第8話

 「――何故、葉子を手放した。あんな、使える駒を」

 蔦野はそう言って、瞳に宿した光を強めた。

 蔦野は、実力主義者だった。故に力の無い者には厳しく、フクロウを護衛として売る頻度も、かなり高かった。――そんな蔦野も、葉子の事は評価していたのだ。

 「葉子は強い。男の上位陣には及ばないが、女であれだけの強さを持っているのは稀だ。フクロウは真っ向から勝負を挑む戦士ではない。騙し惑わし生じた隙に息の根を止める暗殺者だ。女の方が有利な場面も多い。――それなのに何故、そんな愚かな事を」

 蔦野にとって梟会は唯一の居場所であり、人生だった。厳しい評価でフクロウを売りすぎた事から福の巣の担当を外されてしまったが、それでも彼は、梟会の利の為に、福の巣の動向を見逃さなかった。

 白木は、蔦野から目を逸らすと、窓の外へ目をやった。外は既に暗い。応接間の灯りが明るい事もあり、窓に映るのは室内の景色だけに思われたが、白木はたしかに窓の外を見ているようだった。

 「――ロゼット植物というものを知っていますか」

 ふいに白木は口を開いた。蔦野は白木の意図が分からず、ぽかんとする。白木は窓外を見つめたまま続ける。

 「葉が放射状に、地面にへばり付くように生える植物の事です。日射で温まった地面の熱で、光合成が盛んになる、という利点のあるものですが」

 言って、白木は目線を蔦野に戻し、続ける。

 「背の低い植物なので、周りに他の植物が多く生えている場所では、背伸び競争に負けて、生存できないんです――――日陰では、生きていけないんです」

 そこまで聞いて、蔦野は意図を理解した。そして、嘲笑する。

 「葉子が周りの背伸び競争に負けると?馬鹿馬鹿しい。場合によっては、葉子は咲也以上に価値がある」

 「言い方が悪かったですね・・・。これは葉子の実力でなく、性根しょうねの問題です。あの子は、心の底では人殺しを嫌がっている」

 「最初から殺人が好きな人間などいるものか。梟会は、その抵抗をなくす為に仕込んでいく。あの子も最初は人殺しを嫌がったろうが、慣れていくにつれその抵抗もなくなった。今では立派な殺し屋だ」

 「慣れでどうにかなる子も多くいますが、葉子は違います。性根が、もう駄目なんです。今までは彼女の高い実力と慣れでどうにかなってきましたが、ここを退所したらもっと危ない仕事を任されます。彼女は人を殺す時、僅かな迷いがあるのです。その一瞬の迷いが、この先は通用しなくなるでしょう――もう、日陰では生きていけません」

 蔦野は、わざとらしく鼻で笑う。

 「そんな綺麗事が罷り通るものか。それを言ったら、葉子以外にもそういう者がいるんじゃないのか?葉子以外はどうでもいいのか?」

 「それこそ綺麗事ですよ。私が今回の依頼で葉子を差し出したのは、葉子が一番最適だったからです。あの清崎財閥の養子になって、御曹司を護衛するのですよ?売上金は一括とはいえ相当な高額頂きました。――それに」

 白木はにっこりと笑って、続けた。

 「大財閥とのパイプはあった方が、こちらも有利でしょう?」

 それを聞くと、蔦野は厳しい姿勢を和らげ、呆れたように呟いた。

 「・・・タヌキが」

 

 大人しく帰っていった蔦野を見送り、白木は一息ついた。

 ――どうにか、誤魔化せたか――

 白木は梟会にくる前は、ある暴力団にいた。そしてその暴力団と当時から懇意にしていたのが、清崎だった。白木は仲間に嵌められ、命の瀬戸際に追い込まれた際に、清崎に救われたのだ。――任侠の心を持っていた白木は、その恩人の御曹司を救う事で、義理を果たそうとしたのだ。

 だからと言って、先程述べた言葉も決して嘘ではない。そうでなければ、わざわざ養子として送り出してはいない。

 白木は、外の暗闇に目を向けて言った。

 「立つ鳥、後を濁さず・・・葉子、しっかり羽ばたいていきなさい。己の、本当に望んでいる世界へ」



 同時刻。

 疎らに煌めきはじめた星空の下、葉子は涼太を誘拐した車をけていた。目標を目で追いながら、音もなくを駆ける。普通に道路を走っていては追いつけないからだ。

 この日葉子は、完全武装で学校に来ていた。スカートの下の太ももとシャツの下の腹囲に巻かれているバンドの背中側には、シースに収められたダガーナイフがあり、制服の改造された内ポケットには、左右合わせて12本のスローイングナイフがある。靴は一見ただのミリタリーブーツだが、つま先に刃が仕込まれている他、左右に一本ずつ小ぶりなナイフが入っている。

 慣れ親しんだ、仕事道具たち。しかし、いつも通り――殺す為にそれらを振るう事はできない。

 出来るだろうか。敵は何人いるのか分からない。女の私が、殺さずに相手全員を無力化するなど――。そこまで考え、軽くかぶりを降った。

 ――出来るのか、じゃない。やるんだ。これは仕事なのだから。殺さずに敵を無力化し、御曹司を救い出す!――

 葉子は喝を入れ、目標えものに再び意識を戻した。




 涼太を誘拐した車はどんどん郊外へ出ていき、やがて寂れた廃工場に辿り着いた。

 涼太はナイフで脅され、廃墟の中のそこそこ広い空間に通され、椅子に座らされた。手首をロープで拘束されながらも、冷静に分析する。拐った男達は、全員で五人いた。男達は皆体格が良く、格闘技をやっているようだった。その上、内二人は拳銃まで持っていた。

 涼太は、唇を噛みたい気分だった。ここまで本格的に誘拐されるとは思っていなかったのだ。――それは、彼がまだ、清崎の抱える闇に浸りきっていない証拠なのかもしれない。

 それでも、このままおめおめと被害者でいるつもりはない。涼太は、何やら段取りを話しているらしい男達とその周囲に目を向ける。廃墟の中に明かりはなかったが、差し込む月明かりのおかげでそれ程暗くはない。何か、ロープを切る物は無いか、気を引ける物は無いか、拘束を解いてもらう方法は無いか――――。思考を巡らせた、その時。

 ふいに、小さな呻き声が聞こえた。

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