第22話 プロローグ


〈登場人物の設定・一部〉

 アルカイン・ドット

 聖四騎士のひとり 鎖使い

 10代〜20代

 特徴 長めの前髪、三白眼

 身長 172センチ、細マッチョ

 性格 陰気、暗い、人見知り、繊細、努力家

 自分に対し、気さくに明るく接してくれるバレンタインを強く慕っている———




 特に何か劣っているわけではない。

 しかし極端に自信がなく、陰気で暗い。繊細で傷つきやすく、人見知りをする、人付き合いが苦手……。

 それが、アルカイン・ドットである。

 人と目を合わせられない無口な彼に友人はおらず、士官学校では孤立していた。


 ある日、学校の敷地内にある噴水に鞄が投げ入れられていた。

 物がなくなるのはよくあることではあったが、ここまであからさまに捨てられたのは、はじめてだ。

 ———このままにしておこうか。

 ふとそんな考えが浮かび、ズボンの裾を捲る手が止まる。

 そうすれば、教員が気づいて首謀者やそのとりまきに注意してくれるかもしれない。


 パチャン……


 水が弾ける音に顔を上げると、日光を浴びた眩しいブロンドが目の前で揺れていた。


「……はい、これ。」


 ピンクの華やかなドレスは水を吸い、色が濃くなっている。

 水浸しの鞄と散らばっていた教科書を拾い集め、その幼女はアルカインに差し出した。


「……王女様?!」


 数秒間を置いて、アルカインはその名を叫ぶ。

 なぜ王女がこんな場所にいるのか疑問に思いながらも、彼は急いで王女を抱き上げ水場から出した。 

 変な汗が額をダラダラと流れ始める。水を浴びたのは彼女だが、頭から水を被ったようにアルカインの髪は汗を吸って湿り気を帯びていた。


「すみませんッ、拭くものとか持ってなくて…えぇと、召使の方を呼んで———……いや、ひとりにするのはまずいか!あああのッ、王宮までお送りしま——」


「バレンって呼んでちょうだい。わたしはあなたのこと、アルって呼んでいい?」


 唐突に呼び名の話をされると、アルカインは「へっ? はっ?」と慌てふためく。

 バレンが差し出している教科書に、アルカインの名前が記してある。いつまでも王女に自分の私物を持たせているのはまずいと思い、彼はすぐにそれを受け取った。


「あのッ……え、申し訳ありません!!! 王女様を濡らした上に私の私物まで持たせてしまって…!マジで……じゃなくて、本当に申し訳ございません!」


 王の娘を相手に、無礼があってはならない。

 今は誠心誠意謝罪しなければという気持ちが頭の中を埋め尽くしており、呼び名の話はフッと頭から離れていた。

 謝罪に謝罪を重ね、地面に突き刺す勢いで頭を下げるアルカイン。

 ふたりの会話は、全く噛み合っていない。


「……さっきの話、聞いてた?バレンって呼んでね、アル。それと、わたしは自分から噴水の中に入って行ったのよ?あなたが謝る必要なんてないわ。」


「いやっ、その……そうですね……はい……えっと、あの……お、王女様に対して呼び捨てというのは、ちょっと……」


 「できません」とも「承知しました」とも、王女である彼女に対して言いづらい。

 加えて慣れない人との会話で緊張が全身を強張らせており、頭も舌もろくに回らずアルカインは返事に困っていた。

 幼い子を相手になんとも情けない有様である。


「ねっ、宮殿にいらっしゃいよ。新しい教科書を用意してあげる……その間、一緒にお茶しましょ!」


 気づいたら手を取られ、アルカインは王女の部屋まで宮殿内を歩いていた。

 こんな場所に足を踏み入れるなど明らかに自分は場違いだと思いながらも、王女の申し出をはっきりと断ることもできず、彼はお茶の席に座ってしまう。

 薔薇庭園の展望小屋で体を強張らせて待っていると、濡れた服から着替え終えたバレンタインがやってくる。

 

 こうして、お茶会がはじまった。


「アルはいくつなの?」


「……16です。」


「わたしはね、もうすぐ6歳になるの。」


「……確か、来月がお誕生日……ですよね。」


「そうなの! パーティーが楽しみで仕方ないわ。」


 幼さは確かに感じたが、子供ながらの際立った幼稚さは感じず。会話の中で、歳の差なんかはほとんど感じなかった。

 この時の感情を、何と表せばよいのだろう…


 もうすぐ6歳になる女の子を相手に、彼ははじめて充実を感じた。

 突然王女を目の前にした時は萎縮したが、積極的に話してくる彼女のペースに乗せられ気づけば緊張は解けている。彼女の目を見ていると、気持ちが和んだ。


 これを機に、王女バレンタインはアルカインの前に姿を表すようになった。

 放課後になると、彼女がいつも校門の前で待っている。

 当然、校門を通って帰る生徒たちは王女を見て何事かと足を止める。

 王女はキョロキョロと学校側を見渡すと、アルカインを見つけ彼のもとへ走り出す……そんな日が、毎日続いた。 

 自然といじめ紛いのことはなくなり、自分に話しかけてくる者が増える。言うまでもない、毎日迎えに来る王女がきっかけだろう。

 話しかけてくる者は王女と親交がある自分に取り入るため……というのが大半だったが、そうでない者もいた。単純に、王女とどんな関係か気になって話しかけてくる者……何人か、その同期とは友人になった。


「アルはさ、学校卒業したあとはどうするの?」


 お茶の時間、バレンに問われた質問にアルカインは迷わず答えた。


「騎士に……なろうと思います。」


 ミラでは13歳〜16歳までの間、国民は士官学校へ入学することが義務付けられている。 

 卒業後は商人になるなり農業を営むなり個人の自由だが、騎士を目指す場合は追加で2年在学する必要がある。


「それは……アルにぴったりね!」


「あの……バレン様は、どうして俺に親しくしてくださるんですか? あの日……噴水の前であなたと出会った時から今まで。俺は容姿が良いわけでもないし……有名になる程、際立って何かあるわけでもない。俺を目にかけてくれるのは何故ですか?」


 それは、彼が前から気になっていたことだった。


「それはね……」


 長い溜めを作った後、バレンはカッと目を見開いた。


「……ビビッ! と、キタのよ!」


「ビビッと……きたんですか。」


「そう! 友達に、なれそーだなぁ〜って。思った通り、アルはわたしの最高の友達になってくれたわ!」


 きっと、幼さからの気まぐれだったのだろう。

 それでも十分だった。

 少しかまわれたくらいで、優しくされたくらいで、単純だと思う……けれど、人をここまで強く慕えたのははじめてで、人に対してここまで尽くしたいと感じたのもはじめてで、この気持ちは彼にとって至宝だった。


 それから彼は、騎士の中でも指折りの騎士となり。

 王と王女に固く忠誠を誓い、国を守り続けるのだ———




(……なんて、そんなお綺麗でドラマチックなストーリー……あるはずないだろ)


 お姫様との出会いが僕を変えた……なんてありがちでない展開に酔いしれていた自分が、今は馬鹿に思える。


「バレンタインはミラにはおりません。」


 玉座に座るマリウスの前で、臣下のひとりが報告する。

 女の目元はチュールレースの黒い布で覆われ、艶やかで長い黒髪を持ち、黒いドレスを身に纏っている。

 この女性を含め、王の間には4人の騎士が集っていた。

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