第49話


 鏡に映った見慣れない自身の姿に、紅葉は何度も違和感を覚えていた。


 今日は紅葉の誕生日の前日で、彩葉の家で誕生日を祝ってもらうことになっている。

 

 中学生以来の黒髪に、薄い化粧。

 カラーコンタクトは外して、特徴的である三白眼が印象的な紅葉の素顔。


 少しでも彩葉の家族に良い印象を抱いてもらいたくて、ありのままの格好で出向くことにしたのだ。


 服は持っている中で一番丈が長いスカートを履いて、爪だって短く切りそろえている。


 派手な化粧を取ってしまえば、紅葉はどこにでもいる平均的な顔立ちをした女の子で、不良だと恐れられるような威厳は無くなってしまう。


 今まではそれが怖かった。

 弱く傷ついた心を、これ以上傷つけられないために、周囲を遠ざけるために、派手な鎧を纏うことでしか自分を守れなかったのだ。

  

 だけどもう、そんなものは必要ないような気がした。

 

 恋人の大切な人に好かれるためであったら、失っても構わないと思えてしまう。


 もう、鎧をまとわなくても紅葉は大丈夫だ。


 待ち合わせ場所である森ノ木公園へ向かえば、約束時刻の十分前だというのに彩葉はすでに到着をしていた。


 ドキドキしながら声を掛ければ、驚いたように彼女は目を見開いた。


 「え、めいちゃんだよね……?」

 「うん。変かな」

 「全然、そっちもすごく可愛い」


 側から見れば、絶対に化粧をばっちり決めた紅葉の方が可愛いと思うだろうに、彩葉だったらそう言う気がしていた。


 真っすぐな目で、どちらの紅葉も受け入れてくれると確信出来ていたのだ。


 夏休みに一度訪れた彩葉が暮らす戸建てに到着をして、紅葉は緊張で胸がはやっているのが分かった。


 大切な人の両親には絶対に嫌われたくない。来客としての最低限のマナーは色々と下調べしたとはいうものの、やはり緊張は拭えなかった。


 「めいちゃん、大丈夫だよ。私が女の子好きで、初恋がめいちゃんだってことも、皆知ってるから。むしろ、私の恋が実ってすごく喜んでるの」

 「けど……実際話したら、どう思われるのか……やっぱり怖いよ」

 「……じゃあ、言い方変えるね。私が見込んだ女の子だもん。正義感が強くて、見て見ぬ振りができないヒーローみたいに素敵な女の子を、嫌いになる人なんていないよ」


 安心させるための彩葉の言葉が、緊張で小さくなっていた心に染み渡っていく。

 

 それはこっちのセリフだと言い返せば、嬉しそうに彼女が頬を緩めた。


 「じゃあ、入ろっか」


 扉が開いて、彩葉の後に続いて中に入る。「めいちゃん来たよ」と彩葉が声を掛ければ、中から母親と思わしき女性と、綺麗な女性が出迎えてくれた。

 

 姉がいると聞かされていたが、確かに顔立ちが彩葉に似ている。


 「いらっしゃい、めいぷるちゃん」

 「お邪魔します。鈴木紅葉です。今日は、呼んでくれてありがとうございます」


 緊張で、声が震えてしまう。

 そんな紅葉を安心させるように、二人は彩葉そっくりに優し気な雰囲気を醸し出してくれた。


 「はじめまして、姉の紗彩です。今日はいっぱい美味しいもの食べようね」

 「ゆっくりしていってね。丁度いま出来たから、早速食べましょう。彩葉、洗面所に案内してあげて」


 いつも紅葉の手を引いてくれる彼女は、この家族の中では末っ子なのだ。


 彩葉のしっかりした雰囲気は長女っぽいというのに、かなり意外性があると思ってしまう。


 手を念入りに洗ってから、彩葉に連れられてリビングへと足を踏み入れる。


 大きなダイニングテーブルにはグラタンやキッシュなど、沢山のご馳走が並べられていた。


 きっと彩葉の家ではこれが普通なのだろうけど、あまりの多さに驚いてしまう。


 紅葉の家では誕生日なんて合ってないようなもので、おめでとうという言葉さえ掛けてもらえなかった。


 席に着けば、取り分けられたご馳走が乗ったお皿を渡される。

 どうやら、水野家では誕生日の主役には全て取り分けてあげるのが決まりらしい。


 「じゃあ、食べようか。めいぷるちゃんお誕生日おめでとう」

 「いっぱい食べてね。おかわりも沢山あるから」


 ありがとうございますとお礼を言った後、いただきますと言葉を口にしてから料理を食べ始める。


 和やかな雰囲気に、美味しい料理。

 きっと、これが世間一般的な家庭の風景なのだろう。


 会話が繰り広げられて、時折笑いが起こる。

 紅葉の知らない、普通の家庭の日常なのだ。

 

 料理をあらかた平らげた後は、彩葉の母親が大きなバースデーケーキを冷蔵庫から運んできてくれた。


 ホールの苺ショートケーキで、中心には『めいぷるちゃん、お誕生日おめでとう』とホワイトチョコペンで描かれたチョコプレートが飾られている。


 ろうそくを指してくれて、てっぺんに火をつけた後、部屋の電気が消される。

 暗い室内にろうそくの灯りがゆらゆらと煌めいていて、それが酷く綺麗だと思った。


 「ハッピバースデートゥーユー」


 彩葉がバースデーソングを歌い始める。

 それに釣られるように、紗彩と彼女たちの母親も口ずさみ始めた。


 「ハッピバースデーディアーめいちゃん」


 こんなに優しい世界を、紅葉は知らない。


 ずっと、焦がれていた普通の幸せ。

 おめでとうと言ってくれる人がいて、紅葉の誕生日を祝ってくれる。


 どうして、彩葉の家族が誕生日会を開いてくれると言い出したのか、ようやく気付く。

 

 紅葉と会いたいというのは勿論のこと、きっと彩葉が話してくれたのだ。


 紅葉の過去と、誕生日を祝って欲しかったと涙した姿を、二人に伝えたのだろう。


 大きく息を吸い込んで、歌が終わるのと同時にろうそくの火を消す。


 途端に拍手が沸き起こり、照れくささと同時に幸福感に満ち溢れる。


 ここにいていいのかという不安は三人の目を見ればすぐに吹き飛ばされてしまっていた。


 喜びがこみ上げて、すごく幸せだというのに、なぜか涙が込み上げそうになってくる。


 それぐらい焦がれていたものを、こうして紅葉にプレゼントしてくれた彩葉には感謝をしてもしきれなかった。


 ケーキを食べ終えてから、暫く四人で談笑が繰り広げられる。


 紅葉が会話に入りやすいように、話題を振ってくれるなど、しっかりと目を見て話をしてくれたため、リラックスして会話を楽しむことができていた。


 時間もかなり経っており、そろそろお開きかと思っていれば、突然彩葉の母親が緊張をした声色で「めいぷるちゃんと二人にさせてくれない?」と言い放つ。


 二人も聞かされていなかったのか、紅葉以上に驚いたような顔を浮かべていた。


 「え、お母さんどうしたの」

 「いいから、あなたたちは席を外して」


 有無を言わさぬ態度に、言い返せなかったのだろう。


 二人が心配そうにリビングを後にしていく。

 彩葉は特に後ろ髪を引かれているようで、去り際に何度もちらちらと視線を寄越してきていた。

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