第28話


 夏休みが明けてから、初めての休日。いつもだったら休みのうち、一日は彩葉のために空けていたというのに、今はどちらもバイトに時間を当ててしまっている。


 仕事に勤しみながら、どうすれば彩葉と仲直りが出来るのだろうと考える。いや、そもそもこれは喧嘩と呼んでいいのだろうか。

 これは紅葉が自分の気持ちを理解できていないから、彼女を怒らせてしまっている。


 中途半端な心で彩葉と接しているうちは、何も変わりやしないのだ。


 「お姉さん、何度も呼んでるんですけど」

 「すみません、ただいまお伺いいたします」


 真面目に取り組んでいるつもりでも、悩みごとがあるせいでいまいち集中できていない。

 お客さんに軽く怒られてしまい、慌てて駆けつける。


 夕方ごろに、ようやくにぎわっていた店内も落ち着きを見せ始める。隅で一息を突いていれば、先輩である市来心愛いちきここあに声を掛けられた。


 「めい、今日元気ないよ」


 三つ年上の彼女は大学二年生で、姉御肌でかなり面倒見がいい。これは初との予想でしかないが、恐らく彼女も元不良なのだろう。

 話し方や、紅葉と初に特に気に掛けている様子から、何となくそうなのではと二人で話しているのだ。


 恐らく、過去の自分と重ねて気にかけてくれているのだろう。


 「何かあった?」

 「いや、なんでもないっす」

 「絶対嘘でしょ。めいが元気ないのまじで怖いからね」

 「……なんというか、友達と喧嘩しちゃって」


 世話好きの彼女は、きっと聞くまで解放してはくれないだろう。渋々話し始めれば、市来は優しい顔で頷いてくれている。


 「なんで喧嘩したの」

 「いま、その子が自分に対してどう思っているのか、あたしもその子のことどんなふうに思っているのか、考えといてって言われたのに、家に行ったから」

 「え、その答え言いに行ったってこと?」

 「いや、分かんない勉強聞きに……」


 言葉を聞くや否や、市来が大きくため息を吐く。その反応を見て、彼女が呆れているのが分かった。


 「アタシでも怒るわ、それ。好きな子にそんなことされたら脈無しなのかなってショック受けるし」

 「あの、あたし彩葉のこと好きなんですかね……?」


 恐る恐る訪ねれば、おでこを中指と親指で弾かれる。デコピンだというのに、どうしてここまで強い力を込められるのか。

 思わず「いたっ」と声を上げてしまう。


 「それは、ちゃんと自分で考えな。そんな大事なこと人に聞くんじゃないよ」

 「だって、今まで恋とかしたことないから、よく分かんないし……」

 「そうなの?初みたいにワンナイト繰り返しているのかと思ってた」


 意味を理解して、じんわりと頬が赤く染まっているのが分かる。初恋もまだな紅葉には、あり得ない話だ。


 「そんなのするわけない」

 「そっか……小学生レベルのめいには難しかったね」


 ごめん、と頭を撫でられるが、今度は子ども扱いされているようでそれはそれで複雑だった。

 確かに紅葉の恋愛スキルは小学生レベルだ。今まで、恋愛をできるような余裕はなかった。


 彩葉のおかげで、心にゆとりができて色々と複雑な感情を抱くようになったのだ。


 「めいの気持ち、そのまま相手に伝えなよ。ちゃんとめいのこと想ってくれている人なら、めいのペースに合わせてくれるはずだから」

 「……うん」

 「力づくで来たら、背負い投げでも何でもしてやんな」


 物騒な物言いに、思わず吹き出してしまう。きっと、落ち込んでいる紅葉を励ますためにあえてそのような物言いをしたのだ。


 彼女の優しさに心が軽くなる。自分を大切に思ってくれる人を、大切にしたいと思わせてくれる人を、絶対に傷つけたくない。


 初や流風はもちろんのこと、彩葉だって紅葉にとってはそんな存在なのだ。


 だからこそ、もっと自分と向き合う必要がある。自分のため以外に、大切に思ってくれている人のために、成長をしていかなければいけないのだ。

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