第41話


 放課後になれば、彩葉の言う通り担任教師から進路調査票が配られた。その紙を受け取ってから、仲の良い二人に恐る恐る問いかける。


 「あのさ、初は大学行くんだよね」

 「おう、国立狙って、就職強い理系に行こうかなって考えてる。俺、物理好きだし」

 「そっか、琉風は?」

 「あたしは子供好きだから、保育士。専門行く予定」


 やはり、皆きちんと考えている。紅葉は一体、何になりたいのだろう。


 漠然とした疑問の答えを探そうと、学校を出た紅葉は近所の本屋さんへ向かっていた。

 

 参考書コーナーへ行けば、大学の過去問題や参考書がずらりと並んでいる。


 今まで、紅葉が勉強をしていたのは彩葉のためだった。


 最初は赤点から免れることから始まり、次第に彼女の喜ぶ顔見たさに勉強に励んでいったのだ。


 じゃあ、彩葉と恋人同士になって、赤点を取ることも無くなった紅葉は何のために勉強をしているのだろう。


 参考書を手に取って、ぱらぱらと捲っても、当然そこに書いてあるのは問題の答えだけだ。


 紅葉が自分自身と向き合わなければ、この答えを導き出すことはできない。けれど、どれだけ真剣に考えても、今の紅葉にはそれが何なのか分からなかった。




 完成予定図を参考にしながら、指示された通りに段ボールに絵の具で色を塗っていく。文化祭までの日数は限られているため、放課後に残れる生徒は居残りで準備をすることになっているのだ。


 紅葉も今日はバイトがないため、他の居残り組たちと一緒に協力をしながら文化祭の準備に励む。 


 紅葉のクラスでは縁日をすることになっていた。綿菓子や輪投げなど、お祭りらしい食べ物や遊びを提供するのだ。


 「できた、これでいい?」

 「めいぷるちゃんありがとう。早いね、しかもむらがなくてきれいだし」


 近くにいた女子生徒に確認をすれば、フレンドリーな雰囲気でお礼を言われる。


 修学旅行の一件以来、紅葉への誤解はかなり解けているようで、今まで話さなかった生徒たちとも友好的に会話をするようになっていた。


 「めちゃくちゃ助かるよ。あ、めいぷるちゃんって甚平とか浴衣着たいとか思う?」

 「浴衣は嫌。甚平だったら、まあ……」

 「本当?じゃあ、一緒に着ない?家庭科室に何着かあって、それ貸してもらえるらしいの」


 どうやら、縁日にちなんで数名の生徒は甚平や浴衣を着ることになっているらしい。


 お祭りらしい雰囲気を少しでも出すための演出の一つだそうで、迷った末に紅葉は首を縦に振ってしまっていた。


 柄にもなく、楽しそうだと思ってしまったのだ。


 それから作業を再開していれば、途中でガムテープが切れてしまったため、紅葉は備品が置いてある事務室へと向かっていた。


 ガムテープと、それから太文字用のカラーペンセットを受け取り、再び教室へと戻る途中。


 彩葉のクラスの前を通り掛かれば、あまり生徒が残っていない教室内に、彼女の姿を見かけて声を掛けた。


 「ねえ、彩葉のクラスって何やるの」

 「展示会だよ。自分たちの小さなころの写真、展示するの」

 「え、それってさ……」

 「完全に親族向けだよね。小学校、中学校、高校の自分の写真をそれぞれ持ち寄ってからそれを並べて、成長を眺めるの。皆やる気ないみたいで」


 確かに、文化祭の出し物はクラスによってかなり熱量が変わってくる。


 紅葉たちが通う高校は規模もそこまで大きくなく、生徒たちの力量に任せているため教師が口を出すことも無いのだ。


 出し物もクラスの実行委員を中心に生徒が決めるため、クラスメイトたちの関係性や雰囲気でクオリティがかなり左右されてしまうのだ。


 「めいちゃんの所は縁日でしょう?いいなあ」

 「遊びに来てよ、あたしも彩葉の成長記録見に来るから」

 「もちろん、ていうか、一緒に回ろうよ」


 そんな嬉しい誘いを断るはずもなく、大きく首を縦に振って見せる。


 それから一言二言会話を交わした後、紅葉は自身の教室に戻って再び作業に熱中していた。


 クラスメイト達と会話をしながら作業をするのは思ったよりも楽しくて、つい時間を忘れて作業に励んでしまう。


 気づけば最終下校時刻を迎えてしまっており、それほど夢中になっていた自分自身に驚いてしまう。


 家に帰ってから、慣れない手つきでカレーを作っていれば、バイト先から初が帰ってきた。


 部屋中にはカレーの香りが立ち込めていて、二人の食欲をそそる。


 料理初心者の紅葉でも、どうやらカレーを作ることには成功したようだ。

 市販のカレールーと、箱の裏に書かれていたレシピの有難さを痛感させられる。


 ローテーブルの上に、カレーを盛りつけたお皿を二つ並べて、初と向かい合って手を合わせる。


 スプーンで掬い取ってから口に含めば、甘口のカレーが味覚を刺激した。


 味はかなり美味しく、今まで作ってきた料理の中では間違いなく成功例だろう。


 こうやって、少しずつ出来ることが増えていくのだ。苦手意識を持たずに、もっと早く取り組めばよかったとすら思えてしまう。


 「そういえば、A組の出し物聞いた?」

 「写真展示でしょ?今日彩葉から教えてもらった」

 「そう……俺さ、それ聞いた時A組じゃなくて良かったって死ぬほど思ったんだよね」


 その言葉に思わず笑みを浮かべてしまう。確かに、写真展示はあまり盛り上がらないだろうし、クラスメイト同士の団結力が深まるとも思えない。


 きっと、クラスの中には彩葉のようにやる気のある生徒もいただろうに。


 「あんまり思い出残らなさそうだよね。お客さんも少なそうだし」

 「そうじゃなくて、俺ら小さい頃の写真あんまりないじゃん……企画した奴、俺らみたいなのがいる可能性考えなかったのかなって」


 確かに、紅葉と初は幼い頃の写真が殆ど残っていない。


 学校の行事に二人の親が足を運んでくれることは滅多になく、旅行などに遠出をした記憶だって無い。


 子供の成長を写真に残す、という習慣が、まったくない親だったのだ。


 当然成長記録のアルバムだってないし、寧ろ紅葉たちにとってはそれが当たり前だった。

  

 「……あたしだったら、今の写真三枚飾るよ。昔の写真は確かに無いけど、今の写真だったらたくさんあるもん……それでいいじゃん」


 スマートフォンの画像フォルダには、日常生活において撮影した写真が沢山収められている。


 学校の休み時間に撮影したものから、どこかへ遊びに行ったときのもの。


 初や琉風、そして彩葉との大切な写真は、皆に自慢したくても見せきれないほど持っているのだ。


 「めい、やっぱ変わったな。いい意味で」

 「それくらい今が楽しいってことだよ」


 そして、紅葉がそんな風に思えるのは周囲の人が紅葉を支えてくれているからだ。


 紅葉を愛して、大切にしてくれているのが分かるから、紅葉も彼らを心の底から愛おしいと思うことが出来る。


 紅葉の力だけでは、こうして変わることはできなかった。皆が支えてくれたから、良い方向に向くことが出来ているのだ。

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