第3話 ロキとルキ

「あー。ロキとルキ。じーじは今、大切な話をしているからね? 向こうで遊んでおいで」


 先ほどまでの雰囲気が嘘のようになくなったと思うどころか、どこにでもいる好々爺がそこにいた。


「えー? ずるいよ、じーじ! ゆーしゃ、ひとりじめなんて!」

「じーじ、ひどい! ダメ! ゆーしゃはみんなのゆーしゃだからね!」


 椅子に座ったままの魔王の足元に群がり、小さな男の子と女の子はあの魔王相手に執拗な打撃を加えながら非難している。オロオロとした様子をみせる侍女たちの後ろには、いつの間にか現れた執事たちが、一様に同じ様子で焦っていた。


「じゃあ、ここにいていいから……。でも、ここにお座り。ただ、じっとしているんだよ? わかったね? じーじはいま、勇者と大切な話をしているからね?」


 しっかりと頷く二人を抱きかかえた魔王は、自らの膝に二人を乗せる。そのまま両手で二人をしっかりと抱えると、ほっとした様子の侍女と執事に、下がるように目配せをしていた。


――あの……、俺も帰っていいですか?


 まあ、そんなことを言えるはずもなく、嘘のように静まり返った玉座の間に、俺はしっかりと取り残されている。本来なら荘厳な雰囲気がいっそう感じられるその空間。だが、そんな事を感じる余裕があるわけがない。


 好奇心の目が、しっかりと俺に向けられているのだから。


「で、どこまで話したかな? 勇者よ」


 圧倒的な気配を隠しつつも、威厳のある顔つきでそう告げる魔王。だが、優しくそう聞かれても、俺には話すことなど何もない。そもそも、破れかぶれで立ち向かうことしかできなかった。だが、それもできない以上、もはや俺にできることは一つしかない。


 魔王の孫とはいえ、こんな子供を巻き込むわけにもいかないのだから。


「魔王よ、全て理解しました。今の私では到底太刀打ちできないことも。もし、許されるのであれば、この身一つで――。どうか、この世界の者に慈悲を――」


 頭を下げてそう告げる。魔王が好々爺の仮面をかぶっているうちに、その言質を取っておきたい。流されるままにやってきたけど、ここに来るまでには様々な人たちに世話になっている。


 その人たちが安心して生きていけるのであれば、俺の戦いにも意味があったという事だろう。


 いや、本音を言えば……。


 俺を問答無用でここに飛ばした奴らだけは、俺と道連れにしてくれてかまわないのだが――。


「ふむ。儂はそこまで大きなことを聞いているわけではないのだがな? 不法――」

「たびだちだ! ゆーしゃのたびだちのぎしきだ! じーじ、おおさま! じゃあ、ぼくも行く! ぼく、まほうつかい!」

「うん! たびだち! じーじ、おおさま! じゃあ、あたしも! あたしも! あたしは、あたしは、あたしは……」


――いったい何をどう勘違いした? まあ、魔王は王様には違いないけど……。


 またもや魔王の話を遮った二人は、この状況を勇者の旅立ちのイベントとしてとらえているようだった。あっけにとられる魔王をしり目に、男の子の方は早々に職業を決めるや否や、魔王の腕を振りほどいて飛び降りていた。しかも、俺の横に来たかと思うと、俺と同じように片膝をついて魔王を見上げている。


――いや、そうじゃない。


 その瞳はそこではなく、まだその膝にいる、女の子を見ていた。


「あたしは――、おどりこ!」


――何がどうしてそうなった?


 もし許されるのであれば、そうツッコミをいれたい。だが、同じように飛び降りた女の子は、くるくると回って男の子と同じように俺のそばでお辞儀していた。


 いや、まあ、実際には見事にこけていたが、何事もなかったようにふるまっているから、その部分は見なかったことにしておこう――。


――うん、俺は何も見ていない。見ていないから、泣かないでくれ……。


「えっと……」


 固まっている魔王に対して、とにかく状況を理解してもらうために発言しようとした矢先、素早く手でそれを遮った魔王は、自らの思考に専念しているようだった。


――まあ、その気持ちはわかるかもしれない……。


 ただ、それはそれほど長い時間ではなかった。即断即決とは言わないまでも、それでも迷いはないようだった。


「よし! では、勇者よ、名乗るがいい!」


 すさまじい威厳をこめ、魔王は俺にそう告げる。名乗る必要もないのだが、ここでそれを言っても仕方がない。とにかく今は、魔王が敷いたこのルートに乗るしかない。


 というか、魔王の目。問答無用な感じが突き刺さってくる。


――いや、そんな凄みをだされても……。


「我が名は――」

「ワガナワ! ゆーしゃ、ワガナワ!」

「ワガナワ! ワガナワゆーしゃ!」


 まだ名を告げていないにもかかわらず、またしてもこの世界で違う名前がついてしまった。そんな俺に対し、魔王は『それにしてくれ』とばかりに、小さく目で合図してきた。


――ワガナワって……。『我が名は勇者』って……。ゲームの名前を考えるのが面倒だった時に、職業名を名前にした感じじゃないか……。


 でも、こうなればこのルートで進むのみ。再び頭を下げた俺に対して、魔王は立ち上がって尊大に宣言していた。


「勇者ワガナワはこれより旅立つ! 魔法使いのロキ! 踊り子のルキ。勇者と共に旅立つのだ!」

「わーい! じーじ! いってくるね!」

「やったぁ! じーじ、だーいすき!」


 再びその足元ではしゃぐ二人を愛おしそうに見る魔王。次にその目を俺に向けたその瞬間、そこには確かな意思が込められていた。


――それ脅迫だからね……。でも、今回は俺にも意味がある。


 息が詰まるような圧迫感と共に、押し付けられたその使命。二人が満足するまでこのルートを完遂する事が、俺に与えられた新しい使命なのだろう。


「一命にかえましても」


 訳の分からない使命とはいえ、それに人類の未来が左右されるかもしれないのだから。


 

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