第32話
それから翌日。いつも通り学校へ向かえば、何かと視線が纏わりついてくることに気づいた。
ひそひそと噂をするような声が聞こえてきて、睨みつければすぐに収まるが、数が多すぎて対応しきれない。
「ねえ、聞いた?」
「聞いた、聞いた。びっくりだよね」
一体何なのだろうか。隣で一緒に登校している初も、訳が分からなそうに戸惑った顔つきをしていた。
教室に入っても噂話をする声は収まらず、何に関して噂しているのかも分からない。
初と二人で不思議がっていれば、登校してきた流風がすぐにその答えを教えてくれた。
「え、たかつむのSNSに載ってたよ」
「たかつむ……?」
「高野くん。めい、一緒に実行委員長やるんだから覚えてあげなよ」
紬は周囲からたかつむ、と呼ばれているらしい。そして、どうやら彼がSNSに紅葉と一緒に実行委員長を務めることになったと書き込んでしまったそうだ。
人気者の彼のSNSはフォローをしている人が多いため、あっという間に校内に広まってしまったという。
紅葉も初もSNSはあまり使っておらず、昨日のことは初に話してすらいなかった。
そのあとに起こった彩葉との出来事に、すっかりもみ消されてしまっていたのだ。
「高野ってやっぱり人気あるんだね」
「だって良い奴だもん。けどさ、風紀委員長が立候補してたのに横やりしてぶんどったのはビビるわ」
おかしそうに流風は話しているが、紅葉は頬が引き攣ってしまっていた。随分と尾ひれがついてしまってはいないか。
確かに間違ってはいないが、少し語弊を感じてしまう。噂話というのは、どうして人から人へ伝わっていくうちに話が大袈裟なものになってしまうのだろうか。
「地獄のツアーにするつもりだ、行先を海外にするつもりなんじゃないかって色々言われてるよ」
「いや、沖縄って行先は決まってんじゃん。てか……あたしってみんなからそんな風に思われてんの?」
尋ねれば、何をいまさらと言わんばかりに琉風が大きく首を縦に振った。
「だって……ねぇ?あ、でも最近は風紀委員長とも仲いいし、勉強も頑張ってるから見直したって言ってる子もちらほらいるよ」
「まあ、俺ら一年の頃結構やらかしたからなぁ……赤ちゃんパウダー廊下に撒いてスケートしたり、学校にピザ頼んだり」
「死ぬほど怒られたよね。懐かしい」
懐かし気に二人は語っているが、思い出すだけで辟易してしまう程、当時はこっ酷く怒られてしまったのだ。
クラスメイトたちの前で反省文を読まされたし、あれで悪いイメージを持たない方がおかしいだろう。
「恐怖政治が始まるとかも言われてたよ。規則破ったら殴られそうとか」
「一般人殴ったりしないし」
「一般人……?」
不思議そうに問われて、慌てて言葉を濁す。琉風には紅葉が柔道をやっていたことは伝えていない。過去のイメージにとらわれずに、今の紅葉と向き合ってほしくてあえて伝えなかったのだ。
「なんでもない。けどさ、あたしそんなに悪いイメージで実行委員長とか大丈夫なのかな」
「まあ、なんとかなるんじゃない?」
肩を押されるが、やはり不安は拭えない。勢いで立候補をしたのはいいものの、ちゃんとやっていけるのか初っ端から自信を失ってしまっていた。
そうやって談笑している間に、気づけばショートホームルームの時間を迎えていた。
担任がやってきて、すぐに修学旅行の宿泊する部屋割りと行動班を決めるように言い渡される。
紅葉たちはもちろん三人で行動班を組んで、宿泊する部屋は琉風と二人になるように提出をした。
顔が広い初は、男子テニス部のグループの部屋に混ぜてもらっており、無事に班決めは終了する。
続いて、二日目の自由行動の計画立てに話題が移る。行動班で好きな土地を訪れることができるため、今回の目玉になるイベントだ。
悩んだ末に、琉風の提案で一番メジャーである国際通りに行くことに決まる。提出用紙にグループメンバー名と行き先を記載していれば、隣に座っていた初が、小声で耳打ちをしてくる。
「めいさ、水野と回りたいとかないわけ。仲いいだろ」
「いいけど、クラスも別だし。そもそも班員行動だよ?彩葉が良くても、彩葉のグループの子たちは嫌がるでしょ」
自分で言っておきながら、ひそかに凹んでしまう。人によっては、クラスの違う他グループ同士で計画を練って一緒に行動をしている班もあるのだ。
けれど、彩葉と仲のいい人たちは紅葉と縁の無い、いわゆるいい子ちゃんばかりで、煙たがられるのは目に見えていた。
自ら嫌われているコミュニティに飛び込むほど、紅葉だって馬鹿じゃない。
諦めて担任に用紙を提出すれば、どうやら紅葉たちのグループが一番乗りだったようだ。
「早いな、お前ら。他のグループも二日目の自由行動どこにするか決まったら、実行委員長の鈴木に提出しろよ。鈴木は集まり次第職員室に用紙持ってきて」
そう言い残して、担任が教室を後にしていく。教室中がシンと静まり返っているのが分かる。提出必須の用紙を渡すには、紅葉を経由しないといけないことが引っ掛かっているのだ。
「じゃあ、みんな書き終わったら持ってきて」
怖いイメージをどうにか払拭させたくて、笑みを作りながら声を上げる。
これでわだかまりも少しは解消されると思ったのに、紅葉の言葉を聞くや否や、皆が慌てたように用紙に記載を始めてしまう。
そして、次から次に提出用紙を手渡され、最後のグループに至っては「遅くなってごめんなさい」と怯えたように謝られてしまった。
まさかここまで偏見を持たれているとはと、ショックを受ける紅葉とは裏腹に、初と琉風は心底おかしそうに腹を抱えて笑っている。
「めい、めちゃ怖がられてるじゃん」
「案外適任かもな」
他人事のように茶化してくる二人を、キッと睨みつける。しかし、痛くも痒くもないらしく、相変わらずゲラゲラと笑っていた。
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