第20話 20日目

「伝言ゲームってあったじゃん」

「お題を耳打ちで隣の人に伝えていって最後まで正しく伝わるかっていうゲームだな、小学校の時にやったわ」

「あれは忘れもしない小学校二年生の時の話」

「怪談噺の入りだぞそれ」

「教室の列ごとにチームを組んで先生が決めたお題を伝えていったんだけど、前の生徒が『今日の肉団子スープが美味しかった』って伝えてきたんだ」

「ふむ。給食後の時間にやったんだな。確かに肉団子スープは美味い」

「結局一番後ろの生徒が『今日の肉団子スープが濃かった』って答えてさ。ぼくは落胆したわけよ」

「まあ小学校二年生なら仕方ないよな」

「そしたらさ、他のチームの生徒たちからすごい異様なものを見るような目で見られて」

「……いうほどか? わりと惜しいだろ」

「お題が『今日のトウモロコシが歯に詰まった』だったんだよね」

「……」

「……」

 ぼくが話を終え、岩崎くんが怖がればいいのか笑えばいいのかわからない複雑な表情をした瞬間に部室の扉が勢いよく開いた。笑えばいいと思うよ。エバだけにね!

「失礼します。ここが民間伝承研究会の部室であっていますか?」

 タカヤキョウスケと名乗ったその男は、部室で暇つぶしをしていたぼくたちから暇を奪い去った。

 ここ、民間伝承研究会は怪談や都市伝説、不思議な出来事を解析、解決しているサークルなので、時々依頼という形で怪奇現象に見舞われた人たちがやってくる。タカヤさんもいつも通り、何か悩み事を抱えた人だろう。

 ぼくはコーヒーを淹れながらタカヤさんを椅子に案内した。

「で、用件は?」

 岩崎くんが身を投げ出したように座り、質問を投げかけた。

「早速だけど聞いてもらえますか」

「ああ、何があったか詳しく話してくれ」

 タカヤさんは一つ頷いて、話を始めた。


**


 夜中、部室でひとり、ゲームをしていたんです。ここの大学は研究とかで残っている人も多いので、学生証さえ見せれば夜中に大学にいても何のお咎めもありませんからね。

 本当は終電で帰るつもりだったんですけど興が乗ってしまって結局三時くらいまで遊んでいました。一人でゲームやっていると辞め時がなくて難しいですよね。

 まあ今日も授業があるのでさすがに寝ようと思って寝袋に入ると自然と意識が飛びました。

 硬い床に寝袋のみの就寝となったので安眠とはいかず、断続的に起きてしまうような不健康な寝方になってしまいましたが、それでも夜通しゲームをするより幾分もマシです。

 そして時間間隔などとうに溶けだしてしまった頃、なんとなく、朝日が差し込んできたような気がしました。

 大学二年生にもなると、もう朝なのか、授業いかなくちゃ、と焦る気持ちも薄れてきますし、微睡みの中にいたので、光は気のせいだろうということにして目を閉じました。

 その時、耳元で急に声が聞こえたんです。

「起きろ、タカヤ」

 意識が一気に覚醒しました。

 耳元で低い男性の声が聞こえてきたんです、覚醒しない方がおかしいですよね。

勢いよくガバっと身を起こして、反射的に部室の時計を見ると、ちょうど一限が始まる時間帯でした。

「ありがとう!」

 起こしてくれた、おそらく部員に向かってお礼を言いましたが、ここで腰が抜けるほど驚きました。

 部室には誰一人いなかったのです。

 んえ? と喉から変な声が出ました。

 起こしてくれた人は、どこかに隠れているのかとも思いましたが、そんなことをするメリットもなければスペースもありません。

 空耳。

 そんな言葉が頭を過りました。

 不気味でしたが、起こしてくれたことはありがたい。そう思って慌てて部室を出ていきました。きっと、自分の中の“授業に行った方がいい”という気持ちが空耳と言う形で警告してくれたのでしょう。

 しかし、今思えばそれが最初の違和感だったのです。

眠い目を擦りながら授業を受けましたが、友人は誰一人来ておらずなんだか損した気持ちになりました。

不真面目な行為は結局最後は自分に返ってくるので、損ということはあり得ないのですが。友人はきっとテスト前にノートを見せて、と泣きついてくるでしょうが、その時に学食を奢らせたりおやつを買わせたりするのは嫌いではありません。普段は対等な関係ですが、この時だけは人間関係に圧倒的な優劣が付きます。その時の優越感とはまた違った不思議な感覚は言葉にできません。

 さて、授業が終わりました。二限はないので部室でゲームでもしようと教室を出ると、

「タカヤー」と後ろから声をかけられました。

 頭の中はゲームのことでいっぱいで、誰に呼ばれたのか声だけで判別できなかったので少しだけ振り返りましたが、そこには誰もいませんでした。

 たしかに誰かに呼ばれた気がしたのですが、気のせいだったようです。

 気にせず廊下を歩いていると、曲がり角の死角の部分で「昨日のやつ見た?」「まだ見てないんよ」と、自分も好きなアニメについて語っている声が聞こえてきました。

 同じ学科の友達かな? と思って廊下を曲がると、そこには誰もいませんでした。

 空耳も、三度続けば怖くなってきます。

 空耳と言うと「空耳アワー」などが想起されるので、少しひょうきんに思えてしまいますが、要するに幻聴です。

 友達に相談しようと思いましたが、誰も授業に出ていなかったので仕方なくツイッターで発信しました。「なんか今日幻聴が酷いんだけど」

 そのまま部室へ向かっていると、また遠くから自分に向かって「おーい」と呼びかけられるのを聞きました。

 今度こそ、と思い振り返っても誰もいません。

 自分は呼び掛けられておらず、他の人が呼び掛けられていた。というのならよくある話ですし、恥ずかしくなって終わるだけです。

 しかし、声の主がどこにもいないことは常識的に考えてあり得ません。

 朝、自分を起こす声。教室を出る時と廊下で自分を呼ぶ声。廊下の奥で自分の好きそうな話題について語っている声。

 部室に向かって歩きながら、ある恐ろしいことに気が付きました。

 そうです、この“声”は、自分を呼んでいるのです。

 明確にどこそこへ行けという指示をされていないだけ救いかもしれませんが、確かに声の方向へ呼ばれていることがわかります。

 もし、この声に惑わされてついていったらどうなるのだろう。

 そんな想像が頭に浮かびました。

 これは体の不調なのか、怪奇現象なのか。

 例えばナニモノかが自分を不幸な目にあわそうと目論んでいて、空耳に反応して寄って行ったら事故に合ってしまう。そういう怪奇現象の可能性がないとは言い切れません。

 もしくは病院に行けば脳に関する重大な障害が見つかってしまうような大きな体の不調かもしれません。

 空耳の原因に全く想像がつかず、放っておいてゲームをしにいくか、病院に行こうか、誰かに相談しようか迷っていたときに、進行方向先から知り合いが歩いてきました。

 やっと知り合いに会えた。親しいわけではありませんが、彼の苗字が自分の名前と同じ、という不思議な関係を持っていたので、今までも話す機会はありました。

 勇気を出して相談してみよう。そう思って右手を挙げました。

「高屋くん、ちょっといいかな」



**


「友達が、人の姿を認識できなくなったみたいなんだよ」

「……ほう?」

 高屋恭介さんの相談は、とても興味深いものだった。

 彼の友達である宮下鷹弥さんが、“友達の姿を認識できない”という症状を訴えたらしいのだ。彼の友達は授業終わりや大学のメインストリートで宮下さんに声をかけていたのだけれどすべて無視されており、そこのコミュニティで少し話題になっていたようだ。

 そしてついさっき、高屋恭介さんが友人たち数人と歩いていると、宮下さんは高屋さんのみに声をかけたらしい。不審に思って問い詰めると、どうやら高屋さん以外の姿を認識できていないようだったと。

 彼の所属するクラブや学科の友達にも確認をとり、今日はずっと無視されていたという言質を獲得、症状が確信に至ったそうだ。

「……それは怪奇現象の類じゃなくて、どう考えても脳に異常があるとしか思えないな」

「そう思ってさっき病院にぶち込んだところです」

 高屋さんは親指を立てた。

 あれ? でもぼくは疑問に思う。

「高屋さんも病気だと思うのなら、どうして民間伝承研究会に相談に来たんですか? まさかこれを心霊現象の類だと?」

「いや、相談はここからなんです」

 岩崎くんが話を続けろ、と顎をしゃくる。

「鷹弥、俺のことだけ見えていたみたいなんだけど、これって友達判定されていなかったんかな。俺はあいつのこと友達と思っていたんだけど……。こういうときって今後どう付き合っていけばいいと思う?」

 ぼくと岩崎くんは顔を見合わせて、同時にため息をついた。


「「知るか」」


<『そ』らみみ 診断>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る