第Ⅲ章 アリス&サンダー、パリからモン・サン=ミシェルへ

第30話 ボンジュール、パリ

 ブロカ通りに面しているブランジュリーから、焼き立てのパンの匂いが、同じ建物の五階に間借りしている、有栖川哲人(ありすがわ・てつと)の部屋にまで立ち昇ってきている。それが、客用の簡易ベッドの上で眠っていた有木雷太(ありき・らいた)の鼻にも届いてきて、目覚ましとしてセットしておいたスマフォのアラーム音よりも早く、雷太の目を覚まさせた。


「ボンジュール、サンダー。まだアラーム、鳴っていないぜ。ったく、遠足を楽しみにしている子供かよ」

 既に起床して、ライティング・デスクの前でコーヒーを飲んでいた哲人が、そう教え子に声を掛けた。

「ムッシューこそ、お早いじゃないっすか」

「オジサンも、それなりに楽しみにしているって話さ」

「それにしても、この部屋にまで良い香りが漂ってきていますね」

「これだけで、オナカいっぱいになるかもな。いや、むしろ逆に、ハラヘリが促進されちゃうかもね。 

 とまれ、これ、下のパン屋さんからだよ。このパンの匂いが、朝の訪れを部屋に告げてくれるって分けなのさ。けっこうアドだろ」

「そうっすね。ところで、自分にもコーヒー、いいっすか」

「ビヤン・シュール(もちろん)」

 そう言った雷太は、ベッドから抜け出して、コーヒーを飲みながら、出掛ける準備を始めたのであった。


 午前六時――

 日の出前で、夜の勢力が未だ大勢を占めていた紺色のパリの空の下、アリス&サンダーの師弟コンビは、指差し確認を何度も繰り返し、それから、必要最低限の荷物、デイパックとボディーバックだけを携えて、アパルトマンを後にした。

 建物から出るや否や、二人は、ブランジュリーに立ち寄り、焼き立てのバゲットを買うと、それを人差し指と親指で摘み食いしながら、モンパルナス駅に向かって歩き出したのであった。


 ブロカ通りからモンパルナス駅までは約二キロ、徒歩で三十分程度の距離だ。

 哲人と雷太は、前日とは逆に、ブロカ通りからポール=ロワイヤル大通りに入り、その大通りをひたすら直進していった。前夜に下車した、RER・B線のポール=ロワイヤル駅を通過した辺りで、この大通りは、モンパルナス大通りに接続する。さらに、その大通りをまっすぐ進んでゆくと、左手方向に、モンパルナス墓地が見えるのだが、この墓地に近接しているのが、目的のモンパルナス駅である。


 モンパルナス駅は、パリの南に位置している、SNCF(フランス国鉄)のターミナル駅で、主として、フランスの西部・南西部方面に向かう列車の始発駅になっている。

 これから、二人は、モンパルナス駅から出る列車に乗って、フランスの北西部に、二泊三日で小旅行に出掛けるのである。

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