第21話 バレンタインと羽のない妖精


「———魔法省を頼りたくない理由は、ここまでの話で分かったでしょう?」


 ロンドンまでの直行便に乗り込んだふたりは、隣同士の座席シートに座る。

 バレンはタナリアスに、自分の身の上を語っていた。


「あぁ。その後の話を。」

 

「完結済みの物語があって、わたしはそこに自分の存在を付け加えたの。物語の中のミラ王国第一王女として、わたしは誕生した。それから8年間、わたしは物語の世界で幸せに暮らしていたの。でもある時、パパが本を見つけてしまった……自分の人生が描かれた本を。問い詰められて、わたしは全部話した。この世界の何もかもが、わたしの固有結界の中だって事を。」


「……それで、君の父親は激昂して君を追い出したと。」


 バレンは静かに頷く。


「もし……自分の人生が作られたものだと知ったら、あなたはどうする?今まで経験してきた辛い出来事も楽しい出来事も、全部が計画されていたものだと知ったら。」


「都合の良い話……順風満帆な人生だったら文句はないが。逆ならば、そうもいかないな。」


 何か収穫があったわけでもなく、ただただ、辛い思いをさせられる人生———……。それは運がなかったとか、偶然だったとかではなく、誰かの干渉によるものだった…計画的に、そして理不尽に荊棘の道を用意され、歩む者がそれに納得できるはずがない。

 己の人生に干渉した者に文句を言いたくなるのは当然だろう。


「わたしのパパ……マリウスは、第6王子だった。一番優秀な王子だったけど、母親は王宮の侍女。側室でも貴族ですらない母を持った彼への風当たりは酷いもので、泥棒の濡れ衣を着せられたり、物を盗まれたり……母親は側室たちの嫌がらせに耐えられなくて自殺。とにかく酷い少年時代を過ごしていたっていう……そういう設定だった。」


「母親の自殺を、マリウスは君が殺したと思っているのだろうな。」


「でも、そこから下剋上してマリウスは王座につくのよ。聡明で美しい女性を妻に迎えるし。……新しい本を描いてる暇なんてなかった。すぐにでもあそこから出たくて……だから、出来上がってた本に自分の存在を書き足して、そこへ逃げ込んだの。わたしが登場する前のストーリーで出た死人は、わたしが殺したと言われてもしかたない……けど、わたしが生まれてからは完全にアドリブよ、その後のストーリーは書いてない。けど、パパはわたしがママを殺したと思ってる……」


 バレンは膝の上で、両手の指をキツく絡めた。


「ママは、病気で死んだの。わたしだって、ママが死ぬなんて思わなかった。とても、悲しかったわ。だって、ママはわたしのママだもの。本物の母親同然の。それも説明したのに、パパは本には続きがあって、それをわたしが隠し持ってると思ってる。勿論、わたしは否定し続けた……でも、城を追放されて暗い森の中に捨てられたの。その場所が怖くて、わたしはミラを……物語を出た。それで今ここにいる。」


「なるほど。父親が君を追い出した理由はわかった。自分の人生が娯楽のために作られたものであることに、怒りを感じている……最もだ。決別で済んでよかったな。」


「そんな、責めるような言い方をしないで。わたしだって、自分が悪いことくらいわかってる。」


「別に責めてはいない。……さて。今後の話をしようか。登場人物の身の上や性格に気をつけて、また新しい物語を描いてそこへ逃げる……これで解決じゃないのか。」


「そんなのだめよ!」


「なぜだ。」


「わたしは……できるならパパたちと仲直りしたい。前みたいに、一緒にミラで幸せに暮らしたい。」


「なら帰ればいい。」

 

「……今帰っても、また追い出されるか首を刎ねられるだけよ。仲直りする方法がまだ、思いつかないの。」


「ならば、この世界で天使に殺されるしかないな。」


「……あなた、さっきから皮肉ばかり言うのね。」


「皮肉じゃない、現実だ。選択肢はまだある……マリウスは君が作った物語の登場人物で、君のパパではない。そう割きって考えてみたらどうかね。」


「っ……!」


「それができないなら、相手の気持ちを考えてみろ。君はどうなんだ? 突然、自分の人生が作られたものだと知ったら。今まで経験してきた辛い出来事も楽しい出来事も、全部が計画されていたものだと知ったら。」


 タナリアスは、バレンの質問をそっくり返した。


「父親に、受け入れる時間をあげたらどうだ。君を真っ先に殺さなかったのには理由がある。気持ちに整理をつけたかったのか、あるいは復讐のための計画を練っているのか……。なんにせよ、〝元の関係に戻りたいから仲直りの方法を見つける〟というのは、君のエゴだ。仲直りしたいのはいいが、その目的に問題がある。自分のためではなく、相手の気持ちが少しでも楽になるように考えるべきではないのか。」


 的確な助言が、バレンの胸を抉り出した。

 寂しさの募る状況から抜け出したい——、孤独が嫌でたまらない——、今この瞬間もマリウスに軽蔑されていると思うと胸が苦しい——、大好きな人に嫌われている今が辛い———……一刻も早くこの不安から解放されたくて、何もかもを早く元に戻したいという欲求ばかりが大きくなっていた。

 これは紛れもなく、思いやりのかけらもない自分の〝エゴ〟——。

 タナリアスに自分の醜さを突きつけられ、バレンは胸元を強く握りしめた。


「今は相手を思いやれ。物語の登場人物ではなく、彼を存在するものとして見るのなら。向こうの心の準備が整って、気持ちを伝えるチャンスが来たら……その時は、ありのままを伝えればいい。それで拒絶されたら、あとは追うな。それ以上は愚かだ。相手の幸せを願うなら、そこであきらめろ。」


「……わたしは、いつまで待てばいいの?」


「私なら、少なくとも1週間以上は連絡を取らない。相手からのコンタクトを待つが……君の場合、向こうから君へ連絡をする手段はないんだろう?なら、時間をおいて君のタイミングで行くしかないだろうな。」


 次にマリウスと会った時、突き放されたら大人しく身を引くことができるだろうか。彼との関係はもう、修復不可能な予感しかしない。

 マリウスの性格は、彼を生み出したバレン自身がよくわかっている。

 

(やだ……パパに嫌われたくない……みんなにも……)


 孤独を恐れながら、バレンは泣きそうになるのを必死で堪えた。

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