幕間
初めての感覚
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《青霧》序列一位『蒼炎』。
それがいつも俺に付いてくる肩書きだった。
勿論、身寄りの無い俺を拾ってここまで育ててくれた《青霧》の隊長と副隊長には感謝している。
だがそれと同時に、肩書きから来る息苦しさも、常に俺の周りを取り巻いていた。
……だから、不思議な気分だった。
「へー! 龍真か。かっけぇ名前だな! 龍真って呼んでもいいか?」
《青霧》の隊長と副隊長以外に対等に接せられるのは初めてだった。
足元がおぼつかないような感覚に囚われる。
……なんだろう、
彼は三奈月弥生という名前らしい。
綺麗な赤目赤髪で、耳には控えめな大きさの紅のピアス。しかも入学初日だと言うのにブレザーの下にパーカーを着込むという中々に根性のある少年だった。
彼は常に感情を表に出していて、その底抜けに明るい笑顔は周りの人も釣られて明るくなってしまいそうなくらい。
……俺とはまるで真逆の存在だ。
───俺は数ヶ月前の事を思い起こした。
……ある日、任務が終わり《青霧》本部へ戻った時のことを。
「隊長、任務が完了しました。こちらは報告書です」
「おお、お疲れ!」
《青霧》隊長、
Sランクの能力者、《青霧》トップの立場に君臨する彼は、俺の上司でもあり親とも言える存在だ。
あの時……絶望の底にいた俺を救いあげてくれたのは彼だった。
命の恩人と言っても過言ではない。
そして、その隣に立つ栗色の毛の女性は《青霧》副隊長の
柊羽さんと同じく俺の上司であり、育ての親。
二人は弱くて無力だった俺をここまで育て上げてくれた。
二人にはとても感謝している。
俺が感傷に浸っていると、柊羽さんが口を開いた。
「そういえば、お前に長期の任務を与えたいんだ」
「長期の任務?」
俺が聞き返すと、柊羽さんは“そうだ”と言う。
別に長期の任務は特別珍しい訳でもない。
かといって多くもないが、それなりの数はこなしてきた。
ある時は機関に潜入したり、またある時は外国にある異能都市にも行ったことがある。
今更驚くような事ではない。
「受けてくれるか?」
「はい。勿論です」
元より俺は柊羽さんの言うことに反対など出来ないししたくもないからな。受けるのは当たり前の事だ。
今回の長期任務はなんだろう。また外国へ行けばいいのか?
「そうか! なら『蒼炎』に命ずる。任務の内容は至極簡単、学校へ行け」
……ん?
「えっ、えぇぇええ?!」
「おい、うるさいぞ」
俺が大きな声を出すと、柊羽さんがジトっとした目でこちらを見る。
いやいや急にそんな学校行けなんて言われても……
「でも、なんで今更? 俺は小学校以来どこにも通ってなかったし、それにもう勉学はあらかた完璧ですよ?」
柊羽さん達が俺に勉強や体術などを叩き込んでくれたお陰で、俺はもう学校に行く必要はない。
一般人は将来学歴云々が重要になってくるが、俺は生涯この《青霧》で働くと決まっているのでその心配もないのだ。
……なら、なぜ?
「ここ最近異能学園の生徒が行方不明になる事が多いんだよ。特にこの近くの第一異能学園でな」
「ああ、つまりは極秘裏の護衛と真相究明の任務って事ですか?」
「おう、そうだ。龍真は察しが良くて助かるな」
なるほど、な。
頻繁に起こる未成年の行方不明案件、か。
俺は数年前の事を思い出し、苦い顔をする。
「分かりました。全力で務めさせていただきます」
「おう、助かる」
─────かくして俺は、晴れて第一異能学園に通うこととなった。
入学当日。
俺は柄にもなく緊張していた。
広大な体育館の中に、数百人の新入生と1000人あまりの在校生が並べられた椅子に座っていた。
椅子は人数分ぴったりなのか、全ての席に人が座って……いなかった。
俺のクラスの椅子に一つの空席、在校生二年生の所にも一つの空席があった。人が所狭しと座っているからか、空席が異様に目立つ。
それにしても、その二人は新学年早々に遅刻か?
結局その二人は生徒会長のスピーチが終わっても、学園長のお言葉が終わっても、その場に現れることは無かった。
入学式が終わったあと、各々の教室に行くように言われた。
クラス表は入学式の前にもう見てあるので、俺は迷いなく自分の教室へと向かう。
席は自由らしい。
とりあえず窓際の一番後ろに座ろう。
クラスの皆は何故か俺を遠巻きに見ており、結局ホームルームが始まっても俺の隣の席には人がやって来なかった。
……何故だろう。どこか変か? 俺。
ホームルームが始まって10分、教室の扉が大きな音を立て開く。
皆がその音にびっくりしている時、俺だけが冷静だった。廊下に響く足音が聞こえていたから、このことは安易に予想が着いていたのだ。
教室に入ってきたのは背の低めな少年だった。
ふむ、俺の目算だと彼の背は165cm足らずといった所か。
特徴的なのが左耳についている地味な紅のピアスとブレザーの下の灰色のパーカー。
なんでもこの学校は自由な校風らしく、ある程度の制服の気崩しは黙認しているらしい。
だが入学初日から気崩してくるような肝を持った者は流石にいない。
初日から遅刻に制服の気崩し。度胸があるのか空気が読めないのか……。
取り敢えず、俺の隣の席だけが空席なので、彼が俺の隣人になるようだ。
「おっ! イケメンだ。これからよろしくな!」
彼は、席に座ってすぐに俺に話しかけてきた。
最初は誰に話しかけているのか分からなかったが、俺の方面に俺以外人はいない。つまり俺に話しかけているのか。
でも、イケメンってなんの事だ?
「お、おう。よろしくな」
俺に話しかけている事は間違いないので、少し戸惑いながらも返事を返す。
そういえば、同世代と話したのは何年ぶりだろうか。
三奈月弥生と名乗った彼はこちらにニカッと笑いかけた。見る者も楽しい気分になるような朗らかな笑みだ。
……少し、羨ましいと思った自分を胸の内に隠した。
教室を出ようとすると、彼の幼馴染みだと言う人物が来た。
青髪をオールバックにしている青眼の青年だった。背は高めで顔もかなり整っている。
因みに弥生は比較的普通の顔だが、よく見ればその顔は少し可愛らしい造りをしている。
それにしてもそんなモテそうな人がいたならもっと入学式で目立つ筈だ。
それなのに一度も目にしてないと言うことは、もう一人の遅刻者は彼なのだろう。
その後、もう一人の弥生の幼馴染みが来た。
黒目に黒髪ロングでぱっつんお姫様カットの美女。
そういえば朝見たな。……確か、生徒会長だ。
二年生女子にして生徒会長という立場まで上り詰め、学園最強とまで呼ばれているらしい。
弥生は凄いな。こんなにハイスペックな幼馴染みを持つなんて。
俺の幼馴染みは……10年ほど前に亡くなってしまっている。
……不幸な事件だった。
と、そこで俺は嫌な記憶を振り払い、弥生と共に寮へと向かった。
二人揃って豪勢な寮に呆然としつつ、部屋の場所を聞く。
……俺は最上階だった。
弥生が10階だという事から察するに、贔屓か。
そういうのはいいって前もって言っておいたんだがな……。
少し嫌な気分になったが、それはもう気にしないことにしよう。
弥生とエレベーターで別れた俺は、最上階の自室へと向かった。
なんでも俺の部屋は空間付与の異能を持った《青霧》隊員が取り付けたドアが設置してあり、いつでも《青霧》本部に行けるそうだ。
ありがたい。ありがたいが……最上階はちょっと勘弁して欲しかった。
だが。
久々の学校生活。久々の友達。
俺は自分の心が弾んでいるのを感じた。
今までの戦場とは違う。
これまで対峙してきた穢れた命はここにはなく、無垢な命ばかりがこの異能学園に存在している。
俺が、この平穏な
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