第12話
いつも通り、放課後になれば図書室へ向かう。休みの日に与えられていた課題を渡して、彩葉が丸を付けてくれている間に紅葉は参考書で復習をしていた。
カチカチという時計の針の音に、ペンを走らせる音。グラウンドからはサッカー部と思わしき低めの掛け声が聞こえていた。
少し肩が凝ってきたタイミングで、一度ペンを置いて彩葉に話しかけた。
「水野は、陸上大会は何の競技でるの」
「私は風紀委員だから免除だよ。見回りをして、みんなが悪いことをしてないか見張るの」
さすがは優等生だ。確かに陸上大会中は各々が好きな場所にいるため、見回りをした方が安心だろう。
「そっか……あのさ、学年一位の優等生で、風紀委員長までやって、柔道部でエース務めてさ、おまけにあたしの勉強までみて大変じゃないの」
「うーん、まぁ簡単ではないかな」
「放課後あたしに構ってるけど、部活はいいわけ?」
「めいちゃんは気にしなくていいから」
気にしなくていいとは言うけど、そうはいかない。ここまで色々なものを背負っている彩葉の重荷になっているのではと、今更になって気づかされる。
「どうやったら、この補習って終わるの?あたしが次のテストで赤点逃れたら?」
「たぶん、そうだと思う」
彩葉の目の下には、薄っすらとクマがあった。きっと寝る間も惜しんで勉強をしているのだ。やはり、彼女は紅葉が独り占めをしていい人間ではないのだ。
沢山の人から頼られて、色々なモノを背負っている。期待や羨望、そして優等生であるというプレッシャー。
参考書に向き直って、改めて身を引き締め治す。彼女の負担を減らすためには、紅葉が頑張るしかないのだ。自分のためは勿論だが、何より彩葉のために、頑張らなくてはと自信を鼓舞した。
例年より早い梅雨明けを迎えて、無事に晴天の中校内陸上大会を開催することができていた。額の汗を拭いながら、初と流風が待っている木陰へと戻る。
右胸には、五十メートル走の1位の証である黄色のリボンが付けられていた。
「おつかれ、めい」
流風に飲料水を渡されて、一気に飲み干してから喉を潤す。久しぶりに真剣に走ったせいか、先ほどから倦怠感に襲われていた。座っている初の背中を背もたれに、体重を預ける。
「ぶっちぎりだったじゃん」
「負けるの嫌いだし」
「クラスの奴らびっくりしてた。めいのことだから、適当に走ると思ってたんじゃね」
「勝負でそんなダサいことするわけないじゃん」
もっと水分を補給しようとボトルを傾けるが、先ほどの一口で最後だったらしい。
数滴しか出てこないペットボトルを小さくねじっていれば、目の前で彩葉を筆頭にした女子集団が通過した。
こちらには気づいていないようで、クラスメイトと思わしき女生徒たちと楽しそうに談笑している。遠くから見ても彩葉を中心に会話が繰り広げられているのが分かった。
「風紀委員長みたいに生まれたらさ、凄い人生勝ち組だよね」
流風の言葉に、顔だけを彼女の方へ傾ける。
「どういうこと」
「あの顔で、実家も金持ちなんでしょ?それで勉強出来て、柔道部のエースやってさ。おまけに人望も厚いってハイスペック過ぎない?」
「俺も思った。なんか、選ばれた人間って感じがするよな」
やはり、誰が見てもそういう印象を受けるらしい。すべてに恵まれている優等生。男女問わず憧れてしまう美貌も、人々の心を惹きつけてしまうのだろう。
二人の会話には混ざらす、紅葉はそっとその場を後にした。彩葉のことは本当に凄いと思っているが、素直に褒めるのは気恥ずかしかったのだ。
丁度飲み物も無くなってしまったことだし、自動販売機へ向かって足を進める。途中でゴミ箱を見つけて、空になったペットボトルを捨てた。
グラウンドでは、未だに競技試合が行われていた。男子生徒による長距離走で、皆苦しいのか息を切らしてしまっている。
「あれ……」
先頭を走っている男子生徒の顔に見覚えがあって、まじまじと凝視する。トレードマークであるメガネをしていないため一瞬誰か分からなかったが、あれは間違いなく風紀副委員長の相川だった。
最近はあまり関わりもないが、以前はほぼ毎朝顔を見合わせていたため間違えるはずがない。
彩葉は風紀委員であれば、種目に参加をしなくても良いと言っていたはずだ。だったらどうして相川は今、ああして長距離走を走っているのだろうか。
モヤモヤとした気持ちのまま、自動販売機で飲み物を購入する。ハチミツレモン味のジュースは紅葉のお気に入りだ。
取り出し口からペットボトルを取り出していれば、突然目の前に影が差し込んだ。一体何かと思って顔を上げれば、直ぐそばに知らない女子生徒が立っていた。
「鈴木紅葉」
フルネームで名前を呼ばれるが、紅葉は生憎この女子生徒の名前を知らなかった。
「なに」
「お前のせいで、水野が部活に来れないんだ」
その言葉に、彼女が柔道部員であると理解する。体育着は二年生の学年カラーのものを着用しているため同級生だろう。
「お前の補習に付き合っているせいだからな。もうすぐ試合も近いのに」
鋭い眼光で睨み付けられて、彼女が紅葉に対して良い感情を抱いていないことは明らかだった。当然だ。
優等生に迷惑をかける問題児。彩葉と親しい間柄であればあるほど、紅葉の存在が邪魔で仕方ないのだ。
「もうすぐ期末テストじゃん。そこで赤点取らなかったら、補習も終わるから」
「……もう、迷惑を掛けるなよ」
強がりで「分かってる」とだけ言い捨てて、紅葉はその場を後にする。迷惑という二文字は、思いのほか紅葉の心を傷つけていた。
一緒にいるうちに、紅葉の中で彩葉の存在は次第に大きくなってゆき、少しずつ心地いい関係に変化していったというのに。
けれど優等生の彩葉からしてみれば、自分の勉強時間も部活に参加する時間も奪われて、紅葉の存在は邪魔なだけだったのかもしれない。
自分を中心に考えて、人に指摘されるまでその可能性を一ミリも考えなかった自分に心底嫌気が差してしまっていた。
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