第33話


 長い休みのお昼休憩時に職員室に集まったプリントを届けたその足で、紅葉は購買へと向かっていた。

 デザートが食べたくなったため、購買限定のプリンを買おうと思ったのだ。


 もうすでにラッシュの時間は過ぎているせいか、購買内は随分と落ち着いている。プリンはそこまで人気がある商品ではないため、遅い時間帯に来ても大体残っているのだ。


 「あら、プリンの子じゃない」


 購買のおばちゃんには、いつもプリンを購入する生徒として認識され、プリンちゃんという愛称で呼ばれてしまっている。


 それがバレるのが恥ずかしいため、購買に来るときはいつも人が少ない頃に一人で訪れているのだ。


 「ごめんね、今日プリン売り切れちゃったの」

 「え……」

 「意外と今日は売れたのよ。最後の一個も、さっき女の子が買って行っちゃった」


 ショックで少し凹んでいれば、おばちゃんがブルーベリーヨーグルトを差し出してくれた。


 「これ、あげるから。皆には内緒ね」

 「いいの……?」

 「だって、うちのプリン美味しいって食べてくれるのプリンちゃんくらいだもん。みんな不味いって言うのに」


 おかしそうに笑っているが、大多数がそう言うなら改善すべきなのではと思ってしまう。

 紅葉としては今のままでまったく問題ないが、そんなに不評ならどうしていまだ売り続けているのだろうか。


 手渡されたブルーベリーヨーグルトは紅葉がいつも食べているプリンよりも、百円も値が上がるものだ。

 高いため、一度も買ったことが無かった。


 もう一度お礼を言ってから、ほくほくと温かい気持ちのまま教室へ向かう。プリンを食べられないのは心底残念だが、おばちゃんたちの優しさが凄く嬉しかったのだ。


 大切に両手で抱えながら歩いていれば、見知った後姿を見かけて声を掛ける。


 「彩葉」


 少し早歩きで歩いて、回り込む。一瞬驚いたような顔をした後に、すぐに彩葉は優し気に頬を緩めてくれた。


 「丁度良かった。いまからめいちゃんの教室に向かうところだったの」

 「何かあった?」

 「学力テストの結果見たよ。これ、おめでとうって意味を込めて渡したかったの」


 はい、と袋を渡されて、中身を覗き込む。ビニール袋の中には、先ほど紅葉が購入できなかった購買のプリンがあった。


 「いいの?」

 「うん、めいちゃんのために買ったんだもん」

 「じゃあ……これ、あげる」


 ブルーベリーヨーグルトを差し出せば、彩葉が表情を綻ばせている。目じりの下がった彩葉の笑みが、やっぱり紅葉は好きなのだ。


 窓から、以前よりひんやりとした風が舞い込んでくる。もう夏は終わり、季節は秋を迎えようとしているのだ。


 照り付けるような太陽は気づけばいなくなっていて、過ごしやすい季節に移り変わっている。


 せっかくだから一緒に食べようという彩葉の誘いに乗って、二人で中庭へ訪れていた。

 木陰の下にはベンチがいくつか並べられていて、生徒たちの憩いの場所として愛されているのだ。


 そのため、ベンチはどこも埋まってしまっていて、二人が座れる場所は見当たらない。


 席を外す人がいないかと視線を張り巡らせていれば、見知った眼鏡の少年を見つける。


 「あれ、相川だ」


 一人で食事をしている相川のもとへ近づけば、丁度食べ終わったのかお弁当箱を片付けている所だった。

 軽く会釈をされて、紅葉も右手を上げて挨拶をする。


 「ね、一人で食べてるの」

 「……まあ、はい」

 「四人掛けだし、ここ座っていい?」


 尋ねれば、斜め後ろにいる彩葉に視線を移した後、「どうぞ」と返事をしてくれた。

 恐らく、先輩の彩葉を手前に断ることができなかったのだろう。


 彼は、それくらい彩葉を尊敬しているのだ。会話の節々からそれは伝わってくるし、だからこそ、当初彩葉の手を煩わせる紅葉を敵対視していたのだ。


 相川の前に彩葉が腰を掛けて、紅葉はその右隣に座る。袋から彩葉がくれたプリンを取り出して、いただきますと手を合わせてから食べ始める。


 「……それ、購買のプリンですよね」

 「うん、美味しいい」

 「本気ですか?不味いって有名ですよ。ぼそぼそしてて、味も甘ったるいですし」


 確かに、大多数の生徒が購買のプリンは不味いと言っているが、紅葉は本当に美味しいと思って食べているのだ。


 腹が立って、スプーンでプリンを救ってから、それを相川の口にねじ込む。途端に、彼は顔色を青くして「まず」と叫んだ。


 「なにするんですか。ていうかよくこれ食べれますね」

 「人が食べてるものにケチ付けるなっての。高校生が贅沢言ってんじゃねえよ」


 心底不味そうにしている相川がおかしくて、つい笑みを浮かべてしまう。

 相川と話すときは気を使わなくていいため、一緒に話すのが楽しいのだ。


 カラメルソース部分と絡めながら、再びプリンを食べ始める。コンビニやスーパーで買うものとは、また違う美味しさが口内に広がった。


 「そういえば、めいちゃん実行委員長はどんな感じ?」

 「え……鈴木さん、実行委員長になったんですか?時期的に修学旅行のですかね」


 頷けば、信じられないと言わんばかりに相川が疑惑の目を向けてくる。

 いたずら心で、もう一度スプーンを相川の口元へ持っていけば、慌てたように両手で口を覆っていた。


 「ちゃんとやってるよ。けど、やっぱりなんか怖がられてるみたいで」

 「そりゃそうですよ。僕含めて、ここにいる生徒は不良と縁の無い人ばかりなんですから」

 「どうしたら怖がられなくなるのかなぁ」


 一人で何度か考えたが、どうも上手い解決策は思い浮かばなかった。紅葉が実行委員長になったせいで、嫌な想いをする人が出るのは嫌だった。


 クラスメイトの雰囲気を見る限り、皆すごく修学旅行を楽しみにしているようだったのだ。


 「そうだ、実行委員長の間だけ、イメチェンしてみるとか」

 「イメチェン?見た目変えるってこと?」

 「うん、もうちょっと髪色暗くして、ギャルっぽい格好やめてみるの」

 「先輩、何言ってるんですか」


 意外なことにも、抗議の声を上げたのは相川だった。真面目な彼であれば、てっきり彩葉の意見に賛成すると思っていたというのに。


 「正直言って、委員長とかの仕事ってそこまで量は多くないんですよ。言われたこと、決められたことさえちゃんとやっておけば、特に怒られることもありませんし。下手すれば、誰が実行委員長なのか把握すらしていない人もいますし」

 「……言われてみればそうかも。今回はめいちゃんが実行委員長だから目立っちゃっているけど、普通皆、誰が委員長とかそこまで気にしないよね」


 確かに、紅葉も今まで行事ごとの委員長をきちんと把握していなかった。

 単純にあまり興味が無かったのと、自分には関係ないとどこか他人事のように考えていたのだ。


 「なので、鈴木さんは言われたことをただこなすだけでいいんです。真面目に言われた通りに仕事をしているだけで、自然と評価は上がります」

 「じゃあ、髪染めなくていいの?」

 「校則ギリギリ範囲内ですし、大丈夫です。寧ろ、ギャルの鈴木さんが意外と真面目、というギャップが良いんだと思いますよ」


 どこか説得力のある言葉に、つい感心してしまう。相川は観察眼が意外と鋭いらしく、分析力にも長けているようだ。

 思わず凄いじゃん、と褒めれば、彩葉が拗ねたように言葉を零した。


 「相川くん、私よりもめいちゃんのこと分かってるじゃん……なんか悔しい」

 「すみません、でしゃばりました」


 素直に謝る相川を見る限り、やはり彩葉には弱いらしい。けれどそれは恐怖から押さえつけられているものではなく、彩葉に対する尊敬の念から従順になっているのだ。


 彩葉は以前、風紀委員長はいやいや引き受けたと言っていたけれど、良い後輩を持って、何だかんだ楽しそうに見えてしまう。

 きっと、彩葉を支えてくれる人たちのおかげなのだろうが、紅葉はどこかほっとしてしまっていた。

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