第4話 ドキドキ家具屋デート

 1k、家賃5万2千円の部屋を契約した。風呂・トイレ別の条件で探したから5万を回ってしまったが、今までより7駅分バイト先に近くなり、家から駅までの道のりも15分かかっていたのが5分になった。

 逆に言えば、たったそれだけしか実家から離れていない。往復で1時間ばかりの節約のために毎月5万2千円と光熱費その他を支払うなんて馬鹿げているかもしれない。

 けれど、僕はこれでいいのだ。自分で決めたことだ。バイトで貯めた金で、バイト先に近い部屋を借り、バイトに通う。虚しいだろうか? とんでもない。

 かなり長い時間、演劇なんていう虚構を追っていたから、ただ生活をするという行為がとても尊いものに思えている。


 ◆ ◆ ◆


「じゃ、君のセンスを見せてもらおうか」

「先輩が持ち前のセンスで選んでくれるんじゃないんですか?」

「いやいや、そんなこと言ってないじゃないか。私は君が選んだものを見て『へ〜』とか『ふ〜ん』って言うだけ」

「楽しそうですね」


 引っ越しの一週間前、家具屋に鬼嶋先輩がついてきた。一緒に家具を見るなんて、誰の目にも、これから同棲を始めるカップルと映るだろう。

 先輩は、子供部屋おじさんとからかったせいで僕が無意味な一人暮らしを始めた――と、責任を感じているらしい。そのお詫びのデートというわけだ。ノリと勢いで生きているように見えて、案外繊細なところがある。


「お、いいじゃんアレ。買いなよ」と、先輩が指差したのは、生ゴミを肥料に換える特殊なゴミ箱であった。

「料理もガーデニングもしませんよ」

「え、料理しないの?」

「やるべきですか?」

「高くつくよ、自炊せんと」

「でも、一人暮らしだと逆に金かかるって言いません? スーパーの半額弁当狙ったほうが安いって前に吉田さんが言ってました」

「あ〜、まぁ確かに、一人だと食材使い切るの大変だからねぇ」

「というわけでアレは却下です」

「でも慣れたら絶対自炊のほうが安いよ」

「まぁ、おいおい検討します」

「OK。じゃあ次はシステムキッチンを見ようか」

「だからおいおいですって」

「私がちょっと見たいのさ」

「了解です」


 先輩はよく作った料理の写真をSNSに上げている。昨日はイカスミのパスタと小エビのサラダで、誰かに「サイゼかよ」と突っ込まれていた。

 僕らはよく二人で飲みには行くけれど、さすがに手料理を振る舞ってもらったことはない。

 僕と彼氏とで、何が違うんだろう。同時にアタックして僕がフラれたわけじゃない。意識し始めたちょうどその頃、彼氏できたぜと自慢された。単純にタイミングの問題で、僕が先に告白していたら彼女になってくれたのだろうか。

 キッチン関係を一回りして、先輩が満足げに言った。「さて、今日は何を買いにきたんだね?」


「あ、特に決めてないです」

「なぬ?」

「一人暮らしって何が要ります?」

「結構イイカゲンな奴だな君も」

「先輩の受け売りですよ」

「じゃあ、今の部屋にあるものをそのまま持ってくとして、ないと困るものを考えてみたまえ」

「えーと……」


 ベッドはある。ちゃぶ台と座椅子もある。本棚もある。


「……冷蔵庫と電子レンジですかね」

「掃除機と洗濯機は?」

「それもです。エアコンは部屋についてました」

「つまり家具じゃなくて家電だね?」

「そうだったみたいです」


 本当にイイカゲンな奴だなあと言って先輩は笑ってくれたが、僕はちょっと笑いがヒクついた。

 北欧風のインテリアなんか眺めている場合じゃなかった。そうか、家電を買わないといけないのか。どうしてこんな当たり前のことを見落としていたんだろう。

 100万貯まった達成感からの子供部屋おじさん煽り、からの自立決意。気持ちの浮き沈みに揉まれて視野が狭くなっていたのかもしれない。自分の世話を自分でするということについて、もっと具体的にイメージしてみるべきだった。

 家電量販店に移動して、先輩にアドバイスしてもらいながら、諸々買い揃えた。


・冷蔵庫 38900円

・電子レンジ 18900円

・電気ポット 16800円

・掃除機 14900円

・洗濯機 33500円

・ピンチハンガー 2980円


 合計、125980円。税込で151176円。

 不動産屋への仲介手数料が64000円、引っ越しが36000円。

 100万あった貯金は一気に75万を割った。


「いやあ、他人がバンバンお金使うのを見るのは気持ちがいいね」


 先輩が煽ったせいじゃないですかと、危うく言いそうになった。

 違う。先輩のせいじゃない。決めたのは自分だ。先輩に馬鹿にされたのが悔しいとか、先輩に感心されたいとか、鬼嶋先輩にまつわる感情が大いに絡んでいたにせよ、彼女には何の責任もない。

 約25万円。1ヶ月分以上の稼ぎが一気に飛んだ。

 でも、考えてみれば所詮1ヶ月と少々か。だったら問題ない。すぐ取り返せる。僕にはバイトがあるのだ。

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