第42話


 普段通りの授業と文化祭の準備に追われる日々はあっという間に駆け抜けていき、気づけば文化祭当日を迎えていた。


 一日しか開催されず規模も小さいためか、あまり外部の人が訪れる気配はない。


 甚平を着て、紅葉は持ち場であるヨーヨー釣りの接客に励んでいた。


 校内の生徒やその保護者相手に、笑みを浮かべて接客をする。

 まさか、文化祭で普段のアルバイト経験が活かせるとは思いもしなかった。


 立ちっぱなしでも苦痛ではないし、自分の意志とは関係なく笑みを浮かべられている。やはり、何事においても無駄な経験というのはないのだと思い知らされる。


 担当時間は午前中で、午後からはすべて自由時間を貰っていた。彩葉と二人で回る予定で、二人で休憩時間が被るように調節をしたのだ。


 あと三十分ほどで担当時間も終わるため、ラストスパートとばかりに力を振り絞っていれば、「めいちゃん先輩」と声を掛けられた。


 この呼び方をする後輩は、一人しかいない。案の定、そこには中学時代の後輩である東野が立っていた。

 公園での宣言通り、わざわざ足を運んでくれたらしい。


 「甚平可愛いっすね。出し物のクオリテも高いし、羨ましいです」

 「楽しんでいきなよ」


 元気よく「もちろん」と答える東野は酷く楽し気だ。


 てっきり、いきなり部活を辞めた紅葉を嫌っていると思っていたというのに、そんな素振りはまったくない。


 昔のように、ただ純粋に紅葉を慕ってくれているような態度に戸惑ってしまう。


 「東野さ、あたしが急に部活辞めて……その怒ってないの」


 恐る恐る訪ねれば、東野は一瞬ぽかんとした後、考え込むような素振りを見せた。


 しかし、あまりピンとこなかったのか、あっけらかんとした態度で言葉を零し始める。


 「そりゃあ、ショックでしたよ?あたし、めいちゃん先輩に一番可愛がられてたと思ってるんで。けど、理由なしにめいちゃん先輩が部活辞めるとか……そういうことする人じゃないって部の人は皆分かってました」

 「そうなの……?」

 「教師はめいちゃん先輩のこと不良だーってうるさかったけど、あたしはめいちゃん先輩が凄い面倒見良い人だって分かってましたもん。だから怒ってるとかはないです……なんで辞めたのかは、やっぱり気になりますけど」


 まさか、そんな風に思われていたんてまったく気付かなかった。

 周りが全て敵ばかりだと思っていたあの頃、色眼鏡無しで紅葉を慕ってくれていた人も確かにいたのだ。 


 「……ありがとう」

 「え、泣いてるんですか」

 「ちがうし、声でかい」


 軽く小突くふりをすれば、東野がおかしそうに笑い出す。後輩の手前、こみ上げてくるものをなんとか抑え込んだ。


 それから連絡先を交換して、東野は他の出店を回るためにその場を後にした。


 今度どこかに遊びに行く約束をしているため、その時にでも本当のことを話してもいいかもしれない。


 それが、黙ってあの場所を去った紅葉の責任であるように感じたのだ。


 店番の交代の時刻を迎えて、紅葉は甚平姿のまま彩葉のクラスへと向かっていた。


 差し入れを兼ねて何かを買って行こうかと、途中で他のクラスの出店を物色する。

 C組が出店している焼きそばのお店を覗き込めば、かなり閑散としていてお客さんもあまり入っていないようだ。


 「よう、頼むから売り上げ貢献してくれね?」

 「売れてないの?」

 「まったく。B組賑わってるよなあ。羨ましい」


 そう言って辟易しているのは、以前修学旅行の際にともに実行委員を務めた高野紬だった。

 

 あの時に世話になった彼のためにと、彩葉の分と二つ購入をする。


 「まじありがと、大盛にしとくからさ」

 「いいって……そういえば、あんたあの人どうなったの。人妻」


 高野紬の片思い相手には既に好きな相手がいて、おまけにもうすぐ結婚をする予定なのだ。

 気になっていたその後を尋ねれば、彼はどこかすっきりとした顔で答えてくれた。


 「振られたよ。けど、ちゃんと告ったから後悔はない」


 どうやら、きちんと想いは伝えられたようだ。だからこそ、悔いもなく前を向けているのかもしれない。


 真正面からぶつかったからこそ、未練もなく次に進むことができているのだ。


 それから焼きそばを片手にC組を出れば、ばったりと見知った顔と出くわす。


 風紀委員副委員長を務めている彼は彩葉の後輩であり、紅葉も散々世話になったのだが、いつもとは違う彼の姿に紅葉は目を疑った。


 「相川……だよね」

 「そうですが何か」


 不貞腐れた様子で、相川岳はまったく似合っていない女装をさせられていた。


 ガタイのいい相川にノースリーブのワンピースが似合うはずもなく、おまけにスカートから伸びている足は毛が処理されていない。


 何とも中途半端なクオリティな女装姿に、思わず吹き出してしまう。


 「なんで女装?まじうけるんだけど」


 お腹を押さえながら、思い切り笑えば、相川が不機嫌さを露わにした。どうやら彼の意思で纏っているわけではないらしい。


 「笑わなくていいでしょう、僕たちのクラス女装喫茶なんです」

 「でもさ、もっと似合う人いなかったの?」

 「それだと面白くないからって、背の順で後ろから選ばれていったんですよ」


 どうやら、相川のクラスは面白さを重視で人選しているらしい。


 ここまで絶望的に女装が似合わない人もなかなかいないだろうと、ついまじまじ見入ってしまう。他の生徒も同じような出来栄えらしく、色々な意味で話題になっているそうだ。


 「あとで彩葉と行くね」

 「やめてください、来たら怒りますからね」


 絶対ですからね、と念押しをされる。


 尊敬している彩葉に見られたくないのだろうが、看板を持って校内を練り歩いている限りいずれは彼女の目に入るのも時間の問題のような気がしてしまう。


 店の宣伝の意味を込めて相川に歩かせているのだろうが、あのインパクトある見た目は間違いなく効果絶大だろう。


 文化祭の賑やかな雰囲気を味わいながら、紅葉は自分が今とても楽しんでいることに気づいた。


 そういえば、今まで文化祭準備から当日まで、真剣に参加をしたことは一度も無かったかもしれない。


 紅葉が準備に参加をすれば、皆どこか怯えたような表情をしていたため、それがショックで寄り付かなくなっていたのだ。


 文化祭何て面倒くさい、別に参加しなくても構わないと、そんな風に強がっていた。


 「……そっか」


 楽しもうとしていなかったから、今まで楽しくなかったのだ。冷めたふりをして、周囲を馬鹿にして、仲間に入れてもらいたいくせに素直になれずに興味がないふりをした。


 見方が変わるだけで、こんなにも見える景色というのは違うらしい。


 同じ経験をしても、得られる感情も大きく異なるのだ。視点を変えるだけで、こんなにも生きやすくて楽しいということを、紅葉は初めて知った。

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