗りの馬車で、もう一つが、九十五人乗りの〈パッサー〉というシャトルバスで、その所要時間は僅か六分であった。

 馬車の方は、約三倍の時間がかかるし、順番待ちの行列もエグい。それに有料だ。

 これに対して、〈パッサー〉の方は無料で乗れる仕組みになっていた。

 時間もかかるし、わざわざ順番待ちをしてまで馬が引くバスに乗るという選択を、散文的なこのイタリア人達はしなかった。

 

「ついに、追い詰めたぞっ!

 待ってろよ。ジャポネエエエェェェ〜〜〜ゼ」


 鼻の辺りを摩りながら、三人組のイタリア人の一人、ナーゾは、約五分間のバスでの移動の間ずっと、車内でブツブツと日本人への罵詈雑言を述べ続けていたのであった。

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