第4話 旅立ち

 旅立ちである以上、とにかく二人を連れて、どこかにいかねばならない。ただ、元々俺に与えられた使命でいえばここがゴール。もっとも、俺の旅もここで終わることは明白だった。


 ただ、ここで生じた新たな使命は、ここから旅立つことを要求している。

 そして、魔王の宣言は、瞬く間に城中に知れ渡っていた。


 だが、勇者の俺が魔王城から魔王の孫を連れて旅立つなど、いったい誰が想像できるのだろう。いや、誰も想像できないに違いない。


――それは、あの魔王でさえも。


 当然、突然の旅立ちの報は、城中を混乱の渦に巻き込んでいた。ただ、その中でも、やはり魔王は魔王。冷静にこの俺を分析していた。


「勇者よ、これもひとつの旅立ちだ。祝福というわけではないが、その前にその呪いは解いてやろう。道中、それが発動しては都合が悪い。また、旅立ちには、ふさわしい姿というものがある」


 そして、三年たつと猫になる勇者の呪いは、皮肉にも魔王の手によりあっさりと解呪された。確かにそれをしなければ旅立つことができない以上、そうしてもらわなければならないのだが……。


 ――ひっそりとそれ解呪を試みていた俺の努力……。そもそも、魔王に呪いを解かれる勇者っていったい……。


 だが、そんな無力感は、ほんの一時いっときのもの。なぜなら、さらなる試練が待ち受けていたのだから。


「ゆーしゃワガナワ! かみなりのじゅもんつかえる? でも、だしちゃダメだからね! ほのおもダメだよ? ちがでるのダメだからね! ルキがないちゃうから! ルキをなかしたら、ゆーしゃでもゆるさないからね! まほうでたたくから!」

「ゆーしゃワガナワ! ゆーしゃでもおどりこのおどりにはメロメロになるんだって! でも、おどりこのおどりにメロメロになっても、ちゃんとたたかってね! ロキにケガさせちゃ、ダメだよ? ロキがけがしたら、バーバにいいつけるからね! バーバはとーってもこわいんだからね! じーじよりもこわいんだからね!」


 口々に制限やらなにやら加えてくる二人。でも、仮にそれを全部守るとして、俺はそれで戦えるのか? あと、バーバとはいったい……。


 ただ、二人と話しを聞いて分かった事がいくつかある。


 兄のロキと妹のルキは、双子の兄妹。ともに年齢は五歳という遊び盛り。魔族と言っても、この世界ではその姿同様、それは変わらないようだった。しかも、二人は何をするにも常に一緒。ただ、その性格はやはり違っていた。


 男の子のロキはやんちゃそのもの。だが、妹の事は兄としてしっかり面倒みるという気概が、すでにしっかりと備わっている。何をするにもルキの半歩先をあるくように、ロキは自然とそう心がけているようだった。


 一方、女の子のルキは天真爛漫。良く笑うし、よく泣く。しっかり者に見えて、実はロキに甘えているのがよくわかる。そして、ロキを全面的に信じている事も――。


 そんな二人は、魔王城の中でとても愛されていた。ただ、廊下を歩いているだけなのに、自然とそれがよく分かった。


 もっとも、それを微笑ましく見ていられる余裕はない。この俺に向けられる、恫喝や殺意を隠そうとしないその眼差しは、痛いほど俺に突き刺さっていく。


「さて、じゃあここから旅立つけど、ロキとルキはどうしたい?」


 逃げるように魔王城を出てすぐに、俺は双子に問いかける。


 このルート。もう完全にかじ取りはこの双子のもの。そして、俺達を監視する目が、それ以外を許さないに違いない。遠巻きに潜んでいる、護衛の者達の気配は不安と緊張と俺への敵意。いや、そもそも俺に選択肢などあるわけがない。魔王も魔法で覗いているにちがいない……。


「んっとねぇ、はじまりのまち!」

「はじまり! はじまり!」


 ビシッとその意気込みを体全体で表現するロキと、それを飛び跳ねて強調するルキ。魔法で飛ばされた俺にとって、魔王の領土自体が未知の領域。ただ、始まりというからには、おそらくこの道を歩いて行けば最初にたどり着くのだろう。


「じゃあ、いこうか? 歩いて行くけど、大丈夫か?」


 場合によっては、抱えて歩く方がいいかもしれない。それとも、どこかで馬車を調達した方がいいのだろうか?


 そんなことに頭を回しているうちに、ロキはそれが当然という顔で宣言していた。


「まかせて!」


 ロキが俺の手を握ったその瞬間。ロキを中心として世界が回る。悪夢のようなこの感覚。だが、同じく手を繋いでいるルキからは、楽しさを押し込められない感じがする。


「んー。はじまりのまち!」


 ロキの魔力が周囲を覆う。この感覚は転移の魔法。こんな小さな子供なのに、圧倒的な力がすでにあるという事実に愕然とする。


 ただ、慌てる護衛達を哀れに思うと共に、どこかの窓にぶち当たらないようにと、密かな祈りをささげていた。

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