第6話
ノートルダム礼拝堂の岩壁に刺さっている聖剣デュランダルは、フランスの叙事詩『ローランの歌』に登場する英雄ローランが持っていたとされる聖剣である。
ロンスヴァルの谷で敵に襲われ瀕死の状態となったローランは、デュランダルが敵の手に渡ることを恐れ岩に叩きつけて破壊しようとした。しかし、剣は岩を両断し破壊されることはなかった……という、『ローランの歌』で有名なエピソードがある。
その不滅の刃は現在も、岩壁に刺さって抜けないままだ。
「それがどうしたの? 捕まるのは別に怖くないさ。捕まる事を恐れていたら、11人も殺さないし。バチが当たるって? そんなの誰が与えるのさ。神様……君かい?」
「まさか……。おれはいちいち世界に干渉しない。おれは立派なものとして祭り上げられているが、この世ができるきっかけを作っただけで、あとは別に何もしてない。試練とか罰とかご褒美とか、そんなものを与えたことは一度もない。」
ひとりで暇だったから、色々つくってみた。
恐竜や文明が生まれたり滅んだり、それらを神が操作していたわけではない。
神は〝はじまり〟のきっかけを作っただけで、他はなにもしていないのだ。
「……じゃあ、神は人の人生を決めたり、把握していたりはしないんだ?」
「あたりまえだろう……おれはみんなが思っているような万能な存在じゃない。つまらないから、何か暇をつぶせるものが欲しいなーって……ただ漠然と思ったらこの世ができて、勝手にどんどん発展していった。おれは小さな奇跡しか起こせないんだ。だから全然、大したことない存在さ……。」
神は深く大きく、溜息をついた。
「……なんだ、やっぱりそうか。」
市原のその返事はひどく落ち着いていて、これから眠りに落ちそうなほど力みのない安らかな声だった。
ところが次の瞬間、彼は声高らかに笑い始めたのだ。
「ははははははははは!!!」
神はびくりと肩を揺らした。
悪役じみた高らかな笑い声をあげられるほど、面白い話をしたつもりはない——。やっぱりおかしな奴だな……と思いながら、神は横目に市原を見ていた。
「ふははははははははははははは!!!」
当然、これだけ大声で笑い続けていれば機内の注目は彼に集まる。
絶え間なく笑い続ける市原に神が声をかけようとした時、テレビの電源を切ったようにぶつりと笑いが止む。
間も無く、読み上げるような早口な台詞が走りだした。
「理不尽や辛い事が起きたらそれは神の与えた試練だとか導きだとか都合よく言って何もかも意味のあることのように語る連中がいるけどさ?! そんなわけない! 意味なんてないってずっと思ってたんだ! 一時のモチベーションを上げるためだったり気休めの励ましでそう考える分にはいいと思うよ? でもね?! 本気で無意味な事に価値を見出している連中がッッッ、この世には沢山いるんだよ! 無駄も必要だと考えたり!ほんと馬鹿ばしい! 僕はやっぱりッッッ間違ってなんかいなかった!!!」
あれだけ笑い続けた後で、ブレスもろくに挟まず一度も噛まず滑舌良く語りのける市原。
そして、その内容は意外にも現実的……。聖剣を引き抜くと意気込んでいるあたり、神は市原のことを少年の心を持ったロマンチストだと思っていた。
市原は爽やかな顔で、嘲笑うように更に語る。
「創造主を良いものだと信じたい気持ちはわかるよ。導きに従っていれば、自分であれこれ考えなくて済むからね……つまり、頭を使わず楽に生きていける! ペットのように! 僕は、せっかく理性のある動物に生まれたんなら、もっと自立性を活かす生き方をした方が良いと思うんだけど……でしょ?!」
「……ん? あぁ、うむ……おまえのその人並外れた自立性は認める……。人は殺すし、聖域を犯そうとするし…理性を感じないくらい、かなりぶっとんでると思うが。」
神は決して、市原を皮肉ったわけではない。
そこまで自由に振る舞える彼を羨ましいと思っているし、見ていて気持ちがいいとさえ感じている。
「聖剣を抜いたらパリのスイーツを食べ歩いて、道中絡んでくる奴がいたら過剰防衛を気にせずそいつら全員ボコボコにして引き摺り回して、教会を見つけたら火をつけていく……あ、その前に体にタトゥーを入れよう。ずっとタトゥーを入れてみたかったんだ。なんのタトゥーがいいかなぁ?」
楽し気に物騒な予定を立てる市原の隣で、神も今後の計画を練っていた。
自らが創った世界にようやく訪れることができたのだ、飛行機に乗るだけで終わるのは勿体ない。
市原のように……とまでは言わないが、ほどほどにハメを外してみたかった。
「……イチハラ、おれはもう決めたぞ。」
あそこに帰るつもりなんてない。
その気が変わらないよう、後には戻れないようなことをしたほうがいい———
そして神は、決意表明のように告げたのだった。
「背中に翼をつける。」
どこへでもいける、自由の翼を……。
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