第30話
放課後になって、重い足取りで紅葉は視聴覚室へ向かっていた。各実行委員は顔合わせがあるため、集まるように担任に言われているのだ。
扉を開けば、一斉にこちらに視線が注がれる。皆紅葉の姿に驚いたような表情を浮かべていて、すぐに顔を背けられてしまった。
あまりいい印象を持たれていないことは分かっているが、こうもあからさまに避けられると流石の紅葉も少しショックだ。
B組実行委員と書かれたカードが置かれた席へと向かえば、その隣のA組の席に座っている生徒が彩葉であることに気づいた。
きっと、また断れずに引き受けてしまったのだろう。クラスメイトに頼られて、本当はやりたくないのに我慢をしている彼女の姿が容易に想像できる。
ちっともこちらを見てはくれず、話しかけられる雰囲気でもない。指定された席に腰を掛けてから、紅葉は左隣のC組の実行委員に声を掛けた。
「今日って何するの」
「顔合わせと、実行委員の中から更に実行委員長決めるらしい」
「へー、ありがと」
「なぁ、鈴木紅葉だよな?それって本名?てか、日本人?」
聞きたいことを聞いて、会話を終えようと思っていたのに。まさか相手の方から会話を広げてくるとは思わなかった。
確か、サッカー部で人気がある生徒だったろうか。名前は知らないが、一年生の頃から何かと輪の中心にいて、行事のたびにこうして実行委員をしている姿を目撃したことがあった。
「普通に日本人だし、本名」
「まじ?俺、高野紬。よろしくな」
ちっとも物おじせずに、人懐っこい笑みを向けられる。性格が社交的で、目立つ生徒の中には、紅葉のような見た目相手にも物おじせずに接してくることがある。
彼もきっとそのタイプなのだ。名前について聞いてきたのも、恐らくただの好奇心だろう。
実行委員をまとめあげる担当教師が来るまでの間、暇なので引き続き紬と会話を繰り広げてゆく。
「なぁ、俺いま狙ってる女子いるんだけどさ、何あげたら喜ぶ?」
「えー、同い年?」
「いや、10個上」
「あんたの交友関係どうなってんの」
かなりの歳の差に驚いてしまう。好青年な見た目に反して意外と遊んでいるのだろうかと疑惑の目を向ければ、紬が慌てたように弁解をした。
「隣のマンションに住んでたお姉さんだから。小さい頃から世話してくれて、だから変な関係とかじゃないからな」
悪い疑惑を想像してしまった自分が恥ずかしくなる。好青年の見た目の通り、かなり純情な想いを抱いているらしい。
「今度結婚するらしくてさ、そのお祝い。めっちゃいや」
「それは辛いわ」
自分の立場に置き換えて、思わず同情してしまう。大切に思っている人が、誰かほかの人のものになってしまって、そのためのプレゼントを送るなんて、想像しただけで胸が痛んだ。
それから紬の恋愛話に耳を傾けるが、途中で教師が来たことで中断になってしまった。現れたのは紅葉のクラスの担任で、彼にあまり良い印象を抱いていない紅葉は思わず顔を歪めてしまう。
「お前ら、まずは一人ずつ自己紹介しろよ」
担任の指示に、A組の彩葉から順番に名前と好きな食べ物を発表していく。短い発表なため、すぐに順番が回ってきて、席を立ちあがってから紅葉も自己紹介を始めた。
「B組の鈴木紅葉で、好きな食べ物はハチミツケーキです」
「まじ?そこはメープルケーキだろ」
紬が思わずと言ったように声を上げるが、皆の総意だったのかちらほらと吹き出すような声が聞こえ始めた。
しまいには担任までもが肩を震わせてしまっている。
「めいぷるだけど、普通にハチミツも食べるし。てか茶々入れんな」
「あはは、ごめんごめん。じゃあ次、俺ね」
ごめんと言っているが、ちっとも詫び入れる態度ではない。紬の明るい物言いに、つい紅葉も流されてしまっていた。
それから全員の発表を終えて、続いて全体の実行委員長を決める話に移行する。途端に場に静寂が戻って、全員が下を向いてしまっていた。
誰かが立候補するのを、ジッと待っているのだ。
そして、そういった時に誰がその役を引き受けるのか、紅葉は大体予想が付いていた。
「お前ら、誰もやりたくないのか」
「……じゃあ、私がやります」
スッと、彩葉の白くて長い腕が伸びる。その姿を見て、皆がほっとしたような表情を浮かべていた。
まただ。同調圧力に負けて、やりたくもないのに自ら面倒くさい役割を引き受けている。
優等生の水野彩葉として、周りの目を気にして良い子ちゃんぶっているのだ。
「はい」
左手を上げて、大きく声を上げる。隣に座っている紬が、小さい声で「まじか」と驚いたような声を上げているのが聞こえたが、構わずに真っすぐと腕を上げ続けた。
「鈴木、本気で言っているのか」
随分と失礼な物言いの教師の言葉にも、表情を変えずに頷く。本気か?と彼の瞳が訴えかけているのが見て分かった。
「風紀委員長に、クラス委員長までやってる彩葉にこれ以上仕事させられないんで。他にやる人いないんだったらあたしやります」
「まあ、確かに……水野の負担になるよな。他にやりたい奴はいるか?」
当然、その言葉に手が上がるはずもない。紅葉だってやりたいわけではないが、嫌と言えずに押し付けられている彩葉を放って置けなかったのだ。
「じゃあ、実行委員長は鈴木にお願いするぞ。副委員長は……」
「はーい、めいぷるがやるなら俺もやろっかな。めいぷるの下でやるなら面白そうだし」
そう言って手を上げたのは、隣に腰かけていた紬だった。人望の厚い彼が立候補をしてくれて、教師がほっとしたように息をついていた。
きっと、紅葉だけでは出来っこないと思っているのだ。
それがどこか悔しくも思うが、今までの紅葉の生活態度から信用がないことは分かっている。そして、それを取り戻すのは、失うよりも大変だということも。
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