第35話


 少しだけ、距離がある道のりを歩きながら、夏には当たり前のように鳴いていた蝉の声が聞こえないことに気づく。

 季節が移ろうように、紅葉の心にも少しずつ変化が訪れて、そうして今に至っているのだ。


 もう、彩葉への想いは紅葉の中でかなり膨れ上がっており、誤魔化すことも見て見ぬふりをすることもできないほどになっている。


 ようやく自信をもって、彩葉に自分も彼女と同じ思いだと告げることができるのだ。


 森ノ木公園に到着してから、ベンチに腰を掛けて彩葉に連絡を入れる。数コールで電話に出てくれて、すぐにこちらに向かうと言ってくれた。


 告白をすることは伝えなかったけれど、恐らく紅葉の緊張したような声色に何かを感じ取ったのだろう。


 緊張から、どこか肌寒いというのに体は火照ってしまっていた。ドキドキとする心の中で、一生懸命に告白の言葉を考える。


 どの言葉が一番彩葉に想いが伝わるのだろうと、考えるが、一向に最善の答えは見つからない。

 そうこうしているうちに、少し息を切らした様子の彩葉が森ノ木公園に現れてしまった。


 「お待たせ、めいちゃん。話って何?」


 レトロ調のワンピースは彩葉に似合っていて、とても可愛らしい。

 愛おしさがぶわりとこみ上げて、それが更に緊張を煽っていた。


 「えっと……あのね」


 それでも、必死に言葉をひねり出す。紅葉の言葉を急かすことなく、彩葉はジッと耳を傾けてくれていた。

 一度深呼吸をして、あの二文字を口にしようとした時だった。


 「あれ、めいちゃん先輩だ」


 突如現れた第三者の声に驚いて、慌ててそちらに視線を寄越す。聞き覚えのある声で、彼女の顔を見るのと同時にすぐに思い出す。


 「東野あずまの……」

 「わー、めっちゃ久しぶりですよね。懐かしい」


 人懐っこい笑みを向けてくる彼女は、中学時代の後輩だ。一つ下で、柔道部の頃よく手合わせをしていた記憶が蘇る。


 「めいちゃん先輩、急に部活辞めてから全然会えなくて寂しかったんですよ?てか、その制服、めちゃ頭いい所じゃないですか。すご」


 はしゃぐ東野とは対照的に、紅葉は自分の心が一気に冷え切っていくのを感じていた。先ほどまでのときめきが嘘のように、心に負荷が掛かっているのが分かる。


 “急にやめた”。やはり、はたから見ればそう思われてしまうのだ。


 期待のエースだったくせに、どうしていきなり辞めたのだろうと、そうやってたくさん噂をされていたことを、紅葉は知っている。


 「じゃあ、私もう行くんで。めいちゃん先輩の所の文化祭行く予定なので、その時また会いましょうね」


 そう言い残して、東野はその場を去っていった。恐らく、偶然通りかかっただけなのだろう。仲の良かった先輩を久しぶりに見かけて、声を掛けてきたのだ。


 「後輩?」

 「うん……中学の時の、柔道部の子」

 「急にやめたって……私も、ずっと何でだろうって思ってたの。やっぱり、私に負けたから……?」

 「違う」


 確かに、紅葉が柔道部を辞めたのは大会で彩葉に負けた直ぐ後だった。しかし、それが柔道部を辞める決定的な理由になったわけではない。


 「言いたくない?」

 「……話すと、ちょっと長くなるから」

 「じゃあ、来週……修学旅行の時に教えてよ。さっき、言おうとしていたことも、全部」

 「うん……」

 「不安な顔しないで?私、何があってもめいちゃんのこと嫌いになったりしないよ」


 優しく手を握られて、先ほどよりも心が軽くなっていることに気づいた。彩葉の言葉であれば、無条件に受け入れて信用したいと思ってしまう。


 口約束なんて一番安っぽい言葉だと思っていたのに、彼女のものであれば信じたいと思ってしまうのだ。好きな人の言葉を、疑いたくないだけなのかもしれない。


 やはり、まだ恐怖は拭えなかった。もし話して、あの頃のように誰にも信じて貰えなかったらと恐怖が蘇る。

 彩葉に限ってそんなことはないと思いたかったけれど、過去のトラウマを克服できていない紅葉には、まだ不安を払拭することができずにいた。

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