第24話 ゴブリンとドラゴン
スコットランド・オークニー諸島
夜明けと共に、ジルとスキャランは手を繋いで上空を飛んだ。
空中でジルが翼を広げ、ふたりは優雅に着地する。
———瑞々しい芝生と共に丘陵地が広がり、遠くに煉瓦造の建物が並んで見える。その中でも特に背の高い城の建物を目指して、ふたりは歩き出した。
「ヴァンパイアの次に嫌いな種族は何かって? エルフだよ。エルフってのは自分らが一番の知恵者で、他は無知だと思ってやがる……田舎者のエルフは特にな。上には上がいる事を認めようとしない。アトランティス人の方が遥かに賢いってぇのによ……つまり、能力とプライドが釣り合ってねぇんだ。あいつらは無知か博識かで他を差別してるつもりだろうが、違う。エルフか、そうでないかで差別するんだ。いけ好かねぇ連中だろ?」
「でも、ヴァンパイアよりはマシなんだろう?」
「そらそうだろ! 糞をするかしねーかで差別する連中だぞ? 俺は浣腸なしじゃ、アメリカのカジノに入れねぇ……お前と違ってな。」
「彼らの女王は差別をなくそうとしているじゃないか。それが実現されなくても、私が必ず君を元の姿に戻す。大丈夫だよ、君が尻を痛めずアメリカのカジノに入れる日は、近い将来必ずやってくる。」
「はぁ……いつ来るかわからない日を待つことのしんどさよ。」
エルフの長に会ったらどう話を切り出すのか、向こうが従わずに反撃してきたらどうするかだとか、そういった話がふたりの間で交わされることはなく。絶えず、雑談が続いていた。
ふたりの足取りは、買い物やピクニックへ向かう道中のような気軽さである。
「……おい、矢ァ刺さってんぞ?」
ふとジルを見上げ、スキャランは指摘した。
その間もふたりは歩き続けている。
吹いた風の音が、空気を裂いてやって来る矢の音を打ち消していた。
矢尻から三分の一まで捻れた鉄の矢は、風の中を突き進みジルの左肩へ深くねじ込まれ、貫通し、今の状態である。
「……そうだね。」
相変わらず、ジルは痛みに無頓着な反応だった。
ふたりの視線は丘の上の人影に向けられる。
「話をしてくるよ。」
そう言って、刺さった矢に手をかける。捻れた部分に肉が引っ掛かりつっかえていたが、ジルはそれを無理やり引き抜いた。
綺麗にそこの肉を持っていかれ、くり抜かれたように風穴が空くも、それはすぐに塞がる。
——その手に
咳き込んだスキャランは、その場でパタパタと片手を扇いだ。
丘に立つ、人影に向かって直進するジル。
向かってくる矢の群れを避け、時に払い落としながら、真っ直ぐ突き進み丘をかける——
後ろで一つに結われた長髪と、長い耳。
エルフの男は弓を捨てマントから長剣を出すと、向かってくるジルへ自らも突進していった。
「ウェントワースより使わされた者だ。ロンドンに放っているワームの件で、君たちの長と話をしたい。こちらとしては無駄な争いをするつもりはなく——」
エルフの男は戦闘を続けた。
剣身の根元に二本指を添え、それを上になぞっていく——。すると指の動きに合わせ、剣身にルーン文字が刻まれた。
その剣から何か放たれるのかと思いきや、足元から一斉に伸びた数多の蔓草がジルの体に絡みつくと、抱き込むように地面へ引き摺り込む。
身動きが取れなくなる隙を狙い、エルフの男はジルに剣を振り下ろした———
バツンッ……!
翼を解き放った事で、蔓草が千切れて弾け飛ぶ。
ジルは
火力による推進力が加えられたそれは、エルフの男の脇腹へとめり込み、強烈な一撃を与えた。
「ぐッ……」
弾丸のようにひゅんっと弾き出された体は数百メートル先にある隣の丘へ衝突し、まもなくすると、もくもくと舞い上がる砂埃の中から突出した。
剣先を向けて突っ込んでくる相手を避けるジル——そして、カウンターを入れる。
地面に打ち伏せられたエルフは、そこから起き上がらず。仰向けになり、血を吐きながらジルに告げた。
「お前たちが来ることは予想していたことだ……誰も、寝返る気はない。あのワームがあれば、恐れるものはないからな……」
「そうかい。とりあえず、君たちの長に会わせてもらえるかな?」
「それは無理な相談だ……言っておくが、俺に人質の価値はないぞ。」
「なら、私から赴くよ。君はじっとしていたほうがいい、肋骨が折れている。」
「おい、こいつだけかぁ?」
ジルの元へ、スキャランがやってくる。
「あぁ。彼を頼むよ、先に飛行船に乗せてやってくれ。怪我をしているから新調にね。他は私が連れてくる。」
「おい……私を連行する気か?! この場で殺していけ!」
「……すまないが、この任務において殺しは最終手段なんだ。なるべく死人は出したくない。」
「そんなものぉ……知るかァアアア!!! 私は武人として果敢に立ち向かい、無惨に敗北した! ならば、貴様は私の命を奪え! 勝負の美学はないのか?!」
食ってかかりそうな剣幕で、エルフの男はジルに向かって叫び抗議する。
「そう言われても……」と冷め切った態度で平然と答えるジルに彼は益々イラいた様子で、「馬鹿者!」「阿呆!」「殺せ!」と繰り返し怒鳴り続ける。
「敗北した奴が要求すンなよ。」
耳を塞ぎながら、スキャランはうるさそうに顔を顰めていた。
「まッ……待って!!!」
子供の、高い声がこだまする。
三人が振り向くと、少年のエルフが丘を滑ってこちらへ降りてきているのが見えた。
「殺さないで……! ぼくの父なんです!」
ジルとスキャランの前までやってきた少年エルフは、息を切らせながら訴える。
「ルピ……!」
エルフの男が叫ぶ。その声には焦燥がこもっていた。
「家にッ……戻らんかァアアーーッ!!!」
ぐわっと響き渡る怒声は、島を超えて海の上をかけ走っていく——。
あぁ、こういうタイプの父親か……と、この怒鳴り声から色々と察せられる。
父親の気迫に少年エルフはビクリと肩を揺らしたが、それでも父親の言うことをきく様子はなかった。
「あ……あの……父を見逃していただけませんか……? あなた方の事は存じております、魔法省の方たちですよね? ぼくらを殺しに来たんじゃ、ないんですよね……? 他のエルフたちはともかく、ぼくはあなた方の言うことに従いますから、どうか——」
「戯けた事を抜かすな大馬鹿者がッ!!! 父の誇りを汚す気なのかお前は!!?」
少年エルフは硬く目を瞑り、気不味そうに父親から視線を背けた。
「殺しはしないよ、連行して話を聞くだけだから。不安なら、君も彼に付き添えばいい。」
「あ……ありがとうございます!」
「ふざけるなこの馬鹿息子がッ! 親不孝者に育てた覚えは——」
自分を前に勝手に話が決まると、父親は益々憤り、声量を更に上げて息子を責め立てた。ガミガミガミガミ。
耳が痛い……そう感じたのは息子だけではない。
怒鳴りすぎて父親が酸欠に陥っていた時、ざりざりと砂をすり潰すような音が聞こえてくる——。
ズリッ……ズリリ……
タイヤが砂利道を進む音——、あるいは、重い何かを引きずるような——。
辺りを見渡すと、周りから多数のワームが這いずり寄って来ていた。
「見ろ、お前がギャーギャー喚くからだぞ。」
「違う。お前たちの飛行船が見えた時から、あれは放たれていた……くそッ! あれに食われて死ぬなど……!」
戦うつもりなのか、エルフの男は体を起こそうとしていたが、傷が深くすぐに崩れ落ちた。
「はぁ……すげぇ数だ。一匹一匹、順番にケツにブチ込んでいくのか?」
「……いや。もっと手っ取り早い方法があるよ。スキャランくんはふたりを連れて飛行船で待っていてくれ。ここは、私ひとりで問題ないよ。」
「そうか、んじゃいくぞ野朗共。」
スキャランは懐から布を取り出し、それを広げた。
広がった布は地面に敷かれたように見えたが、よく見ると地面から僅かに浮いている。
スキャランはその絨毯にエルフの男を乗せ自分も乗ると、少年エルフにも乗るよう親指で指示した。
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