第15話


 勉強とアルバイトに追われていれば、あっという間に日が経過してゆき、気づけば定期テスト前日を迎えていた。


 放課後になって、いつも通り彩葉と図書館に集まって勉強を教えてもらう。テスト期間中はこの勉強会は行わない予定なため、恐らく今日で集まるのも最後になるのだろう。


 解き終わった問題集を彩葉に丸を付けてもらう。ペンの動きから、殆どが丸であることが分かった。


 「すごいよめいちゃん。この調子なら赤点は免れそうだし、もしかしたら200番以内にも入れちゃうかも」


 嫌味のない、屈託のない笑み。まるで自分のことのように喜んでくれている様子から、彼女の人柄の良さが伝わってくる。


 「……水野は、自分の勉強は大丈夫なの」

 「うん、今まで部活に当てていた時間も勉強に使えるし、もっといい点が取れる気がする」


 前回ほぼオール100点だというのに、いったいこれ以上どうするというのだ。


 努力を惜しまない天才というのは、本当に末恐ろしい。きっと、紅葉が想像する何倍も陰で努力を重ねているのだろう。


 そんな彼女のためにも、早く解放してあげなきゃいけないのに。やはり心の隅で引っ掛かりを感じてしまっていた。


 「あのさ、もし……あたしが赤点を取らなかったら」


  “もう、こうやって会えないの?”


 喉元まで出かかった言葉を、ギリギリで抑え込む。こんなこと聞かれても、彩葉を困らせてしまうだけだ。


 何も言わない紅葉に対して、彩葉が不思議そうな表情を浮かべた。咄嗟に、適当に思いついた言葉を吐いて誤魔化す。


 「コンビニで、プリン買って」

 「もちろん。お安い御用だよ」


 どこか得意げに笑みを浮かべる彩葉を、可愛いと思ってしまう。夏服の制服からは色白い腕が伸びており、ペンを握っている指は女性らしくほっそりとしている。


 テスト前で部活は行われていないため、図書室内には静寂が訪れていた。他に利用者はおらず、まるで彩葉と世界で二人だけのような錯覚を起こす。


 この時間が少しでも長く続けばいいのにと、そんなことを考えながら、残り少ない時間を噛みしめていた。






 しかし、時間というのは無情にも過ぎ去ってしまうものだ。テスト当日を迎え、問題用紙と回答用紙が配られて、合図と共に一斉に問題を解く。


 シャープペンシルを走らせながら、自分が問題を解けていることに気づいた。今までで一番解けている。

 

 これは彩葉に教えてもらったところで、こっちは時間を掛けて自分で正解までたどり着いた問題の応用編だ。


 やはりいくつか分からない問題もあるが、それよりも解けている問題の方が数は多い。


 ふと、わざと間違ったことを書いてしまおうかと悪い考えが過った。また赤点を取れば、もっと彩葉と一緒にいられる。彼女との接点を失わずに済むのだ。


 しかし、その度に彩葉の顔が浮かんで、なんとか気を持ち直す。最低だと自身を罵りながら、引き続き問題を解くことに集中した。


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