第23話


「感知できないのか。」


「はい。おそらく、本来いるべき世界へ戻ったのでは。」


 その後マリウスがついた深い溜息の間に、アルカインはぼんやりと考える。

 この国はどうなるのだろう……ここはバレンタインによって創られた架空の世界で、彼女が楽しく暮らすために創られたおとぎばなしの世界——。

 ここにいる誰もが彼女を愛し、大切にするよう描かれた。そんな、理想郷の中で自分に仇なす者が現れたら、消し去りたいに決まっている。

 自分はどうなるのだろう——? この国はどうなるのだろう——?

 バレンによって、彼女の都合通りに書き替えられてしまうのだろうか。

 それとも、は綺麗さっぱりに無くなって、彼女は新しいものを創り出すのか——


「あの子を連れ戻して、貴方はどうするおつもりなのですか。」


 女が問うと、王は即答する。


「無論、首を刎ねる。」


 数日前にも、彼ら四騎士たちは急遽この場所に集められた。

 マリウスはいつになく物々しく、バレンは彼に怯えている様子だった。

 立ち振る舞いは凛烈。しかし、その言動は苛烈を極める。それが我が王マリウスだが、娘にはとことん甘い。バレンを叱るところなど、ただの一度も誰も見た事はない。

 しかしあの時のマリウスは———……自分たちが部屋に入った時には既に、バレンへの怒りを露わにしていた。

 入室したら、彼がバレンを怒鳴りつけていた…というわけではない。自分たちが呼ばれた理由も、まだ何も語られない状態で皆が察したのだ。

 玉座に座る彼は、目の前で跪いているバレンに心底軽蔑した眼差しを送っていた。

 この光景を見た騎士たちは皆、何事かと。その状況を説明しはじめたのはバレンだった。

 弱々しく震えた声で語る彼女は一切周りを見ようとせず、自分の足元のただ一点だけを見つめていた。

 明かされた事実を最初は誰も信じなかったが、マリウスが一冊の本を読み上げると、誰も言葉に詰まる。


 ——その場で王は、感情の赴くまま彼女を宮殿から追放した。

 その後自室へ篭ると、そこから今日まで一歩も出ず。

 そうして気持ちを整理して出した答えが、「首を刎ねる」なんだろう。


「……本当に、そうするおつもりなのですか?」


 するとマリウスは手元の本を開き、彼女の"設定"を読み上げた。


「ソヤ=テルマシエル。貴族の生まれ。慎ましいが、愛に飢えた女。慕う者の気を惹くため美貌を手に入れようと黒魔術に手を出して失敗、両目を失う。その後、彼女は実家を出て占い師や魔術師としてひっそりと暮らしはじめる。やがてウィージュと出会い、彼女の紹介で宮廷のお抱え魔術師となった……」


 マリウスが淡々と読み上げる文章を、ソヤはただ黙って聞いていた。


「"ソヤとウィージュは親友同士" "ソヤは親友の娘であるバレンを深く愛している" ……設定通り、お前は奴に味方するのか。」


 マリウスが彼女を見下ろす視線は冷たく、辺りの空気は極寒だった。

 彼は本を掲げ、続ける。


「ここには、俺とウィージュしか知り得ないはずのやりとりも書いてある。ここで奴を問い詰め、奴はお前たちの前で全てを認めた……そうだろう? この世界の全ては、俺の嫌いな虚で創られたとな。お前の目を奪ったのは他でもないバレンタインだ。奴が、そういうふうにお前を描いた。」


「……お気持ちはお察しします。ここにいる誰もが、貴方と同じ思いであることでしょう……私たちにとっては理不尽な事実です。しかし、首を刎ねる前に彼女に話を聞くべきではありませんか。」


「意味など、見出そうとするな。何にでも理由があるわけじゃない。何を聞けと言うのだ? 我々を生み出した理由か? そんなものに大した理由はない。母と俺は虐げられ結果母は自害し、妻は病で死ぬ……。そう描いたのは奴の気まぐれにすぎず、俺たちは娯楽のために描かれた、そこにあるばかりのだ。用意された舞台で、何もかも台本通りに話し動くその姿はさぞ滑稽であったろう…奴を前に囁いた愛も堂々と述べた信念も、全てが奴の思い通りだったのだからな。」


 マリウスの手から、本が放り出される。

 〝Mira〟と記された真っ白な表紙の本を、ソヤが受け取った。


へ行く手筈を整えろ。できぬとは言わせん、できるまで尽くせ。この世界で最上の魔術師は、お前だけだ。」


「全力を尽くします。」


 ソヤは一礼し、後ろへ下がった。


「あの……一つよろしいですか、王。」


 声を上げたのは、〝聖四騎士〟のひとりウェンスビットだった。


〈登場人物の設定・一部〉

 ウェンスビット・ラットリー

 聖四騎士のひとり 剣騎士 

 20代〜30代

 特徴 温厚そうで柔和な整った顔立ち、羊っぽいふわふわ浮いたミルクティー色の短髪

 身長 186センチ、すぅーんごいマッチョ!

 性格 紳士、誰にでも優しい、バレンタインには特別優しい、王に忠実、正に騎士の鏡

 バレンタインの花婿候補♡


「なんだ。」


「彼女を殺せば、この国は無くなるかもしれませんが……よろしいのですか?」

 

 術者を倒して解ける魔法があるように、バレンを倒すことでこの世界や自分たちが消え去ってしまう可能性は十分にある。

 勿論それはここにいる誰もが予想し、マリウスも予想していたことだ。


「俺は、それでもかまわない。お前たちは違うのなら、それでいい。俺の前から勝手に消えるだけだ。」


「王と共に……」そう返したのはソヤ以外の3人で、彼女はまた一礼すると、王の間を去っていった。


「———ソヤさん。あんた、バレンタインに味方するんですか?」


 アルカインは彼女を追いかけると、その背中に声をかけた。

 すると足を止めた彼女は、さも当然かのように極端な回答をする。


「えぇ。私、好きなものに対しては無条件に肯定する性格なので。」


 こんな状況で、なぜ彼女は自分の意思をはっきりと示せるのか。その意思は仕向けられているものだと感じないのか。

 信じた者に裏切られ、そんなに早く気持ちを割り切れるものなのか。自分はどうすべきか、なぜすぐに答えを出せる?

 開き直っているだけなのか……プロフィールにあった、彼女の偏向な性格故なのか。


「……〝そういう設定〟を気にしてたら、切りがないわよ。何か考える度、思う度、いちいち自分を否定して……じゃあ何が信じられるの。」


 図星を突かれると、アルカインは返事に詰まった。


「私は素直に、自分の意思に従うわ。」

    

「……ならあんたは、王の命令に背くんですか?」


「向こうへ行く手筈を整えろという命には従う。言われなくても、私はそのつもりだったから。向こうへ行って、彼がバレンを殺そうとするなら止める。」


「向こうへ行く手段が見つかったとして、あんたが王を連れて行くとは思えないんすけど。」


「ちゃんと連れて行くわよ。バレンはきっと、マリウスに会いたいはずだから。」


 娘を溺愛する、嘘が嫌いな王。

 しかし娘は大嘘つきだった。

 彼が今どんな気持ちでいるのか……それはアルカインにも理解できる。


「……俺たちがここを出る方法なんて、あるんですか?」


「さぁね……」

 

 歩いていくソヤの背中を見つめたところで、何か見いだせるわけではない。

 今のこの感情を、なんと表せばよいのだろう。

 苛立ち、痛み、悲しみ……傷ついているこの心すら、自分を繊細に創り上げたバレンの思い通りになっていると思うと腹立たしい。


(みんなに好かれなきゃ、生きていけない病気なのかよ)


 わざと孤立させて、優しくして。そうやって彼女は、自分を慕うように仕向けた。

 すべてが自作自演———……バレンタインは、綺麗な心の持ち主ではない。











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