第37話


 それからいくつか跡地を回った後、大型バスは那覇市内にある宿泊ホテルへと到着していた。大ホールにて夕食を食べて、それからは各自部屋で過ごすことになっている。


 「めい。ルームキー貰ってきたよ」


 琉風にお礼を言ってから、二人で割り振られた部屋へと向かう。既にスーツケースは各部屋に届けられており、部屋の中央に二つ並べて置かれていた。

 

 シングルベッドが二つ並べられている室内は、そこそこに広さがある。


 「結構、綺麗。海見えないかなあ」

 「どうなんだろ。けど、沖縄って思ったより海だらけじゃないんだね」


 てっきり、砂浜と海で囲まれた島なのかと思っていたが、まったくそんなことはなかった。勿論、東京に比べたら海はよく見えるのだけれど、大きな建物もあるなど、かなり栄えている。


 沖縄の自然と現代さが上手く融合していて、凄く素敵な県だと、紅葉は気に入っていた。


 いつか、もう少し大人になってから個人的にも旅行で訪れたいと思ってしまう。


 ベットでゴロゴロと寝転がっていれば、窓に張り付いていた琉風が諦めたような声が上げた。


 「見えないんだけど」

 「まじか、けどさ明日泊まるホテルは全部の部屋から海見えるらしいよ。オーシャンビューだっけ」

 「ね。水族館の近くでしょ?」


 宿泊するホテルは日によって違い、明日は北部にある全部屋オーシャンビューのホテルに宿泊するのだ。


 そのため、水族館に行くグループの人たちは荷物と一緒に、大型バスで連れて行ってもらえると聞いていた。


 「二泊三日って短くない?あっという間過ぎ……え、チャンネル少ないんだけど」


 テレビを付けるや否や、琉風が酷く驚いたような表情を浮かべていた。画面をのぞき込めば、番組表に映っているチャンネルは確かに向こうよりも二つほど少ない。


 けれど、沖縄でしか放送されていないオリジナルの番組などもいくつか合って、それが面白くついつい見入ってしまっていた。


 「これ面白いんだけど。東京でもやってくれないかな」


 琉風の言葉に賛同していれば、あっという間に時刻が過ぎてしまっていることに気づく。

 じゃんけんで勝った琉風が先にシャワーを浴びている間、ぼんやりと彩葉のことを考える。


 移動は常にクラス単位だったため、この旅行中一度も彩葉と会話を出来ていない。


 明日はグループごとの班行動で、グループの異なる彩葉とは会話ができる確証がないのだ。


 過去を話すとは約束したものの、いつ話すかを決めていなかった。

 どこか焦りを感じながら、過去を話すことが気掛かりで仕方なかった。




 二日目の朝を迎えて、朝ごはんを済ませた後はお待ちかねの自由行動だ。


 スーツケースを担任に預けてから、紅葉たちはゆいレールを使って国際通りへと訪れていた。


 同じ那覇市内のため交通の便はかなり良い。また、帰りのホテルへの道のりも、国際通りに訪れる班はかなり多いため、集合をした後に大型バスで連れて行ってもらえるらしい。


 国際通りに到着をして、ぶらぶらと街を散策する。周囲を見渡しても彩葉のグループは見当たらず、こんなことならどこに行くのか聞いておけば良かったと後悔をする。


 どうせ一緒に回れないのだからと、意地を張ってしまったのだ。


 お土産ショップを見てから、お昼ご飯を食べ終えて丁度店を出た時だった。聞きなれた声に名前を呼ばれて、背後を振り返る。


 「よ、めいぷる」


 十人ほどの大所帯の中心にいる、紅葉に声を掛けてきたのは高野紬だった。

 

 引きつれているメンバーは学年でもかなり目立つタイプの人たちで、人気者の彼らしい顔ぶれだ。


 「めいぷるたちも国際通りなんだな。まあ一番人気だもんな」

 「うん、なんか美味しいもの食べたりした?」

 「あっちにあるアイス美味かった」

 「あれ、東京にもあるお店だよ」


 正直に答えれば、紬は知らなかったようで頭を抱えていた。その姿がおもしろくて声を上げて笑っていれば、紬と仲の良いグループの女子生徒に声を掛けられる。


 「ねえ、私もめいぷるちゃんって呼んでもいい?」

 「あ、ずるい私も」


 意外と臆せずに話しかけられて驚いてしまう。彼女達からは恐怖は感じられず、紅葉に対する好奇心で話しかけてくれているのだ。


 「去年さ、結構先生たちとバトってたから、怖い人なのかなって思ってたんだけど、たかつむの話聞いてるとそんなことないって言うし。どんな人なのかなって、前から気になってたの」


 紬が、「良い奴だから、声を掛けてみろ」と背中を押してくれたと彼女は説明をしてくれた。


 視線をやれば、得意げに紬はピースサインをしている。謙遜をするのでもなく、偉そうにするわけでもない。


 人から愛されている人間は、やはりそれ相応の理由があるらしいと、紬を見ていると思わされる。


 「勉強もすごい頑張ってるし、実行委員長もちゃんとやってるじゃん。しかも、いつも塗ってるリップ可愛いし」

 「今度おすすめのヤツ教えてよ。めいぷるちゃんのリップとか持ち物、可愛いって言ってる女子多いんだよ」


 素直に褒められて、どこかこそばゆい。だけど、それと同じくらい紅葉のことを認めてもらえているようで、凄く嬉しかったのだ。


 自然と、口角が上がっているのが分かる。


 それから紬たちと別れた後。褒められた紅葉本人よりも、仲の良い二人の方がどこか得意げに喜んでいた。


 「やっと、めいの良さに気づいたか」

 「良かったね、めい。あんたがちゃんとしてたから、誤解も解けてきてるんだよ」

 「うん……だと、いいな」


 二人とも、まるで自分のことのように喜んでいる。紅葉が嬉しいと思うことを、同じように感じ取ってくれる二人の存在が有難くて仕方なかった。


 紬お勧めのアイスのお店には立ち寄らず、奥まった商店街の方へと進んでいく。

 どうやら、地元の人に人気な市場があるらしく、おすすめスポットとして紹介されていたのだ。


 気づけば賑やかな商店街の街道を外れて、少し閑散とした雰囲気の道を紅葉達は歩いていた。同じ商店街の中のようだが、一本道を外れただけで先ほどに比べて人通りが少ない。


 迷ってしまったのだろうと、スマートフォンで地図アプリを起動させて、検索すれば、案の定曲がる角を一本間違えてしまったようだった。


 引き返そうと、踵を返そうとすれば、「あの、そろそろ私たち……」と怯えたような声が耳を掠める。


 あたりを見渡せば、シャッターの閉まったお店が立ち並んだ、特に人気のない場所で、女性が二人絡まれている姿が視界に入った。


 相手はラフな格好をした男性四人組で、囲み込まれて逃げ道を奪われてしまっている。


 おそらく相手は地元民で、更に囲まれている女性が、紅葉のクラスメイトであることに気づく。


 怯えているのか、体を震わせて、俯いてしまっている。体格の良い男性四人に囲まれて、怖くないはずがないのだ。


 「……ねえ、初たち。先生呼んできて。たぶん、集合場所にいるから」

 「は?あんた、まさか行くつもり?やめときなって。女のめいが行っても返り討ちにあうだけだって」


 引き留める琉風の声を無視して、絡まれている女子生徒の元へ足を進める。


 背は高いが、シャツから伸びている手は随分と貧弱だ。


 恐らく、小柄な女性を狙って、背丈で怯えさせて言うことを聞かせようとしているのだ。


 「ねえ、その子達離して」

 「は?おー……普通に可愛いじゃん。この子たちの友達?」


 近づいてくる男を無視して、怯えている女子生徒たちのもとへ駆けつける。

 小刻みに震えていて、見知らぬ土地できっと怖くて堪らなかったのだ。


 「大丈夫?」

 「鈴木さん……」


 紅葉の顔を見るのと同時に、彼女達の涙腺が緩み始める。

 怯えている二人を隠すように背中に隠して、男たちと対峙する。


 琉風と初が教師の下へ駆けつけているだろうが、後どれくらいで助けを呼んできてくれるかは分からない。


 彼女達だけでもどうにか逃がせないかと逃げ道を探すが、この男たちが簡単に解放をしてくれるとは思えなかった。


 「ねえ?君も遊んでくれるの」


 思考を張り巡らせていれば、リーダー格であろう男に声を掛けられる。下品な笑みに、反射で舌打ちをしてしまった。


 途端に、男が表情を歪める。きっと、この男の安い自尊心を傷つけてしまったのだ。


 「邪魔。どいて」

 「あ?てめえ、調子乗ってんじゃねえぞ」

 「顔近い、臭いんだけど。歯磨きしてる?」


 言い返せば、男は更に憤慨した様子を露わにした。

 腕が伸びてきて、掴みかかられそうになる。きっと、一度体を抑え込まれてしまえば、女である紅葉では太刀打ちできないだろう。


 相手に筋力が無いとはいえ、体格差というのはそれだけで不利になってしまうのだ。


 伸びてくる腕と、男の胸倉を咄嗟に掴み取る。

 左足に重心を掛けた後、利き腕を高く上げて肩の位置で止める。


 そのまま体を回転させて、男を背負い投げた。


 しまったと思った時には時すでに遅し。

 場はシンと静まり返り、驚いたような女子生徒達と視線が合う。


 何て言い訳をしようかと考えていれば、「何をしてるんだ!」という怒鳴り声が静寂を切り裂く。


 声は見知った担任教師のもので、走ってきたのか額には汗を滲ませていた。


 その後ろには初と琉風の姿があり、二人とも心配そうな表情をしている。


 けれど、紅葉は内心パニックに陥っていた。

 また、問題を起こしているとでも思われてしまったのだろうか。


 真面目になろうとしても、結局問題児は問題児だと、呆れられてしまうのだろうか。


 いつもそうだった。あの時も、虐められている小学生を助けた時も。

 聞き耳を持ってもらえずに、すべて紅葉のせいにされてしまったのだ。


 気づけば、震える足を動かしてその場から逃げ出してしまっていた。


 背後から「めい!」と呼ぶ声が聞こえたが、無視をして走り出す。


 信じて貰えないことが、紅葉にとっては何よりも怖い事なのだ。

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