最終話 それぞれその後の立ち話


 《 実智 × 花奈 》


「ところでみのりちゃん、みのりちゃんのファザコンって、やっぱりお父さんのせい?」

「……花奈って時々抉ってくるよね。でも私、別にファザコンじゃないから。若い男の子って、自意識過剰なくせに繊細じゃない? それが面倒臭いだけ。人生の荒波の一つや二つかい潜った大人の方が、ココロに余裕ある気がするんだ」


「(えっと、それを世間一般では『ファザコン』っていうんじゃないのかな……)そっか。で、大友さんとは上手くいきそう?」


「当たり前じゃない。この私を誰だと思って………」


「みのりちゃん、赤面するほど恥ずかしいなら、無理しなくても」

「……ごめん。ちょっと言ってみたかっただけ」





《 チャラ男 × ハル 》


「えええ! 実智さん、そんな怪し気なオッサンと?! 無いわー! それは無いわー! ハルさん、なにしてんすか! ダンコ、阻止すべき、です!!」


「いや俺は関係無いだろ」

「いーやいやいや、ダメ。絶っっっ対ダメ。姐さんには何なら俺の方が!」


「お前まさか、行く気か?」

「は…………いや、無理っす。畏れ多いっす。俺いま、どうかしてました。ハルさん、俺には……俺には無理っす……じぶんを、みうしなってました………うぅ」


「おま、泣くなよ」


「うぐっ、だってぇ……俺の実智さんが……」

「一秒たりともお前のじゃ無かったけどな」

「ふい~~~~~ 俺のぉぉぉ」

「だから1ミリたりともお前のじゃなかったけどな」


「ああああああなんでぇぇぇ、ハルさぁぁぁん」

「おいバカ、崩れ落ちるほど泣くこと…」


「おでどぉぉぉぉ、みどでぃさんがあああああああ」


「あああもう、しょうがねえな。ほら、肩貸してやるから、立て。な?」


「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~」


「抱きつくなって、苦し」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


(うるせええええええ)





《 ハル × 道行 》


「……って、チャラ男号泣してさ」

「あらら」

「そりゃぁもう引くほど泣いて……」

「みのりちゃんのこと、崇拝してたもんねえ」

「で、何を思ったか『漁師して金貯まったらここに越して来て、南町ファイブに入る』って煩いんだけど」

「え、6人になっちゃうじゃん。ファイブじゃないじゃん。ってか、なに色になる気だろ」

「金髪だから、ゴールドだとさ」

「なにそれアタマ悪そう」


「あ、そうだ。今度うちの店に、周さんがタウン誌の取材に来るんだよ。写真も撮るって」

「おお、すげえじゃん。あ、お前、こないだ出版社に行ったのって、売り込み?」

「売り込みはついでだね。なんか、周さんと話してたらカメラマンとかいう人に気に入られちゃって、その流れで取材決まった、みたいな。あ、ハルくんのことも話したら興味持ったみたいだった」

「イケメン魚屋、ついに雑誌デビューか。やばい、高まるわ」

「お客さんにいっぱい見て欲しいよね。拡散所望~☆」




《 透 × 周 》


「で、実智さんの件は、どうなったの?」

「ああ……あれは俺の勘違いでした。実智は自分で物語を作ってたわけじゃなかったらしいんです。自分の頭の中を全世界に向けてさらけ出すような真似、自分には恐ろしくて出来ないって。実智がやってたのは、俺の出したアイディアに色々付け足して、俺の反応を見ながら俺が好みそうなストーリーを出鱈目に喋っていただけ、だそうです」

「作曲者ではなく、編曲者だった」

「そういうこと、みたいです」

「それもわりと凄いことだけど。頭の回転の速い人なのね」


「……ところであの、芹沢先輩。折り入ってお話が」

「何よ、改まって」

「御社では編集者と作家間で恋愛関係を結ぶことについて、何か規定はあるのでしょうか」

「どうだろう……特に、聞いたことはないけど」


「……では、こちらの、過去5年間の当眼鏡店における決算書と、絵本作家としての私の収入、土地家屋の資産価値見積もりと家賃収入をご覧ください。見ての通り、つつましくあれば充分暮らしてゆけるだけの収入は確保出来ます。あまり贅沢は望めませんが、今後は店舗経営・作家活動共にさらに精進し、安定した生活基盤を作る所存でおります。貴女の仕事については、もちろん貴女の意思を全力で尊重・サポートし、応援します。なので」

「ちょっと待って……まさかとは思うけど、それってプロポーズのつもり?」


「プロポーズと申しますか、まずは結婚を視野に入れたお付き合いを申し込みたく。いろいろ考えた結果、こういう形を採ったんですが……」

「なんていうか、斬新すぎて追いつけない」


「自分のアピールポイントを押し出せとアドバイスされたんで、自分なりに考えたんですが……でも、即却下、ではない?」

「うーん、まあ……」

「では一旦持ち帰って、出直します」


「……あのさあ、杉原くん。原稿の駄目出しじゃないんだから………まあ、いいわ。あとね、自分のアピールポイントがさっき言ってたことだと本気で思ってるんなら、君は私が思ってたより、ちょっとおバカさんよ?」

「えっ」


「それから、道行くんに聞いたんだけど。陰では私のこと、『周さん』って呼んでるって?」

「うっ………それは、その……すみません」

「じゃあ、次回出直してきた際には、そっちで呼んで」


「……えっ!」




《 実智 × 大友 》


「先日お話しした件ですが、考えて下さいましたか?」


「はい。ですがやはり難しいかと。私はほとんど天涯孤独の身ですし、財産もありません。ご存知の通り、実家も田舎で戴ける賃貸料も僅かですし、仕事も絵画教室の講師を細々とやってるくらいで収入も不安定です。記憶だって不備だらけで、その記憶も貴女に関してはこの一週間分しか無いんです。そんな相手では、貴女のご家族が心配なさるでしょう」


「両親にはとやかく言わせません。父親は浮気して出て行ったクズだし、母親は復職して引っ越して以降仕事にかかりきりで、何故かたまに顔を出しに来る父を放置して知らんぷり。育ててもらった恩はありますが、私の人生に口出しする資格があるとは思えないし、きっと心配なんてしません。祖父母は、貴方のことを気に入っているようです」


「そうは言っても」


「仕事なんてどうとでもなります。私も仕事は続けますし、何なら私が世帯主に」

「それはちょっと、さすがに」


「貴方の記憶に穴があろうと無かろうと、こちらに問題はありません。というわけで、あとは貴方が私のことを好きになればいいだけです」

「いやええと、待ってください。正直なところ私は、貴女に少なからず好意を持っています。でもやはりその、年齢差とか」


「私は年上好きなんでウエルカムです。さあ!」

「さあ、って。それに私は」


「内なる穢れだかなんだかの事だったら、私は気にしません。ちょっと変わったアクセントぐらいに思っておけばいいんです」

「アクセント……その発想は無かった」


「ねえ大友さん。この前私に、言ってくれましたよね。過去の事に罪悪感を感じるのは仕方ない。でも、その過去の良かった面もちゃんと思い出してあげなさい、って。でなきゃ、思い出が可哀想だ、って」


「言いました」

「私、あれから思い返してみたんです。彼との楽しかった思い出とか、会話とか。そしたら、ほんのちょっとしか思い出せないの。でも……」


「でも?」


「なんだかすごく楽しかった、ってことだけは確かに憶えていて。階段のてっぺんに並んで座ってお喋りしたり、学校帰りに自転車で追いかけて来てくれて一緒に帰ったり。 話した内容なんて全然思い出せないのに、とっても楽しかったっていう感情だけは、ちゃんと憶えてた」


「そうですか」

「少し、救われた気がしました。まあ尤も、その彼を傷つけた事実は変わらないし、楽しかったことを思い出した後の揺り戻しは倍返しってくらいキツいけど、それでも。力が湧いたっていうか、勇気が持てた」


「沼は少し、浅くなりましたか?」

「うーん……どうだろう。でも、水は少しだけ、綺麗になったかな。そんな気がします」

「そう。それは良かった」


「だからね、大友さん。貴方の言う、『罪を伴う、深い闇』? いつかその記憶が戻った時、私は貴方の傍に居たいの。貴方がくれた勇気を、今度は、私が貴方に。だから………駄目ですか?」

「実智さん……」



「どうしても嫌というなら、私の絵を描いて下さい」

「……話が急に飛びましたが」


「そんなことわかってます。でも私、貴方が描いた絵を見たいんです。貴方の眼に私がどう見えているか、知りたいんです。今すぐじゃなくてもいい。いつか」

「まさかの2択ですか」


「2択じゃありません。3択です。両方叶えてくださっても構いませんから」

「……なるほど、3択だ」


「自分でも滅茶苦茶言ってると思います。暴走気味だってわかってます。本当は私、ものすごく外面がいいんです。でも何故だかわからないけど、貴方に対してだけは、自分を良い様に取り繕うことが出来なくなっちゃうんです。けどその分、全部本気ですから。私の言ったこと、みんな本心ですから!」


「わかってます。正直に話して下さっているのは、よくわかってますから、息継ぎをしてください」



「(ふーっ、ふーっ)……そう。わかってくださったなら、後悔はありません。言いたいこと、みんな言えました」



「……そうですか。ではまず、実智さんのご両親に、ご挨拶に上がりますとお伝えください」

「はい………え?」


「仕事のことはなんとかします。教職に復帰してもいいし、絵画講師に本腰を入れる道もあります。記憶に関しては、私自身の身辺調査を探偵に依頼しようと思います」

「何もそこまで」


「いえ、筋は通させてください。というわけで、3番目の選択肢で、お願いします」

「3番め……」


「貴女に倣い、私も正直な気持ちを話します。病院に迎えに来てくれた時の貴女は、文字どおり後光が差して見えました。天女が……もしくは、大日如来が人の姿を借りて現れたかと思うほどでした。その後も貴女は、何くれとなく私の力になってくれた。いつもまっすぐな気持ちでそばに居て、私の心を照らしてくれた。紛い物の光なんかじゃない。貴女は私にとって、本物の光なんです」


「……」


「私たちの間には、たくさんの不安要素があることは確かです。でも、貴女が私の闇を照らしてくれるなら、私が貴女を沼から引き上げます。貴女の泣いた顔も笑った顔も、貴女との記憶も、これ以上失いたくありません。貴女が作ってくれたたくさんのお話の上に、ふたりの記憶を積み上げて行きましょう。色んな絵を、たくさん描いていきましょう。そうして私たちは、出来るだけ、幸せになりましょう。実智さん。私と一緒に、生きて下さい」



「………」


「どうしました?」


「……ええと、あの……あの」


「さっきまでの勢いは?」


「こんな、暴走女でも、いいのでしょうか」


「暴走している実智さんも新鮮だったし、たいへん可愛らしいと、思います」

「かっ! かわ……可愛ら、しい、とか……」


「はい、とても」

「……わたし! 私、腹黒なんで! 全然可愛らしくなんかないです! 腹黒・毒舌・威丈高の、三拍子揃った超絶腹黒ブラックなんで!」


「そうですか。黒も、綺麗な色ですね」

「はうっ……!」


「そもそも黒という色は、全ての色を内包して……あれ? 実智さん、大丈夫ですか?」

「……心臓が(ズッキューン!って)。だっ大丈夫です、ちょっと動悸が。これが例の(トキメキってやつか……)」


「え?」

「イエあの、ええと、今後とも……宜しくお願い致します」



「はい。末長く」




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ぬすっと武田猛 VS 南町ファイブ 〜静かなる激闘〜 霧野 @kirino

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