第15話 終わりが始まる1週間
正月明けの月曜日、地元のスーパーが開店しなかった。シャッターには貼り紙もない。皆、不思議そうに横目で見ながら通り過ぎていく。少し離れたコンビニに行ってみると案の定混んでいた。
火曜日、「金返せ」とスプレーで落書きされたシャッターを見て、夜逃げだと確信した。
水曜日にはテレビが来た。取材班を遠目に見て、インタビューをされては面倒なので、別の道へ回った。
木曜日、全国で食糧の買い占めが始まった。夜逃げした店は地元では誰もが知っている店だが全国チェーンではない。わずか4店舗の小規模チェーン。にもかかわらず「スーパーが夜逃げ」という事実が大衆の不安を煽り、火をつけた。
大晦日の爆破テロと何か関係があるのかはわからない。きっと関係はないのだろう。でもこういうことはある日、堰を切ったように始まってしまうものだ。
金曜日には巨大台風の前日であるかのように、コンビニの棚から物が消えた。フリマサイトでは米5キロの平均価格が1万円を突破。報道は「買い占めはお控えください」と繰り返すけれど、もう遅い。電池やガス缶も値上がりを始めた。
普通の人が普通の状態で「買い占めはお控えください」と言われれば9割の人が従うだろう。でも今は非常時の気配が立ち込めている。お控えくださいという呼びかけが逆に人々を買い占めに走らせている。
マスゴミいい加減にしろ――という主旨のツイートがバズっていたが、それも結果的に買い占めに結びついているという意味においてはマスコミと変わらない。国民の「関心のあること」を伝えて視聴率を稼ぐのがテレビ、共感を集めて承認欲求を満たすのがSNS。誰もがピタリと口を閉ざせば避けられたパニックかもしれないけれどそんなことはできるはずがない。
ましてや食糧だ。漫画やゲームはなくても生きていけるが、食べるものないと人は生きていけない。
混乱は土日まで続いたが、翌月曜日には少し落ち着いた。トイレットペーパーやマスクと違って、食糧は際限なく貯め込めるものではない。消費期限が存在し、各家庭の冷凍庫にも限界がある。
それなりの備蓄ができたことに加え、食糧がまた店頭に並ぶのを見て、みんな少し安心したんだろう。しかし転売屋がしつこく買うせいか、米や乾パン、缶詰の品薄は続いた。
◆ ◆ ◆
この間、つまり正月から二度目の月曜日まで、鬼嶋先輩とは連絡すら取れていない。いつも無意味なスタンプを送ってくる先輩が押し黙っている。食糧大丈夫ですかと一度送ったが、既読スルーされた。
「YESと言ってくれないならもう君に用はないよ」
そう言われている気がした。
僕が告白して返事をもらうはずだったのに、逆になってしまった。
すでに何隻も船を沈めている僕が、どうして迷っているんだろう。人を殺して給料を貰う――今までもずっとやってきたことだ。もしかして僕は「主戦派」なのか? いや、そうであるならたとえバイトでもデモに立てるはずがない。
自分の体を使って爆弾を投げたり仕掛けたりするのが怖いのだろうか? 顔も見えない距離から狙撃するのとは違うから?
監視員をやっていた頃は「撃ち方とは違う」と思っていた。でも実際にやってみたらさほど変わらなかった。きっと爆弾を使うのも大して変わらないだろう。たぶん、監視員を始めた時からもう殺人は始まっていたのだ。
今さら殺し合いが怖いわけじゃない。
とても残念だけれど。
先輩のことが嫌なのだ。
自分をエサにすれば釣れると思っているのが気に入らない。
もちろん、釣れる。マンネリなんて言っていたのに一週間も先輩の肌に触れないともう神経がささくれ立ってきて、自慰をしても腹の底に澱のようなものが残る。今すぐにでもあの身体に触れたいと、確かに思っている。
だからこそ嫌だ。
やり方が汚い。
これまでもそうやって、自分の顔と体を使って仲間や資金を集めてきたのだろう。目的のためなら手段を選ばない――活動家(?)としては立派なのかもしれないけれど、僕は好きじゃない。好きだったからこそ。
役者時代、先輩に振り回されるのは本当に楽しかった。それに、去年は先輩のことがきっかけで実家を出た。でもそれは自分の意思で決めたことだ。コントロールされるのは御免被る。
(暖かくなって、世の中が落ち着いたら、また山にでも行こう)
道具を処分しないで良かった。こんなに早く、また気が向くことになるとは。
先輩のために買った食器や座椅子は、別にあって困るものでもなかったけれど、処分した。リサイクルショップで1100円になった。今やわずかな現金も侮れない。デモのバイトに行かなくなった分、収入が減った。まだ残高は100万以上をキープしているものの、今後どうなるかわからない。
爆破テロ直後、正月三が日は撃ち方の仕事も停止になり、このまま仕事がなくなってしまうのかと肝を冷やしたが、新しい本部の場所の連絡が来て胸を撫で下ろした。でも、先輩は「次の目標は決まってる」と言っていたし――そう言えば僕が先輩に爆殺される可能性もあるのか――大晦日のテロで世間の注目を浴びたから、この仕事がずっと続けられるとは考えないほうがいいだろう。
とりあえず土日で掛け持ちできる仕事を探すか……と考えながら新本部の廊下を歩いていると、ポスターの文字が目に飛び込んできた。
「殉職者一覧」
「報復隊、志願者募集」
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