第14話 年が明けたら告白だ

 平日は船を撃ち、週末はデモに立つ生活が続いた。

 先輩からは荒事になる可能性を予告されていたけれど、ひとまずここまでは何事もない、平和なデモだった。プラカードを持って、リーダーの言葉を復唱しながら、ある地点からある地点まで歩く。あるいは、一箇所に立ち続ける。通行人は目を逸らし、警察官はじっと見てくる。ただそれだけ。悪態も石も何も飛んでこなかった。

 先輩の頼みだからというのと、金のために参加したわけだから、何事もないに越したことはない。それにしても少し拍子抜けした。何のリアクションも来ないから、何かと戦っているという感覚がない――という意味では、平日のバイトと似ている。平日は一方的に撃つだけ。週末は一方的に叫ぶだけ。簡単でいいのだけれど、若干の虚しさもある。

 乾いている。

 金さえもらえればそれでいいと割り切りながら、人の反応に飢えている。罵倒なり反撃なり、本当に来たら困るくせして、それが欲しい。何の手応えもなしに何日も何週間も過ごしていると、バイト代という名の餌をもらうだけの家畜になったような気がしてくる。

 自分が人間であることを思い出すのは先輩と寝る時だけ。それも心なしかマンネリ化してきている。初めての時はあんなに感動したのに、なんて浅ましいんだろう。お互いに工夫が足りないような気がするのだけれど、さすがに面と向かってそんな話はしにくい。

 カビ臭い綿入れのような閉塞感を身に纏ったまま、年末を迎えた。


 ◆ ◆ ◆


 僕と先輩はこたつに入ってそばを手繰りながら、立てたタブレットで紅白を見ている。

 飢虎というバンドが出てきた。聴き覚えがあるなと思ったら、青い髪の彼が教えてくれたバンドだ。「聴いてみます」なんて言ったくせに、検索もしないまま忘れていた。こんなに売れていたのか。音楽は基本、古い曲しか聴かないから、情勢に疎い。

 今頃、彼はどうしているだろう。物価も税金も上がった世の中で、音楽を続けているのだろうか。


(そうだとしたら)


 すごく励まされる。ぜひそんな人間が存在していてほしい。家と職場を往復するだけが人生ではないと、そうではない人生が送り得ると、証明してほしい。

 たった一度話しただけの、名前も知らない相手の、知りようもない今を勝手に想像して、少し目が覚めた。

 年が明けたら、先輩に告白しよう。彼氏とどうなっているのか聞いて、そちらとまだ切れていないなら別れてほしいと言おう。

 残り1時間弱。

 結果がもし悪いほうに転んで、先輩と二度と会えなくなるとしても、それはそれで構わない。いや、構わなくはないが、仕方ない。この張り合いのない暮らしが続くよりはいいはずだ。

 しょーもないMCや演歌を聴きながら、決意を固める。実家を出ようと決めた時も、撃ち方に転属願いを出そうと決めた時もそうだった。あれこれ迷っても仕方がない。閃きに身を委ねれば前進できる。

 しかし今度の閃きは、実行できなかった。

 画面上部に「速報」の文字。


「▪️▪️県▪️▪️市で爆発。少なくとも6人けが」


 大御所の歌が中断されて、キャスターに切り替わる。

 それから現場ヘリの映像。

 炎に包まれているのは、


(あれは)


 見慣れたビル。いつもあそこの地下でバスに乗る。


「よし」


 と、先輩が言った。


(え?)


 この映像を見て、今、先輩が「よし」と言ったのか?

 なぜ?


「尾瀬くん」

「何ですか」

「次、あれやらない?」

「あれ、とは?」

「やったの、私たちなんだ」

「だから、あれって何ですか」

「あのビルは悪人たちの砦」

「……」

「主戦派の根城の一つ。戦争に賛成するどころか、もう戦闘行為を始めてたって情報もある。信じられないよね、そんなのが今まで放置されてたなんて」

「……」

「最初は普通に、法の下で裁いてもらおうとあちこち働きかけてみたんだけどね。何か聖域? っぽくて、どう頑張っても誰一人動いてくれなかったの。だから、私たちが裁いた」

「大丈夫なんですか」

「何が?」

「先輩、捕まりません?」

「かもね。君が110番すれば私は逮捕されるかもしれない」

「デモに誘ってくれた時、『戦争反対のために戦争してどうすんのよ』って言いましたよね」

「言ったね」

「戦争してるじゃないですか」

「もうこれしかないんだよ。状況がいかに切羽詰まってて手詰まりか、君は体験してないからわからないかもしれないけど」

「……」

「デモは君も体験してる。正直、虚しくない? どんなに声を張り上げてもガン無視じゃん。少し前はまだ手応えがあったんだけど、ちょうど君が入った頃からシカトされるようになったんだよね」

「それで、爆破ですか」

「他にどんな手があるか具体的に言ってごらん。『話し合い』ってのは無しね。どんな内容を、いつ、どこで、誰に向かって、誰を後ろ盾にして話せば戦争を止められるのか、君に案があるなら聞かせてもらおう」

「……」

「意見を表明するだけなら誰にでもできる。国を動かすには、選挙に当選した人物に動いてもらわないと無理。そういうシステムだから」

「爆破テロで戦争が止まるんですか」

「止めるんだよ。何が何でも。本当に悲惨なことになる前に」

「……」

「次の標的はもう決まってる。協力してくれない? もちろんバイト代は出すよ」

「気になってたんですけど、そのお金どこから出てるんですか」

「主に寄付だね。これも大変なんだよ。駆けずり回って頭下げて」


 抱かれることもあるんですか。

 言おうとして、やめた。

 どうせあるんだろう。

 先輩ほどではないけれど僕の勘も結構当たる。


 正解です。

 と言わんばかりに除夜の鐘が鳴った。

 テレビでは現場中継が続いている。


「あけましておめでとう」と先輩が言った。


 革命戦士になって、先輩と結婚する未来を想像した。

 それはそれであり得そうな気がする。

 でも僕は、この人の何が好きだったんだっけ。

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